9月25日

 5時過ぎに目を覚ます。7時半、『サタデープラス』が始まったところで布団から起き出し、『G』誌で連載した原稿の参考文献リストを作り始める。本をひとつずつ入力する。本が発売されたタイミングとあって集中力はほとんど持続せず、あまり捗らなかった。Twitterをぽちぽち見ていると、スローニュースにぼくの原稿が掲載された告知が出ている。「ドーン、ドーンと、/何かが爆発するような音が/数分おきに響く」「沖縄北西部の観光地、水納島。/この場所で、今、/何が起きているのか?/筆者は海へ急いだ」とあり、なんだか思わせぶりになってしまっていないか、仰々しく書き立てているように思われないかとそわそわする(転載に際して、見本ページは見ているけれど、この告知文は初見)。「手探りで歴史に遭遇する/新感覚ルポ」という言葉も、だいじょうぶだろうか。そわそわする。

 昨日の時点では、今日も少し雨が降る予報が出ていた。ほんの雑誌社で献本ぶんを梱包するとき、厚手でかたい封筒に入れたので、ヨレてしまう心配はないけれど、ゆうメール扱いになるようにと脇に中身が見える穴があるタイプの封筒だったので、そこから水滴が入り込んでしまうのではないかと、昨日からそわそわしていた。でも、雨は降らないようなので、ほっとする。

 昨日も書いたことだけど、献本というのはむずかしい。昨日は「仁義」と書いたけれど、それだけで収まることでもない。仁義といっても、他人から見た仁義ということではなく、もっと個人的なものだ。ただし、送らなかったからといって読んで欲しくないと思っているわけでもなく、たとえば『HB』を創刊したときは、坪内さんには送らなかった。生意気だったかもしれないけれど、「学生だった僕らが、ミニコミを出したんです」という顔をして送るよりも、坪内さんに偶然手に取ってもらえるようなものにしなくてはという気持ちもあったのだと思う。自分ごととして考えたときにも、興味のある本は自分で買うようにしているし、献本というのは妙にこう、「お送りしますので、どうかひとつ、、」みたいなニュアンスを帯びてしまうところもある。ずっと前から知り合いなのに、書評を担当するようになってから「編集した本を送りたくて、住所を」と言われると、急に何言ってんだと思ってしまって、自分で買うので大丈夫です、と言ってしまう(それと、その本を書評するかどうかはまったく別問題)。

 知人はお昼前に散髪に出かけていった。ぼくは近くの八百屋に出かけて、昨日の影響で、チルド麺を物色する。さっぽろ純蓮の正油と、バラ肉ともやしを一緒に買って、さっそく作る。この、なんて言えばいいんだろうか、まあ化学調味料ではあるのだろうけれど、チルド麺のスープの、なんとも言えない甘みが大好きだ。小さい頃、親が取材に出かけたついでに、喜多方ラーメンのセットみたいなやつを買ってきて、お腹が減ると自分で作って食べていて、その味が染み付いているのかもしれない。うまい。午後は引き続き参考文献の入力。複写してきた膨大な資料を、それが何年何月に発行された雑誌に掲載されたものなのか国会図書館のデータベースで調べ直して、ぽちぽち入力する。手元が資料でわさわさしていて、キーボードが打ちづらい。半分近く進んだところで、「あ、これ、先に全部タイトルを写メして、コピーは全部片付けてから検索すれば、もっとタイプしやすくなるのでは」と気づく。

 日が暮れ始めたところで家を出て、「往来堂書店」に出かける。何冊か手に取り、買わないのもなと、『東京の生活史』も一緒に買う。本を抱えて帰途につく。19時過ぎに帰ってきた知人と晩酌。取材したいと思っているお店でお土産に買ったソーセージ、解凍して知人に焼いてもらって、食べてみる。どうにも生っぽく、これ、大丈夫かなと尋ねると、「まあソーセージは基本的に加工肉やけ、生でも食べれるやろ」と言うので、口に含んだ分を飲み込んだ。断面をみると、ちょっと赤い部分がある気がする。ぼくが不安そうにしているせいか、まあ、生ソーセージだと生で食べられんけど――でも、袋に何も書いとらんかったで、と知人が言う。でも、やっぱり気になるので調べてみると、やっぱり生ソーセージだった。これ、腹を下してしまうんじゃないのと暗くなっていると、そんな、何も書いとらんのやけ、生ソーセージだとは思わんやろと知人が反論する。いや、別にこっちは何も言っとらんやろと言い返すと、だってそんな、こっちが悪いみたいな感じ出すけやろ、と知人が言う。同じような状況になった人はいるもので、知人がネットを検索すると、「生ソーセージを生焼けの状態で半分食べてしまったのですが、大丈夫でしょうか」みたいな質問が出ていて、「大丈夫でしょう」と回答がついている。それでも少しおびえながら、ビールを飲んだ。腹は特に下さなかった。