1月21日

 8時過ぎに目を覚ます。洗濯機を2度まわす。昨日の夜に、チラシに関する話が届いていたので、それならば別バージョンでこういうのを作ってみるのも良いのではと返事をする。そのメールの中に、受賞作を担当していることもあって、バタバタしていたので遅い時間にメールを送ることを詫びる一文が含まれていて、沖縄のホテルで眺めた記者会見の映像を思い出す。受賞された方が手に持っていたのは、ぼくの連載が始まった号だった。お昼はキャベツとかつおの塩辛のパスタを作り、午後はテープ起こしを進める。

 16時半に家を出る。白山駅から都営三田線に乗り、三田で都営浅草線に乗り換える。今日と明日は南部古書会館で「五反田遊古会」が開催されている。7月に取材させてもらったあと、2ヶ月に1度のペースで開催されていたのだけれども、いつも東京を離れるタイミングと重なって足を運べていなかった。今日は久しぶりに遊古会にお邪魔して、そっと棚を眺める。「あーあ、まだあと35分もあるってよ」。「S書店」のMさんの声が聴こえてくる。しばらくするとまた、「あれ、まだ5分しか経ってない。最後の1時間ってのがほんとに長いんだよ」と聴こえてくる。 『彷書月刊』、坪内さんのトークイベントが収録されているものを買う。

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 それから2階に上がり、飲食関係の本をいくつか手に取る。帳場で「あれ? あの人は……」となっているのが目の端に見えるけれど、「どうもどうも! その節は!」と挨拶をするには、しばらくご無沙汰してしまっているのが心苦しくもあり、しれっと棚を眺めて、会計の時に短くご挨拶。「古本T」のOさんは1階で片付けを始めていたので、お久しぶりですと挨拶をすると、「あけましておめでとうございます」と頭を下げられる。慌てて「あけましておめでとうございます」と返して、沖縄土産のちんすこうを手渡し、おやつタイムにでも召し上げってくださいと伝える。夜の五反田を歩いていると、「時短営業やめました」という看板が出ている。

 18時過ぎに渋谷に出る。行き先表示に「中央改札」と書かれたエスカレーターがあり、中央改札ってどこだっけとエスカレーターに乗ると、こ、ここは一体どこだと途方に暮れる。まるで知らない風景がそこに広がっている。少し前に山手線を運休し、ホーム拡張工事が行われていたのは知っていたけれど、駅の風景自体がまるで変わっている。「スクランブルスクエア」という、聞き慣れているようでまったく馴染みのないフレーズを頼りにエスカレーターを乗り継いでも、まだ自分がどこにいるのかわからない。地上まで降りて、バスターミナルと、少し離れたところにビックカメラの看板が出ているのが見えて、やっと現在地を把握できた。スクランブル交差点のほうに向かって歩くと、また見慣れぬ風景が広がっていて、ああ、ここがミヤシタパークですか、となる。資本によって街がめちゃくちゃに破壊されている。

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 「大盛堂書店」を覗き、今村夏子の文庫本を買ったのち、センター街を歩く。まあまあの人出だ。ノーマスクの客引きに声をかけられないように歩き、「WWW X」にだとり着く。今日はここで向井秀徳アコースティック&エレクトリック鎮座DOPENESSの対バンがある。本当は開演時間は19時45分だったのだが、今日から蔓延防止云々のアレが始まる影響を受け、開演時刻は19時に変更すると、昨日メールが届いていた。正直、この状況下でライブに出かけることには不安があり、マスクはKN95があるとして、目からの感染リスクを下げようと、メガネのチェーン店を数軒まわり、花粉対策メガネを試着していた。ただ、どのメガネもそこそこ隙間が空いてしまうのと、そのわりに度入りのタイプで作ると1万5千円ぐらいするので、購入を見送っていた。もしもマスクを外している観客が多かったら途中で帰ろうと心に決めて、会場に入り、ドリンクチケットの1枚と、あとは現金とでハイネケンを2つ買ってフロアに入り、後ろの隅っこに陣取る。

 19時過ぎ、先に登場したのは鎮座DOPENESSだった。最初に、1都何県かに蔓延防止云々がというニュース番組の声をサンプリングした音声が流れ、ライブが始まる。あれはいつだったか、ふとしたタイミングで鎮座DOPENESSのラップバトルの映像を見て、それ以来ちょこちょこ映像をYouTubeで観ていた。自分で機材を操作してトラックをかけ、ステージを縦横無尽に動き回りながら歌う。バンドとも違う、シンガーソングライターとも違うステージでの動きっぷりに、初めて3Dの映像を目にしたような、これまで飛車の動きしか存在しなかったところに角や桂馬の動きが加わって「そんな動きって存在するんだ!」と驚いたような、なんともいいようのない衝撃を受ける。

 1時間ほどで鎮座DOPENESSの出番は終わり、セットチェンジが始まる。ライブ中も観客はきっちりマスクをつけて、歓声を上げる人は誰もおらず、きっちり拍手だけで答えていた。セットチェンジのあいだに、PA卓の後ろにあった関係者エリアを区切る柵は撤去され、少し帰ったお客さんもいるのか、さっきよりスペースに余裕がある。セットチェンジの途中、客電がついた状態でスタッフの女性がステージにまだ立っている状態で、向井秀徳がギターをかき鳴らし始める。「sentimental girl's violent joke」だ。これはサウンドチェックですと言いながらイントロを弾いていたけれど、もうこれはライブが始まっているのだろうなというのが伝わってくるテンションだ。結局そのまま1曲まるごと歌い終えて、ようやくスタッフがはけ、客席の照明が落ちる。

 この1曲目からして、テンションは高いのだけれども、どこかズレを感じる部分があった。ギターの演奏が少し走っていて、歌がどこか追いついていないようにあれは何曲目だっただろう。「昨日の午前11時から飲んでいる男の歌、聞きたい?」と向井秀徳が切り出した。少し間を置いて「まあ、俺なんやけど」とつけくわえる。さすがに昨日の昼から飲み続けていたらもっとでろでろになっているだろうけれど、そうであっても不思議ではない気配を、今日は携えていた。途中でスタッフがステージにハイネケンを差し出すと、「あれ? 20時までやったっけ?」と言ったあと、すべてが馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに「知らんくさ!」と言っていたのが印象に残る。やってられるかよという叫びのようなものを、歌から感じる。

 21時に終演を迎え、すぐに外に出た。センター街は若者で溢れ返っていて、地べたに座り込んでいる人もいれば、コンビニの軒先で酒を飲みながら、周囲を物珍しそうに見渡している外国人の姿もある。何なんだろうな。ラーメン屋に行列ができていた。がらがらの地下鉄に揺られながら、ライブのことを反芻する。「鎮座DOPENESSとは生まれて初めて会いましたけど、ブルースだなと思いましたね」と向井秀徳は言っていた。それはほんとうにその通りだと思った。「ワタクシ、すべての音楽はブルースだと思っているんですね」と、向井秀徳は言葉を続けた。というより、すべての音楽はブルースであるべきだ、と。言葉でブルースを響かせることはできるんだろうか。