1月20日

 8時過ぎに目を覚ます。フロントで電気ケトルを借りてきて、湯を沸かし、豆を挽き、コーヒーを淹れる。昨日食べきれなかったバゲットで朝食を済ませ、昨日追加で話を聞いたところを文字に起こし、原稿のラストを完成させる。そして、書籍のあとがきを加筆・修正して、12時過ぎにホテルを出る。コンビニでそれぞれの原稿をプリントアウトして、取材記事はお店に、あとがきはUさんに届けにいく。あとがきは、ふわっとした言葉だけではなく、界隈の現状や、そこに横たわっている課題、あるいはこの数年間に僕が感じたことを、(これまで自分が沖縄について書いてきた文章に比べると)率直に書いている。前の本を出したときも「市場界隈について書くのはこれで一区切り」というつもりはあったのだけれども、今回も「これで一区切りになるのではないか」と思っているので、感じていることをより率直に書いておく必要があるんじゃないかと思っている。ただ、ここに暮らしている人がそれを読んでどう感じるだろうか、言い過ぎだと感じたらどうしようかという気持ちもあって、友人であるUさんに(Uさんのことも短く書いたこともあって)目を通してもらうお願いをしておいたのだ(より正確に書くと、昨日お店に立ち寄ったときに本にサインを頼まれて、「無理を言ってすみません」とお詫びされたときに、「あ、今なら『あとがきを読んでみてもらえませんか?』と頼めるかも」と思い、お願いしてあった)。

 時刻は13時過ぎ、お昼ごはんは何にしよう。「上原パーラー」に向かってみると、ネパール風カレーはもう売り切れている。どこで食べようかと街をぶらつき、最終的に「大衆食堂ミルク」に入り、ちゃんぽんを注文する。「ごはんは少なめで」と伝えそびれたので、たっぷり。いちど宿に戻り、しばらくテープ起こしを進める。コウテイ解散の報せに驚きつつ、去年も敗者復活に出場していなかったときに「おや?」と不穏な気配を感じたことを思い出す。夕方、ふたたびUさんのお店を訪れて、あとがきの感想を伺う。前にメールでやりとりをしたときに、すでに聞いていた話もあったからびっくりはしなかったけど、でも、これまでとは違う言葉だとは思ったとUさん。その一方で、「ただ、橋本さんがこの3年半で思ったことはもっとあるんじゃないか」とも。ぎくりとする。それはたしかにあるのだけれど、誰かへの聞き書きをもとにした本のあとがきという枠組みを踏み出さずに書けるのはここまでかなという感じがして、と答える。

 今日はこのあと打ち合わせがある。打ち合わせの相手というのは、「この方と連絡がとりたいのだけど」とUさんのお店に立ち寄り、名刺を預けていかれていた。「そういえば、Uさんが取り次いでくださった方と、これから打ち合わせがあるんです」と告げると、少し間を開けて、「ジャージで打ち合わせに行くんですか」とUさんが言う。言われてみれば、たしかに、これから打ち合わせだというのにジャージ姿である。東京だと、ジャージで打ち合わせに出かけることはないのに、何も考えずにジャージ姿できてしまった。服装の話になったついでに、「そういえば、昨日今日は暖かいほうですか?」とUさんに尋ねる。冬の時期でも、半袖姿で歩いている人を見かけることはあるけれど、その大半は観光客だ。「沖縄は冬でも暖かい」という旅行客に対して、地元の人が「いやいや、沖縄だって冬は寒いし、コートも持っている」と反論する、という構図が一般的だと思ってきた。ただ、今回の滞在では地元の人より僕のほうが厚着をしていて、みんな寒くないのだろうかと不思議に思っていた。「いや、私もそれを不思議に思っていたんです」と語るUさんは、首元にマフラーを巻いて店番をしている。

 約束の時間には少し早いけど、17時過ぎ、桜坂劇場のカフェへ。店内には誰もおらず、ビールを注文したいのをこらえて冷たいレモネードを注文する。原稿を考えていると、打ち合わせの相手が到着する。ジャージ姿であることの言い訳を考えていたのだが、先方もジャージみたいな上着を着ていた。出演予定の番組について、どれぐらいのスタンスで話をすればいいのか確認する。先方が「市場について特集を組みたいと思って調べていたところで、橋本さんの本の存在を知って。こんな本が出てたの知らなかったなと思いながら、図書館で借りて読ませていただいて……」と先方が語る言葉を聞き流しつつ、打ち合わせを終える。

 18時過ぎ、「S・B」へ。ゴーヤと魚のセビーチェと、もつ焼きを2本注文する。メニューの中に「最初のちょこっとビール」というのがあり、食事に合わせるならワインだけど、まずはビールが飲みたくて、これを注文する。パーマンのミニグラスに注がれたビールが運ばれてきて、びっくりする。さもサイズ感を把握していたような顔をして、ビールをぐびりと飲んで、ワインを頼んだ。Uさんに読んでもらった原稿を自分で読み返し、赤字を入れていると、もつ焼きが運ばれてくる。店員さんが「あ、こないだ出版社から送ってもらった原稿、読みましたよ」と声をかけられ、ああ、顔を覚えていてくれたのかと驚く。

 お店が賑わい始めてきたので会計を済ませ、「M・S・S」に流れ、タンカンサワー。今の季節は、市場界隈のいたるところでタンカンを(そしてタンカン用の段ボールを)見かける。先客がひとりいたものの、やがて貸切状態になった。店主のIさんに、今日は金曜日だからまちぐゎーは大賑わいかと思ったんですけど、まだあんまり歩いてる人がいないですねと伝えると、「いや、金曜日は全然なんです」とIさん。金曜日は松山や久茂地あたりのお店は賑わうんだと思うんですけど、このへんはお客さんが少なくて、最近は観光のお客さんに頼っている状態です、と。平日だと、最近は賑わう時間が遅くなっていて、20時杉ぐらいから人が増えてくるのだそうだ。市場界隈にある酒場は、僕が取材を始めた頃だと、ほとんどが22時には店を閉めていた。このあたりだと店舗の2階に住んでいる方も多いから、なるべく土地と調和しながら営業を続けていこうという店主が多かった。ただ、ここ数年は日付が変わっても営業を続けるお店が増えた影響で、騒音トラブルが多発している。その流れが加速しているのだろう。

 ほどなくしてIさんはどこかに出かけていき、アルバイトの店員さんが店番をしていた。僕は入り口のあたりから、完成間近の公設市場と、行き交う人を眺めながら酒を飲んだ。仕上げの時期に入っているせいか、警備員が前より増員されている。ここ数年よく見かけた警備員もいれば、最近見かけるようになった方もいる。その後者にあたる警備員が、界隈のお店を眺めながら歩いている。現場で働く人たちにとっても、普段はあまり足を運ぶことがなかった場所なのかもしれないなと思う。ぼんやり景色を眺めながら、原稿の素案を書いていると、アルバイトの店員さんに「スケッチされてるんですか?」と尋ねられる。21時過ぎにラストオーダー直前の「P・K」に流れて墨廼江を飲んで、22時半に栄町の「U」に行ってみると、もう他のお客さんは帰ったあとだ。最近は開店直後にだーっと賑わって、早い時間帯に帰っていくお客さんが多いのだとHさん。白百合2合とドゥルワカシー。