3月14日

 4時過ぎに一度目が覚めて、ああ早過ぎるとどうにか二度寝をすると6時半になっている。別に起きる時間を決めているわけでもないのに、ああ寝坊してしまったと思い、ジョギングする気が少し萎える。コーヒーを淹れて、とりあえず新聞でもと思うが休刊日だ。昨日と一昨日は特に書評が掲載されることもなかったなと思い返す。遠くまで届く話だと思っているだけに、今は馬群に沈みつつあるような感じがして、もどかしい。トーストを焼き、目玉焼きを作り、朝食をとる。9時から3回目接種の予約が申し込めるようになるので、パソコンの前で待機して、申し込みをする。4月8日にと思っていたのだが、サイトにアクセスしてみると文京区内で都合の良さそうな会場で調べてみるとその日付は空きが見当たらず、4月11日で申し込んだ。そこが第一希望だったわけでもないけれど、今回も東京ドームになった。

 洗濯機をまわし、ベランダに出てみると、初夏のような陽気だ。ベランダを水拭きして、花粉を取り除いてから洗濯物を干す。いわきのプロジェクトの原稿を書き、昼は豚バラスライスと菜の花のパスタを作って平らげる。シンプルなパスタだけにオリーブオイルをドバっと投入してしまい、結果少し油っこくなるのがネックだ。14時半に家を出て、秋葉原PCR検査センターへ。今年に入ってしばらくは緊迫感が漂っていたけれど、今では行列も姿を消している。受付スタッフの方が、予約した時間帯とは違う時間帯にやってきて、申し訳なさそうにするでもなく検査を受ける客――といっても都民無料だから客と言ってよいのか――について愚痴をこぼしているのが聴こえてくる。

 1分で検査センターをあとにして、神保町に出る。三省堂書店をのぞくと、1階入り口からエスカレーターまでのところにある分野別の新刊台が作家のおすすめ本コーナーに変わっていて、ちょっと不便だなと感じる。エスカレーターを上がり、文学とノンフィクションの新刊台を眺め、自分の本をきれいに整えて1階に降りる。旅行・グルメの棚を眺めて、「往来堂書店」では見当たらなかった『新潮』を手に取り、福田和也による石原慎太郎追悼文を読む。半分は坂本忠雄にむけられた追悼文だ。「東京堂書店」に流れ、新刊台を見る。水納島の本が良い場所――新刊台に平積みされているのはどれも「良い場所」ではあるのだけれども、新刊台の駿河台下交差点側、評論や時事的が並んでいるあたり、そのいちばん手前のど真ん中と、手に取りやすい位置ダッシュをキープしていて、中身を読んで評価してもらったような心地がして、嬉しくなる。柱の影に西村賢太追悼で小さなテーブルが出ていたので、手元に見当たらない数冊を手に取り、新刊台の『搾取都市、ソウル』や古井由吉対談集『連れ連れに文学を語る』と一緒に買う。

 時計をみると15時47分、すずらん通りの「A屋」はまだ営業前だ。「伯剌西爾」で豆を、文具店で領収書を、ドラッグストアでこまごましたものを買って、開店直後の「A屋」に入り、生ビールを注文。ニュースが終わると、テレビでは相撲中継が始まる。ひとり、またひとりとお客さんがやってきて、ひとりで静かに相撲中継を眺めている。取り組みの合間にお姉さんがお客さんに「今年も桜は早そうですね」と話しかける。「こんなにあったかいと、もう咲いちゃうね」「入学式の頃には葉桜だ」と言葉を交わしている。ほどなくして4人組のグループがやってきて、テーブル席に座る。お店のお姉さんはさりげなく、そのテーブル席からすぐそばにある椅子をどかして、そこにお客さんが座れないように配慮する。グループ客はあれこれ料理を頼んで、平らげ、空になった皿をカウンターにどかす。それを見た瞬間に、おいおいそこは食器を下げる場所じゃないだろと言いそうになるのをこらえる。さっき豆を買いに行ったときも、僕がお店を出ようとしたタイミングで大学生とおぼしき若者が階段を降りてきて、彼らが階段を降りてくるのを入り口で待っていたらそれが5人組で、いや、ここは5人で入るような喫茶店でもないだろうと心の中で思ったことを思い出す。自分だって大学生の頃はそういう失敗をしていたのだろうけれど、誰かウルサイ人に出会わない限り、そういう感覚は培われない気がする。

 ビールを飲んで、明太子をツマミながらビアサワーを飲んで、それで今日は終わりにしようかと思っていたら、「これ、よかったら食べて」とニラ玉が運ばれてくる。こないだ本をいただいたのに、そのままになっちゃったから、とお姉さんが言う。そう言いながらお姉さんが視線をレジに一瞬向けたので、そちらを振り返ると、本が出た直後に渡した『ユリイカ』の坪内さん追悼号と、本が出た直後に(神保町の出版社から出している本だしと)渡していた『東京の古本屋』が置かれてある。いつかお礼にと思ってたけど、なかなかいらっしゃらなくてと言われて、申し訳なくなる。レモンサワーを追加して、ニラ玉をツマミながら飲んだ。