2月25日

 7時半に目を覚ます。洗濯機をまわし、コーヒーを淹れ、ウェブ連載「KB」の写真の整理を仕上げる。色々申し送り事項を書き添えて、編集者のM山さんにメールで送信する。それが終わると、今度はH社のM田さんにメール。無料公開するとしたら、どの回がよいかを吟味して、候補をいくつか挙げて、メールで送信しておく。そうこうするうちに知人も起き出してきて、布団を畳んで身支度をして、散髪に出掛けていく。気づけばもう9時半をまわっていて、朝食の支度をする。納豆ごはん、インスタント味噌汁(豆腐)、セブンで買ってきたひじきの煮物、昨日の豚肉とキクラゲの卵炒めの残りで朝食を取る。

 昨日のお昼、病院に出掛けているあいだに届いた荷物はランチョンマットだった。ダイニングにある木製テーブルは、特に加工されていないので、なにかこぼすと染み込んでしまう。そこで食事をとれるようにと、無印でランチョンマットを買ったのだった。今日の朝から、そのランチョンマットを使っている。自分の人生でランチョンマットを敷く日がくるとは思っていなかった。最近は起き抜けに白湯を飲んでいて、これもまた、自分の人生にそんな日が訪れるとは思っていなかったことだ。

 食後はソファに寝転がり、Kindleで買った『おひとりさまホテル』を読んだ。共感がベースにある物語のように感じられて、とりあえず1話を読んだところで閉じる(では、共感をベースにしないのだとして、たとえば旅に出た記事を書いて、自分は人に何を手渡したいのか)。ソファに寝転がった姿勢のまま、S・Iのドキュメントを書く。昨日は便通がなかったが、13時半ごろに便意がある。退院後も、傷が回復するようにと、便通がよい状態がキープできるようにと意識して過ごしているはずなのに、便秘のような感じで、お腹が痛くなる。水分も相当とっているはずなのに(昨晩も、テレビを観ながら1リットル以上は飲んだはずなのに)、なぜ。

 14時過ぎ、昼食をとる。冷凍食品の牛丼と、ブロッコリー、もやし炒め。のんびり頬張っていると、散髪に出かけていた知人が帰ってくる。居間で仕事を始めようとしていたので、食事を終えるまでダイニングで仕事をしてくれと伝える。自分が食事をしているときに、食事をしていない人がまわりにいると、どうしても落ち着かない。「何なん、そのルール」とブツクサ言いながら、知人はダイニングに移動する。日が暮れるころになって原稿を1本書き上げて、次のドキュメントに向けて映像を視聴する。

 そうこうするうち『ジョブチューン!!』が始まってしまう。今日は「餃子の王将vs超一流中華料理人」で、作業の手を止めて見入ってしまう。この番組はなんだかんだで好きだ。企業の体質が、受け答えに滲み出ている感じがする。王将の場合、ダメ出しをされても、すぐに「ありがとうございます」と言っている感じに、すごく体育会系を感じる。「今の速さで、絵が絵尾で『ありがとうございます』って答える感じ、怖えのう」とつぶやくと、「仕事しいよ」と知人に言われてしまう。そりゃそうだ、テレビを眺めていたら、資料となる映像を視聴できるはずないよなとイヤホンを外し、テレビの視聴を軸にしながら進められる作業に切り替える。

 従業員イチ押しメニューTOP10を、「一流料理人」が合格か不合格かジャッジする。従業員が推す4位は回鍋肉だ。皿が運ばれてきた瞬間に、「一流料理人」たちが「回鍋肉かー……」と漏らす。回鍋肉ってそんなに腕が問われる料理だったのかと驚く。「これ、豚バラじゃないもんね」と囁き合う料理人たちに、「本来であれば豚バラ肉を用いるのが回鍋肉ではあるんですけども、餃子の王将独自の回鍋肉ということで」と、企業側の誰かが説明する。しばらく黙々と食べていた料理人のひとりが「ごはんもらえますか」と手を挙げ、回鍋肉を食べたあとに白米をかきこんで「こうだよね」と言っていて、いいねえと画面に向かってつぶやいてしまう。

 回鍋肉は満場一致の合格だった。それどころか上位4品――3位の極上天津飯、2位の餃子の王将ラーメン、1位のにんにく激増し餃子――はすべて合格だった。満場一致で合格一致になるたび小さく拍手をしていると、「なんでこの番組そんなに好きなんよ」と知人が不思議そうに言う。単純に番組として好きなのもある。これまであまり「批評」の対象とされてこなかったチェーン店のあじのことを俎上に挙げているのも面白いし、(まんまと宣伝に乗せられているとはわかっているけれど)テレビで紹介されているいろんな店に比べて、「じゃあ明日食べてみようか」とすぐに味わってみることもできる。「一流料理人」の側もキャラが立っていて面白い。今回も「避風塘 みやざわ」というお店が気になった(梅田にあるお店らしく、横に並んでいる別の料理人が「関西の中華の料理人で知らない人はいない」「横に並ぶのは緊張する」と言っていた)。でも、やっぱり、いちばん面白がっているのは社風が透けて見えるところだろうなあと思う。番組の中で、王将の人たちが繰り返し「道場」という言葉を口にする。調理の研修施設を「道場」と読んでいるらしく、そこからしてもう社風が色濃く出ている。4品連続で満場一致合格となると、その場にいたほぼすべての社員が涙を流しながら喜んでいる。感情をむき出しにしあうことでメンバーシップを確認しあっているようにも見えて、自己啓発感が拭えず、自分がそこで働いていることを想像したらぞっとする。

 知人の作る砂肝の生姜煮と、菜の花のおひたし、ほたるいかの沖漬けで「晩酌」。もうすっかり春だ。僕はひたすら白湯を飲んだ。それに、知人が昨日職場から持ち帰ったミスドのドーナツの中からエンゼルクリームも食後に頬張る。食べるつもりはなかったのだが、今日は便秘気味で苦しかったことを知人に話すと、「糖質が足りてないんじゃない?」と言われ、たしかにそれは一理あるかもと腑に落ちる。ダウンタウンの浜田に関する報道の中にミスタードーナツが出てきて、「ほんとうに好きなのはエンゼルクリーム」という情報に触れ、「エンゼルクリームってどんな味だっけ」と思っていたところに向こうからやってきたので、それを選んで平らげた。やっぱりオールドファッションが好きだ。

 21時からはバラエティ番組の録画をいくつか観たあと、NHKで放送されたドキュメンタリー『ウクライナ 家族の戦場』を観る。ロシアの攻撃からほどなくして練習を再開したサッカーチームのコーチが、「こうやって好きなことに熱中しているあいだは、ひどいことを忘れられる」というような内容のコメントをしている。「将来の夢は?」と尋ねられた少年が「戦争が終わること」と答えていた。ある夫婦は、妻が手芸作家ということもあって、軍服や防寒着を縫い、前線の兵士に届けている。それが家内制手工業というか、「必要な方はいますか?」とSNSで発信し、前線の兵士に送るという方式で届けていて、今はもうこんな時代なのかと驚く。僕のイメージの中にある戦争は、「市民が参画して軍需物資を作り、前線に送る」というのであれば、国が運営する工場にひとびとが動員されて勤労奉仕する――という太平洋戦争のころの姿だ。国家が統率する総力戦ではなく、市民が「防寒着を作った」と発信し、ある部隊が「うちに送ってくれ」と連絡をとり、届けられる。今の戦争ってそんなふうに日常生活に溶け込んだものなのかと思うのと同時に、あまりにも日常と地続きでおそろしくなる。