3月11日

 6時に目を覚ます。コーヒーを淹れて、たまごかけごはんに納豆をのせて食う。『ラヴィット』のオープニングで、出演者がひとりずつ東北のおすすめグルメを紹介していて、今日という日付に合わせてのことなのだろうけれど、どこか違和感をおぼえてしまう。出演者のひとりは紹介するお店の名前を読み間違えて、「食べたことはないんですけど、ネットで見て気になっていて」と、高遠そばを紹介していた。新聞を読み、dマガジンで週刊文春週刊新潮をパラ見する。書評欄で『最期の声』というノンフィクションの存在を知る。いわきのプロジェクトのドキュメントを書き、お昼は出前館マクドナルドのてりたまバーガーセットを注文する。春だ。あれは2年前か、ある人と話しているとき、「最近はお昼はウーバーで頼んで済ませることが多くて」と話しているのを聞き、セレブだなー……と思った記憶が蘇る。送料と手数料で料金は倍近くになっている。

 午後も原稿を書く。14時過ぎ、くたびれたので少し横になろうとテレビのある部屋に行く。画面の中ではロシアの外務大臣が何か話していて、「無茶苦茶やのう」と知人がぼやいている。しばらくすると画面は東北の様子を映し出す。その時刻になると、画面の向こうでサイレンが鳴り響く。15時から再び原稿を書き、これはちょっと資料にあたりたいなというところが出てきたので、16時過ぎに家を出て、国会議事堂前駅へ。マクドナルドの袋を提げた人がホームで電車を持っていて、このあたりにマクドナルドなんてあったっけと不思議に思う。その匂いがどこか場違いのものにも感じる。

 地上に出てみると、どこかで太鼓の音が響いているけれど、それ以外は静かだ。国会図書館で資料を複写し、すぐに出る。記者だろうか、タクシーを待っている人たち。上京したばかりだろうか――でも上京するにはまだ季節が早いのか?――若者たちが4人並んで歩いている。「ここのどっかに小池百合子がおるんやろ」とひとりが話している。首相官邸前にある門が勢いよく開けられ、ブレーキをかけて減速することなく、車が走り去ってゆく。思わず後部座席を凝視してしまったけれど、誰だかまったくわからなかった。

 丸の内線で新宿に出る。新宿三丁目ではなく新宿駅で降りたせいで、方向感覚をうしなってしまう。そこから思い出横丁への動線ならすぐに把握できるのだけれども、これから行くのはルミネだ。えっと、ルミネってどこだっけ。とりあえず西口地下にある改札から地上階まで上がり、東西連絡通路を歩き、東口に出て、そこから東南口にまわり――と、たぶんもっと最短ルートがあっただろうなと思いながらも、人混みをかき分け進んでゆく。ルミネに入ると、修学旅行生だろうか、ガイドさんに率いられた制服姿のこどもたちがエスカレーターで次々降りてくる。ネットで目星をつけておいたシャツを試着して、購入する。新しい季節がきたから、服でも買おうと思ったというのもあるけれど、来月コロンビアに出かける用事がある。海外で洗濯しようとすると、コインランドリーを探して使い方を調べるにしても、部屋で洗濯するにしてもややこしく(ただの旅行で行くのであれば、それぐらいの手間は平気なのだけど、同行記を書く前提で行動するとなると、そこに時間を費やすのは惜しくなる)、もう1、2着シャツを買っておこうと思ったのだった。

 17時55分に中央線に乗り、ほどほどの混み具合の電車に揺られ、高円寺に出る。少し前に営業再開したとツイートしていた「コクテイル書房」に行ってみる(今日は知人が現場につくので、帰りが22時近くになると言っていたので、あまり騒がしくない酒場に行こうと決めていた)。カウンターの端に座り、瓶ビールを注文。カウンターの反対側の端に先客がいるけれど、静かな時間が流れている。突き出しとして小皿に盛られた太宰カレーをいただき、ちびちび食べるつもりが一息に食べてしまう。カクテキみたいに立方体のような漬物が添えられており、ひとくちで頬張ったところで、何枚かに切れていたことに気づく。

 ふとケータイを触ると、メールが届いている。制作のHさんからで、外務省から「渡航禁止」の勧告が出ている状態だということもあり、4月のコロンビア行きは中止になったとある。ここ最近はコロンビアのことを調べたり、4月1日にワクチンを接種すれば帰国後の隔離期間がなくなるなと考えたり(隔離施設で過ごすこと自体は平気だけど、お酒が飲めないというのはなんともつまらないなと考えていた)、今日もシャツを買ったりしていた。残念だ。この状況になってから海外に出るというのは初めての予定だったし、見知らぬ土地を歩けることを楽しみにしていた。

 3杯目からは日本酒の白牡丹を常温で飲む。店主のKさんに「橋本さんは広島のどのあたりなんですか」と尋ねられ、この酒蔵がある近くです、と答える。ひとり、またひとりとお客さんが増えると、その中には見知った顔もある。少し賑やかになってきたのと、座席が間引かれている状況で長く占拠してしまうのもと、19時半頃にお会計をお願いして店を出る。

 中央線で御茶ノ水まで引き返したところで19時50分だ。バー「H」に電話をかけ、お酒の提供って20時までですよね、と確認すると、そうだと言うので「また近いうちにお邪魔します」と電話を切り、成城石井でフォアローゼスとツマミを買って帰途につく。今日届いてパラパラ読んだ『超時間対談』の巻頭に田中小実昌ハンフリー・ボガートの架空対談が掲載されており、そこでフォア・ローゼスの話が出てきた。ハンフリー・ボガートがジャック・ダニエルズが飲みたいと言うのに対し、そんな良い酒よりフォア・ローゼスにしたほうがいい、あんたが演じた探偵が飲んでいたのはフォア・ローゼスだっただろうと田中小実昌が返し、あんな安酒、と言い返す。そんな架空のやりとりが綴られているのを読んで、友人のAさんが大学時代にフォア・ローゼスを飲んでいたことを思い出し、久しぶりに買ってみる。