2月28日

 9時過ぎに家を出る。10時20分に桜木町に辿り着き、駅前のショッピングモールに向かい、イタリアの食材を探す。今日からKスタジオで稽古があり、俳優のH.Sさんの誕生日だからと、誘われていた。Hさんとは数年前にフィレンツェに滞在したとき、同じ部屋に宿泊していて、現地で誕生日を迎えた日にはプレゼントに美味しそうなワインを買ってきて、Hさんが一番好きなアルバムをかけましょうといって、フレーミングリップスを聴きながら過ごした記憶もある。ショッピングモール内の輸入食材店はそこそこの品揃えで、イタリアから輸入されたものだと「これ!」というものが見当たらなかった。2014年のツアーではシチリアにも訪れ、あのとき「いつかシチリアにきたいと思っていた」という話をHさんが話していたこともあり、ワインコーナーからシチリア産ワインを見つけ、それをプレゼントとする。

 11時にKスタジオにたどり着く。先にOさんとHさんがいて、思わず「誕生日おめでとうございます」と言いたくなるのをこらえつつ、お久しぶりですと挨拶する。ほどなくして全員揃って、まずはお昼ごはん。当初の予定だとハンバーガー屋さんまでテイクアウトに行く予定だったようで、皆からオーダーを取り、電話でテイクアウトの予約をしてから散歩に出るはずだったのだが、電話をかけてみると繋がらず、どうやら臨時休業らしかった。それならばと、崎陽軒シウマイ弁当を俳優の皆と買いに行く。パンの気持ちだったからさ、パンからおこめに気持ちを切り替える時間が必要だね。そんな言葉を聴きながら、後ろを歩いていく。駅の売店に行ってみると、「お赤飯弁当」というのが1個だけ残っているのが目に留まった。普段はシウマイ弁当一択だけれども、今日は誕生日を祝う日でもある。いや、でも、そこは普段通りを貫くのか、めずらしく違う弁当に目が移ったのだから買ってみるか。他の皆がそれを買うかどうか様子を見た上で、お赤飯弁当を買った。

 稽古場まで引き返し、坂の上にある公園に行き、皆でお弁当を食べる。「橋本さんとビール飲みたい」と言っていたFさんはアサヒスーパードライのロング缶を飲んでいて、僕は350ミリを2本飲んだ。お赤飯弁当はちょっと豪華な感じではあるけれど、ビールのアテなら断然シウマイ弁当だ。公園では犬を遊ばせている人がいる。犬はボールを咥えている。飼い主に、(自分が咥えているのとは別の)ボールを投げるようにねだり、飼い主が投げるとボールを咥えたまま駆け出し、そのボールを追い抜いてゆく。ボールが落ちてとまってしまうと、また飼い主に投げるようねだっている。

 食事を終えると稽古場に戻り、春に海外で上演する予定の作品の稽古が始まる。一緒にお昼を食べたら帰るつもりだったのだけれども、まだ誕生日のお祝いをしていないし、Fさんが「はなしたい」と言っていたことも稽古場にお邪魔した大きな理由であるので、稽古も見学する。いま稽古をしている作品も自分の作品であるのに、「ああ、こんな言葉を言っていたんだ?」といった感じの反応を何度かしているのが印象深かった。16時過ぎに、最後のシーンまでやってみたところで、Fさんが俳優の皆に、今年のバージョンに向けた話をぽつぽつ語る。その終わりに、「じゃあ――Hさん、誕生日おめでとうございます」とFさんがさらりと言い、「ええ、そんな感じで言っちゃうの?」と皆が笑い、Hさんにはテントの中に入っていてもらって、お祝いの準備をする。僕のプレゼントもワインだけど、圧倒的にお酒が多かった。

 お祝いを終えたところで、Fさんと少し話をする。休演になってしまっている作品について、その作品をめぐる取材企画をどうするか。「僕もまだ再会できてなくて、だからまだ、なんとも言えないところがあって」とFさんが言う。もちろん、そんなに急いで収録する必要もないと思うし、時間が経ってから取材するというのでも全然いいと思う、ただ、3月の終わりから4月になってくると、夏に上演する別の作品のモードに入ってくるだろうから、それを含めて日程を考えられたら、と答えておく。

 稽古場をあとにして、せっかくだから中華街の「SNTN」で水餃子と何かツマミを買って帰るか。お店のウェブサイトを確認すると、テイクアウト用のメニューも掲示されていたので、電話をかけてみる。すると、店員さんが「今日はもう完売です」と言う。おいおいまだ17時じゃないかと電話を切る。ここの店員とはそりが合わないことが多い。あれは数年前、知人とふたりで入店したときに、「とりあえずビールを2杯と、水餃子と――あとはまた考えて注文します」と伝えたところ、「注文は最初にまとめて一回でお願いします」と言われたことがあった。え、あの、今も言ったように、食事ではなく、お酒を飲むつもりでお邪魔してて、次も生ビールを飲みたいか、それとももう2杯目から紹興酒に切り替えるかわからないんですけど、飲み物も最初にまとめて注文しないと駄目なんですかと聞き返したところ、「注文は最初にまとめて1回でお願いします」と繰り返されたので、無言で席を立ったことがある(そんなことがありながらもその何度か足を運んでいるのだけれど)。

 それならばと「餃子の翠葉」に立ち寄る。まだお客さんの姿はなく、焼き餃子とザーサイとレバニラ炒めをテイクアウトで作ってもらって、それを待つ間カウンターでビールを飲んだ。電車に乗る前にセブンイレブンに立ち寄り、買い物ついでに大きなビニール袋もつけてもらって、料理を入れられたビニール袋を、さらにセブンイレブンの袋に入れて、硬く口を閉じておく。そうして電車に乗ってみたものの、どうしても香ばしい匂いが車内に漂い始めてしまうので、1駅ごとに車両を移動しながら千駄木まで帰ってくる。ようやく自宅に辿り着いた時にはどっとくたびれてしまって、横浜からテイクアウトはさすがに無謀だったかなと反省する。が、温めて食べてみると、餃子もレバニラ炒めも抜群にウマイ。実はレバニラ炒めは苦手だったという知人も、ここのは美味しいと言って食べている。Hさんにプレゼントしたのと同じシチリアワインを自宅用にも買ってあったので、それを飲みながら、昨晩は途中で眠ってしまった『ドライブ・マイ・カー』を観る。