3月4日

 7時過ぎに目を覚ます。傷口から滲み出していた液もずいぶん少なくなってきて、退院のとき多めに買っておいたナプキンは使い切らないうちに傷口が塞がりそうだ。コーヒーを淹れて、朝食をとる。納豆ごはん、インスタント味噌汁、ししゃも、切り干し大根。午前中はY・Fさんのドキュメントを書くためのテープ起こしを進める。お昼が近づいたあたりで、那覇のUさんからメールが届く。企画展に向けて、最近はちらほらメールでやりとりをしているのだが、昨日届いたメールには「仮設市場は明日閉場しますが、ほとんど話題になっていません。最初から仮設だと思い入れももたないものなんでしょうか」と書かれてあって、その数行をしばらくじっと見つめていた。僕は定期的に通って取材を続けているような顔をしているけれど、仮設市場がオープンするときには立ち会わなかったし、仮設市場の最終営業日である今日も那覇にはいなくて、その様子を見届けていないのだ。

 今日届いたメールには、昨日の夜に「道頓堀」に出かけて、「今朝も10時に仮設市場に行き、O・Fさんを訪ねました」と書かれてあった。そして、そのメールを読んで、『市場界隈』で取材させてもらったO・Fさんがリニューアルオープンする公設市場には戻らず、仮設市場とともに店を閉じるのだということを知った。『市場界隈』のときに話を聞かせてもらっておきながら、Uさんからのメールでその事実を知ったということに、なんと書けばいいのか、しばらく考え込んでしまう。

 昼は知人に、鯖缶とトマト缶のパスタを作ってもらう。今週は唐辛子なしで作ってもらったのだけれども、それでもまだうっすら辛さを感じる。おそらく胡椒に辛さを感じているのだろう。刺激物をなるべく避けて過ごしていたから、口が敏感になっている(普段は胡椒を辛いだなんて感じないから、人間の感覚は不思議なものだなと思う)。この日の鯖缶は近所で安く売られているものを僕が買っておいたのだが、どうも鯖に臭みがある。「だから、鯖缶はええやつを選んで買わんと駄目なんよ」と知人が言う。

 午後も引き続きテープ起こしを進める。3時間半ほど、ある場所に滞在しながらレコーダーをまわしていたので、データが膨大だ。那覇の「U」で展示する写真をセレクトしながら、録音データを聴き、「ここは起こしたほうがよさそうだ」というところに出くわすたびに文字起こしをして、また写真をセレクトする――という作業を続ける。15時過ぎにようやく起こしが終わり、桜花賞トライアルのチューリップ賞の予想をする。本馬場入場のとき、カメラがやけに誘導馬を映しているなあと思っていたら、騎乗しているのは今日引退式を迎える福永祐一だった。今日は三連単を買っていたのだが、僕が軸に選んだキタウイングは6着に終わった。

 日が暮れた頃になって、知人はライブを観に出かけてゆく。僕は引き続きテープ起こしを進める。20時半になって、近所の八百屋で野菜を買っておいた野菜のオイスターソース炒めを作り、晩酌をする。ライブハウスに行くのは久しぶりだという知人は、「久しぶり過ぎて勝手がわからん」とLINEを送ってくる。野菜炒めを食べ終えると、またテープ起こしを再開する。23時近くになって帰ってきた知人と一緒に『R-1グランプリ』を観た。ここ数年で、フリップ芸のモニター化(紙をめくるのではなく、モニターに表する)がずいぶん進んだなと思う。それと、客との間合いは関係なしに進んでいくネタが多いように感じる。それは、Yes!アキトやサツマカワRPGよりも、たとえばカベポスター永見にそれを感じた(それとは別の話として、司会がファイナリストを「後輩」として扱う感じがあったのも気になった。他のコンテストはもう少し「ファイナリスト」という存在に対して敬意があるような気がする)。そういう面だと、優勝したネタがいちばんライブ感があった。事前に用意した画像をスライドショー的にモニターに表示するのではなく、デジカメをOHP的に使用することで「今ここで起こっていることを見ている」という感じが高まるし、観覧のお客さんを巻き込みながらネタをやっていく感じがあった。ただ、それは結局のところ「劇場でのライブっぽさ」でもあるので、「ピン芸の日本一」とは何か、ということをぼんやり考えながら見ていた。そう考えると、審査員にどこまで広い見識があるのかも問われてくる。『マヂカルラブリーオールナイトニッポン』は毎週楽しく聴いていて、面白いとは思っているけれど、野田クリスタルにどこまで「審査」の適性があるんだろうかと考えた。最新のコンテンツに触れているわけでもなければ、物を知らないということはラジオで(コンビふたりとも)自ら語っている。先日、ラジオの中で「からあげクンに地域限定味が登場」というニュースを取り上げていたときに、村上の出身地も含まれる中部地方は「とり野菜みそ味」だったという話に触れ、「とり野菜みそ味って、ぼんやりしすぎだろ」みたいな話になっていた。いや、名古屋コーチンがあるから「とり」なんじゃないか、名古屋飯赤味噌使ったものがあるし――と、そんな話がしばらく続いていて、「とり野菜みそ」が一つの商品だということを知らないようだった。別にとり野菜みそを知らなくたって生きいけるし、知らないからなんだということでも(普通に生きているぶんには)はないけれど、そのことがずっと記憶に残っている。