2月16日

 昨日の日記に書き忘れていたこと。書店巡りをしていた途中で、一通のメールが届いた。遡ること2年半前、公設市場の本を出そうとしていたころに原稿依頼があり、6月16日に市場が一時閉場を迎えた日のことを書いて送った。それはメールだけでのやりとりだったこともあり、編集長も含めて一度食事でも、と連絡があった。原稿用紙で10枚ほどの記事を書いただけだったので、わざわざ編集長も含めてなんてことがあるのかと不思議に思った。「橋本さんの著作のファン」という理由で、その席には文庫編集部だという方も同席することになった。その夜、沖縄料理屋でお酒を飲んでいるときに、その方から「市場の本をぜひ文庫化したい」と告げられた。まだ本の刊行から2ヶ月と経っていないタイミングで、こんなに早い段階で話がくるのかと、嬉しいというより面食らったというのが正直な感想だった。後日、その方からあらためてメールが届き、企画会議で「正式にゴー・サイン」が出たと書かれていた。通常は刊行から3年をめどに文庫化されるとのことで、今年の初夏で3年を迎えることもあり、その方に久しぶりにメールをお送りした。今年の初夏はもう時間が差し迫っているものの、来年の春に新しい公設市場がリニューアルオープンするタイミングで文庫化できたらと思ったのだった。するとすぐに返信が届いたものの、改めて作品を読み直して検討しますと手短に書かれていて、違和感をおぼえた。こちらから持ちかけた企画ではなかったし、「正式にゴー・サイン」という言葉はどこにいったのだろう。それから5日経った昨日の夕暮れ時にメールが届き、「現時点での文庫化は難しい」と書かれていた。その理由のひとつに、コロナ禍で移動が難しくなり、沖縄への興味が一時的にせよ下がっていること、と挙げられていた。その人はあの夜、沖縄好きだと語っていた記憶がうっすら残っているけれど、その思いはどこへ行ってしまったのだろう。コロナ禍で移動が難しくなり、関心が薄れていればこそ、そこに言葉が必要なのではないのか――ただ、そういったことを理由にやんわり断ってくれただけで、文庫化に耐えうるほどの書き手ではない、と判断された可能性もある。どんよりする。どよどよした気持ちで昨晩は車を走らせていた。

 7時過ぎに目を覚ます。9時過ぎ、カメラを提げてホテルを出る。界隈を散策すると、パラソル通りのパラソルが撤去されて骨組みだけになり、椅子には座れないようにネットがかけられていた。その様子を写真に収めておこうと思ったところで、カメラにメモリーカードが入っていないことに気づく。ああ、パソコンに写真を取り込んだあと、そのままになっていたのか。たしかトートバッグに入れたバッグインバッグにカードリーダーを入れてあったはずだ。一度レンタカーまで引き返し、中を確認すると、カードリーダーが入っている。ああ、やっぱり――と思ったものの、カードリーダーには中身が入っていない。その瞬間に、自宅のテーブルの上にメモリーカードが置かれている映像がよみがえってくる。

 今日は、すでに話は聞かせてもらってあるお店で、写真を撮影させてもらう約束をしていた。どうしよう。僕のカメラだと、使えるのはXQDカードだけだ。ネットで検索してみると、32GBのもので1万円もする。でも、もう、買うしかないよなと思い、とりあえずドン・キホーテを覗いてみる。やはりというか、並んでいるのはSDカードとミニSDカードだけだ。あれ、もしかしてと不安になりつつ、おもろまちのメインプレイスにある家電量販店に電話をかけ、XQDカードの在庫はありますかと尋ねてみる。カメラ売り場の担当者に電話が切り替わり、XQDカードはありますかと尋ねてみても、「SDカードですか?」と返ってきた段階で、やっぱり、と思う。何度か「SDカードではなくて……?」というやりとりを繰り返したあとで、QXDカードという規格があるかと思うんですけど、その規格で在庫があるものがあるかどうか調べてもらえますかと告げる。ちょっと確認しますので、折り返しのお電話でもよろしいですかと言われて、電話を切る。いや、やっぱり、在庫があったとしても、1万円は痛いなあ。それならRK新報の写真部の方に撮ってもらうか――でも、そのお店は引っ越しを終えられたばかりで、連絡を取り合って時間を決めて撮影するとなると、お店に負担をかけてしまうだろう。でも、さすがにiPhoneで撮影するわけにもいかないし、いっそ来週また沖縄にくるか、と考え出す。電話が折り返しでかかってくることはなかった。

