3月20日

 昨日の日記に書きそびれていたけれど、名護から那覇に引き返す道中聴いていたのは、ビル・エヴァンスの『New Jazz Conception』だった。これは数日前、朝にコーヒーを淹れて仕事に取り掛かろうとしたときに、なんとなく「今日はジャズでも聴いてみるか」とアップルミュージックで「ジャズ」と検索し、入門的なプレイリストを開き、そこに並んでいる名前を見比べて、この人にしようとビル・エヴァンスで再度検索し、一番古いアルバムとして出てきたものを何となく再生していた。朝だからジャズがいいんじゃないかと、それぐらいの安直な気持ちで再生して、最初はただBGMとして流していただけだった。僕はジャズにほとんど触れてこなかったので(例外として、向井さんが言及していたり、ライブの開場中に流していたものは断片的に聴いている)、ジャズの何たるかも、ジャズが何であるかもわからず、このアルバムも特にピンときたわけではなかったのだけれども、「この人生はジャズと無縁のまま終わるのかなあ」と思いながら、何度か繰り返し聴いていた。1曲目の始まり方が格好良かったのもある。こんなふうに始まる1曲目があるのかと新鮮な気持ちになった。聴いているうちに何かわかるかもしれないと思って、朝にちょこちょこ再生していた。それが、ドライブしながら聴いていると、アクセルを踏んでいないほうの足をリズムに合わせて動かしている自分に気づき、あれ、ちょっと馴染んできているのかもしれないという気がした。気分が揺れ動くように、音が動く。こういう音楽で優雅に踊れるような人間だったら楽しいだろうなと夢想する。自分が踊っても熊がよたよた動いているようにしかならない。

 この日は朝から、トークイベントに向けた仕込みをしていた。どんなことを話そうと思っているのかをある程度まとめておき、ゲストにお迎えするUさんにメッセージで送っておく。そこからさらに、具体的な流れを考える。トークイベントは、後日某ウェブサイトに採録してもらうことになっている。トークイベントだけならさほど手間はかからないのだけれども、それとは別に、トークイベント終了後にUさんとどこかで延長戦のようにトークをして、そちらはまた別の媒体に掲載することになっている。となると、話が重ならないように、別の筋も考えなければならない。それをどのように振り分けるかが悩ましく、ぎりぎりまでかかってようやくまとめ終える。

 14時50分にジュンク堂書店に到着してみると、会場となる地下のベンチには誰も聴衆が座っていなくて、Uさんだけが座ってメモに視線を落としているところだ。よくみると、荷物を置かれている席が2、3はあるけれど、もしかしたら参加者は数人になってしまうのかもしれない。だとしたら、わりとコアな話をしないと満足してもらえないかもしれないな――と算段していたのだが、開始時刻が近づくと来場者が増え、客席はほとんど埋まったのでホッとする。トークイベント自体に緊張することはなくなったけれど、冒頭の3分くらい、ICレコーダーのスイッチを入れていなかったことに気づき、そこで一度動揺したせいでずっと忙しない心地がした。

「今日のお客さんは、どんな人たちだったんでしょうね?」Uさんとそんなことをぼとぼとしゃべりながら沖映通りを歩き、なるべく空いているお店(かつオープンエアーな場所で過ごせるお店)を探して歩き、17時、サンライズなはに最近オープンした酒場に入店。ビールで乾杯し、トークの延長戦を始める。途中でスーツケースを引いた若者グループが通りかかり、小さな扉の前にしばらく佇んでいた。このあたりでスーツケースを引いたグループ客というのは珍しく(ゲストハウスはちらほらあるけど、そのあたりの宿泊客はあまりスーツケースを引いている印象がない)、しばらく眺めていると、郵便受けから鍵を取り出し、ぞろぞろ中に入っていく。特に何の看板も出ていないので不思議に思っていたけれど、あとで検索してみると民泊施設になっているらしかった。途中で河岸を変えて、23時まで話し込んだ。誰かと言葉を交わすことに存在意義を見出している節もあるので、満ち足りた心地で宿に引き返す。