10月18日
6時過ぎに目を覚まし、ストレッチをする。昨日は宿に帰ってからビールを1本飲んだだけで、さほど深酒しなかったせいか体が少し軽く感じる。昨日の夜に半分ぐらい書いておいた書評を完成させて、メールで送信。フジテレビ系列のテレビをつけていると、「速報 小室圭さん自宅を出発」と大きな文字でスーパーが表示され、まだそんなこと報じてるのかと呆れる。
8時半にチェックアウトし、タクシーで空港へ。空港の売店で買ったじゅーしーおにぎり(2個入り)をロビーで平らげたのち、9時35分発の飛行機に乗る。1時間ほどで飛行機は新石垣空港に到着。バスの時間まで1時間近くある。空港の1階はフードコートみたいになっていて、マスクを外したまま談笑している人たちがちらほらいるので、空港の隅っこでここ数日の日記を書く。
バスのりばにはバスターミナル行きのバスを待つ旅行客の列ができている。ぼくは10時52分発の平野線に乗り込んだ。空港からこのバスに乗車する人は少なく、「どちらまで行かれます?」と、心配した運転手さんが確認してくれる。「伊原間まで」と伝えて、しばらくバスに揺られる。のどかな風景が続く。伊野波一班、二班、三班という停留所の名前に、開拓時代の名残を感じる。降りぎわに1日乗車券(1000円)を買い求めて、2つ目の伊原間のバス停でバスを降りると、目の前に「新垣食堂」が建っている。こちらの荷物を見たお店のお母さんが「着いたばっかり?」と笑う。はい、空港からそのままきましたと伝えて、牛そばを注文。ここの牛そばの味と、そこで聞かせてもらった島の歴史が印象深く、「水納島再訪」を書いていたときにもお母さんの話を思い出していた。
食事を終えて席を立とうとすると、「今ならまだ12時45分のバスに間に合うはず」と教えてくれる。ぼくは平野線のバスだけ調べていて、それだと14時発になってしまうのだけれども、西回り線がもうすぐ出るところだという。名前の通り石垣島の西側をまわるので、最短ルートではないけれど、それだと空港を経由しないから混雑しなさそうだから、そのバスに乗り込んだ。1時間ちょっとかけて、バスは終点にたどり着く。そのあいだに、最大でも(ぼくを含めて)3人しか乗客はいなくって、それでもバスが運行してくれていることをありがたく思った。ケータイをぽちぽち触っていると、平民金子「頭の、その向こう」がウェブで公開されているのが目に留まり、読む。すごいなあ。どうすればこんなに肩の力を抜いた文章を書けるのだろう。淡い――わけではないか、遠い昔の記憶と、今の眼前に広がる風景とを交差させて、過剰にオチをつけてしまうのでもなく、ほろほろとした感触のまま文章を終える。自分だったらと、考えてしまう。もっと「新聞に書くからには」と、気張って書いてしまうだろう。そう考えると、力を抜くという振る舞いは、気張るという方向に流れてしまわないようにと踏ん張る振る舞いでもあるのだなと思う。
終点のバスターミナルが近づいたところで、小学校のグラウンドが見えた。運動会の準備をしていて、旗を振っているこどもたちの姿がある。最近は紅白に分かれないのか、こどもたちは皆、赤い帽子をかぶっている。旗を掲げている子もいて、旗には「豊かな心」と書かれていた。豊かな心。14時過ぎにバスはターミナルに到着し、ホテル「P」にチェックイン。エレベーターで客室のあるフロアに出ると、廊下にむわっとした臭いが立ち込めている。部屋の扉を開くと、リセッシュの匂いが強烈だ。部屋の壁も、柱も、ベッドもぼろぼろだ。これで5500円か、と思う。
2時間近く、原稿を練る。17時の開店時刻に合わせ、コロナ禍前に立ち寄ったことのある「やふぁやふぁ」という店に出かけると、あかりは消えたままだ。どうやら今日と明日は臨時休業のようだ。以前、ここでいただいた沖縄そば入りの茶碗蒸しが大変美味しかった上に、カウンター越しに調理をする店主の姿が、なんというのか、小気味良く仕事をしている人の姿を眺めながら飲むのが好きで、だから「うりずん」にも通っているのだけれども、せっかく取材で行くなら一泊して「やふぁやふぁ」で飲みたいと、自腹で前乗りしたのだった。
そうか、休みか、と途方に暮れる。他に知っている店はどこもなかった。なんとなく散策してみたものの、地元客相手のこぢんまりしたお店には、やはり入るのが躊躇われる。かといって観光客が詰めかけそうな飲み屋も避けたく(これは「シブい店を探したい」という以上に、コロナに対する不安が強い)、ぐるぐる歩く。せっかくだから魚が食べたいなあという気持ちだったので、刺身が食べられそうな店で、かつ客席がゆったりした配置になっているお店に入店し、生ビールを頼んだ。この時間帯はまだひとりだけで切り盛りしているようで、店員さんの様子を伺いながら、おひたし三種盛りと生ビールを頼んだ。なかなか気が利いたおつまみだなと思いながらビールを2杯飲んだあと、刺身の盛り合わせと請福をカラカラで頼んだ。ぼくの他には観光客とおぼしきカップルが2組いるだけで、皆サワーを飲んでいて、ひとりだけ場違いな客になっているような心地になってくる。30分くらいで2組とも帰り、貸切になる。ゆっくり泡盛を飲み干して、会計をお願いすると5000円を超えていてびっくりした。5000円……。
このまま宿に戻る気持ちにはなれなくて、八重山そばを食べようと思い立つ。さっきはふらふら歩いて入店してしまったけれど、ちょっとは調べてみようと、検索する。できたらお酒も飲めるお店で、八重山そばが食べられる店。目に留まったのは「一番地」という店だった。ホームページを見ると、ちょっとニューウェイブな感じがするというか、若干こじゃれた感じに見えたのだけれども、行ってみると普通のお店だ。店内をのぞくと、わりと賑わっているようではあるけれど、あちこちにビニールカーテンが張り巡らされていて、感染症対策に心を砕いている感じが伝わってくる。ちょうどカウンターが1席空いたので入店し、泡盛とかまぼこ盛り合わせ、それにそばの(小)を頼んだ。淡い味付けだがとても美味しいそばだった。
コンビニに立ち寄り、缶ビールを買って宿に引き返す。コンビニにも、飲み屋街にも、大勢の観光客の姿があった。