 ホテルをチェックアウトして、車に荷物を積み込んだあと、パラソル通りのコーヒー屋さんでホットコーヒーを買う。最近はどんなこと書いてるのと尋ねられ、ちょうどA5サイズのチラシを持っていたのでお渡しする。すると、すぐあとに常連とおぼしきお客さんがいらして、「彼は物書きで、頑張って色々取材してて」と紹介しながら、チラシをその方に渡してくれる。チラシの裏面には「はじめに」が印刷されてあって、そのお客さんは老眼鏡を取り出し、食い入るように読んでくれた。コーヒーをテイクアウトして、レンタカーを走らせる。メインプレイスとパレットくもじを巡る。こう考えると、市場の本のときは思い切ってたくさん仕入れてくださっていたのだなと思う。遠く離れた場所にも、言葉を届けるにはどうすればよいのだろうかと考える。

 豊見城、経塚、西海岸パルコシティと巡る。書店の多くはショッピングセンターの中に入っている。そこにはスタバやタリーズが入っていて、無印良品があって、ABCマートがあって、家電量販店が入っていて、催事場のようなスペースには、この時期だと入学・入園に向けたフェアが展開されている。書店でも、小学生や中学生向けのドリルが大きく並んでいる。これを買う人たちには、これを手に取る大きな理由づけがある。本がアピールするものも、とても明快だ。それに比べると――と、店員さんの手が空くタイミングを見計らって店内をうろうろしていると、そんなことばかり考えてしまう。これまでほとんど立ち寄ることもなかったけれど、あちこちにショッピングセンターがある。どこでも駐車は無料だ。この状況下で、県内各地に暮らしている人たちがまちぐゎーに出かけるというのは、よほどきっかけがないと縁がないだろう。

 14時過ぎ、ジュンク堂書店那覇店に別バージョンのB2サイズポスターをお届けしたのち、沖縄県立図書館で少しだけ調べ物。気づけば飛行機の時間が迫りつつあり、5枚だけ複写をして那覇空港へ。とりあえず搭乗手続きを済ませておけば少し猶予があるだろうと、チェックインをして荷物を預けたのち、レンタカーを返しにいく。時間がかなりギリギリになってきたので、ガソリンスタンドを経由するのは諦める。というのも、レンタカーも延泊を申し込んであるので、どのみちレンタカー店で生産手続きが必要になるから、そこで距離計算でガソリン代も精算してもらったほうが手続きが短く済みそうだ。お金を払って、急いでタクシーを拾い、空港に向かってもらう。途中で見知らぬ番号から電話があったけれど、狭いタクシーの車内で電話に出て会話をするのは憚られて、出なかった。レンタカー店からの電話な気がする。何か忘れ物や落とし物があったのだろうか。あれ、搭乗券はあるだろうかとトートバッグをがさごそ探すと、それは無事に出てきた。まあ、搭乗券さえあれば、あとのことはどうとでもなる。あとになって電話を折り返してみるとやはりレンタカー店からで、ETCカードが残ったままになっていたとのことだった。

 出発30分前に空港に到着する。先に搭乗手続きを済ませていなければアウトだった。あわあわと保安検査場を通過し、搭乗ゲートへと急ぐ。ロビーにはハーフパンツにビーチサンダル履きの若者たちが、マスクをずらして歩いている。どんな時期でも人は好きに行動していいとは思っているけれど、どうか近くの席じゃありませんようにと祈る。僕が選んだ後方座席は、ほとんどが一人客だったのでホッとする。20時半に飛行機は成田空港に到着したものの、なかなかスーツケースが出てこず、21時発のスカイライナーには、ほんとうにタッチの差で乗れず。次のスカイライナーが出るまで、ホームのベンチに腰掛け、日記を書いていた。スカイライナーは同じ車両に他の乗客の姿は見当たらなかった。