2月5日

 5時過ぎに目が覚める。昨日の夜は頭の中で言葉が膨らんだまま、それを誰に伝えることもなく眠りについたので、休まった感じがしない。コンビニで買っておいたクノールのスープパスタに湯を注ぎ、平らげる。シャワーを浴びて、鼎談シリーズの構成に取り掛かる。13時、昨日の公演を観にきていた神戸のY.Eさんちらっと会ってお話しすることになり、ホテルを出る。国際通りから少し入ったポートで、初めてレンタサイクルを借りてみる。アプリから手続きできるタイプのもので、いつだか「路上」の企画でダウンロードした「HELLO CYCLING」のアプリが那覇でも使えるらしかった。15分80円。

 貸し出しポートまで歩きながら、Twitterを開くと、「唯一、新作を楽しみにしてた小説家が…」とAさんが呟いている。え、誰が亡くなったのかと検索すると、西村賢太さんが亡くなっていた。『en-taxi』がまだあった頃に、対談連載の構成役に指名していただいていて、いつも背筋を伸ばしながら同席し、収録後はそのまま飲みに行くことが多かった。あるとき、「はっちゃんも自分の作品を残さないと」と言われたことが、記憶のどこかにずっと残っている。自分から「こんな本を出したんです」と送るのはどうも憚られて、前著も今回も、送らないままになっていた。

 坪内さんも、西村さんも、あとで知ったことだけど坂本忠雄さんも亡くなった。『en-taxi』で知った文学の世界は。

 自転車こいで、まずはサンライズなはの「Jef」を目指す。いつもは徒歩でしか移動しなくて、初めて自転車で移動してみると、市場界隈の印象がまた違って見える。そもそもアーケード内は「自転車は押して歩きましょう」と看板が出ている(もちろん地元の人で乗ったまま移動している人もいるけれど、取材してまわっている人間がルールを破るわけにもいかない)。アーケードを避けて、自転車を走らせながら移動するには――と、ルートを考えて移動することになる。どうにか「Jef」に辿り着き、ぬーやるバーガーセットを注文。飲み物はオレンジジュース。桜坂劇場でY.Eさんと待ち合わせ、希望ヶ丘公園でぬーやるバーガーを食べる。ポイ捨てしながら缶チューハイを飲んでいる人たちが近くのベンチにたむろしている。若者ではなく、僕より年長の年代だ。あれは何をポイ捨てしていたのか、もう記憶が薄くなっているけれど、鳥や野良猫に餌をやるということでもなく、何かをポイッと投げるしぐさだけ覚えている。

 ちょっと落ち着かなくて、コーヒーでも飲みにいくことにする。「ひばり屋」に行くつもりで桜坂劇場で待ち合わせたものの、話しているうちに「ああ、そうだ」と思い出す。作品の中に、「元は芝居小屋だった映画館」で道を聞き、市場の中にある珈琲屋さんに出かけるシーンがあるので、せっかくだからそこに行ってみることにする。残念ながらそこは閉まっていたので、あらためて桜坂を上がり、「ひばり屋」へ。賑わっている。アイスコーヒ―を注文して、端っこに座り、ぽつぽつ話す。これは正確には公園にいたときに話したことだけれども、市場が舞台となる場面で、音響として街の喧騒が聞こえてきて、外の音が劇場の中に聞こえてきてしまってるんじゃないかと思ってどきどきした、とYさんが言っていた。それは自分には浮かばなかった感想で、演劇というのは面白いなと思う。そのあたりは公設市場や栄町市場に着想を得たシーンであるはずで、たぶんきっと、作家の中に「あれ、この風景を目にしたことがある」「ここってあの場所に似てる」とインスピレーションがつながっていくように、地下に流れる水脈を辿り、いろんな時間がつながっていく場面だったのだろう、そしてコーヒーを淹れるという作業も水とかかわっている――と、Yさんに自分の見立てを説明しているうちに、頭がクリアになってくる。

 後ろにPCR検査の予約を入れてあり、検査前の30分は飲食NGなので、運ばれてきたアイスコーヒーはほとんど一気に飲み干した(なんだか雑に飲み干してしまったみたいで、勝手に申し訳なさを感じる)。14時50分頃にYさんと別れ、検査センターへ。今日は土曜日で、一昨日と違って天気も悪くないのに検査センターはがらがらで、他に受検者は見当たらなかった。劇場でEさんの息子さんとお会いして、お土産としてたんかんとスナックパインをいただく。パレットくもじにある写真屋さんに向かい、先月取材した「O青果」さんのお写真を5枚選び、6切りサイズにプリントをお願いする。料金は1枚600円くらいだ。

 45分ほどかかるというので、7階か8階にある無印良品をぶらつく。水納島の皆さんに、なにか気を遣わせない範囲でお土産を探す。ジョートーな泡盛の古酒だとかお酒を選んで持って行ったこともあるけれど、皆さんそれぞれ飲み慣れたお酒の方がよさそうだと気づいた。といってお菓子も微妙な感じがするし、なにか日常的に使える食べ物はないかと考えていると、カレーの6個/9個セットを入れられるギフトボックスがあると案内が出ている。ああ、レトルトカレーのセットなら、料理を作るのが面倒になったときや、船が出なかったときに、パッと簡単に食べられるんじゃないかと思って、6種類×3セット選んで箱に詰めてもらう。

 レンタサイクルを走らせ、プリントした写真を「O青果」の方に手渡し、ホテルに引き返す。少し原稿を書き進めたあと、市場界隈で夕食を探す。テイクアウト生活も3日目ともなると、閉まっているお店が多いこともあって、選択肢が尽きてくる。迷いに迷った挙句、「節子店魚店」でお刺身と、11月にオープンしたネパール・インド料理店「蛸屋のカレー屋さん」でモモ(ネパールの水餃子みたいなやつ)と砂肝スパイスいためを注文。刺身とエスニック料理という、バランスも何もない組み合わせになってしまった……。出来上がりを待つあいだ、そのカレー屋さんの斜め向かいにある「K商会」(『市場界隈』で話を聞かせていただいたお店)の方と少し立ち話をする。

 今月末で閉場を迎える公設市場の衣料部と雑貨部の跡地に何ができるか、皆心配しているという話になる。民間の運営となれば、飲食のビルになるんじゃないか、そうするとまた一気に街が変わってしまうんじゃないか、と。たしかに、平和通りは臨時休業したままのお店も多く、この1年のあいだに閉店してしまったお店もある。平和通りの国際通り側の入り口には、向かいにのれん街という飲食のビルがある。それに加えて、平和通りを進んでいった先にまた飲食ビルがオープンすれば、そのあいだにある通りも風景が一気にひっくり返ってしまう可能性はある。「これだけ移り変わりが早いと、取材しても取材しても追いつかないんじゃないですか」とお店の方は笑っていたけれど、ほんとうにその通りだ。