3月5日

 7時過ぎに目を覚ます。コーヒーを淹れて、朝食をとる。納豆ごはんとインスタント味噌汁、それに冷凍しておいたほうれん草をおひたしにする。ごはんは常に、ジップロックの平たい容器で保存してある。知人向けに100グラム強のパックと、自分が食べるように200グラムのパックを冷凍してある。朝でも昼でも200グラム食べていて、前は朝ごはんはたまごかけごはんで済ませることが多かったから気にならなかったけど、おかずと汁を用意して食べるとなると、コメを200グラムも食べてしまうと満腹で苦しくなる。それで最近は昼食の時間が14時過ぎになってしまっていたので、今回からは朝食用に150グラムのパックも用意しておいたので、ほどよい量だ。ただ、こうなってくると悩ましいのが見分け方だ。100グラムか200グラムかの二択であれば、すぐに判断がつく。これが100グラム、150グラム、200グラムとなると、ややこしくなる。とりあえず200グラムの容器には「大」と書いておいたけど、日記を書いている今になって考えると、見分けのつけやすさを考えると、150グラムに「中」と書いておけば、100と200を間違えるはずもないのだから、「大」ではなく「中」を書いておくべきだったなと反省する。

 マルコメのインスタントの味噌汁は今日で飲み切った。12食ぶん入っていて、1日1食のペースで飲んでいたから、退院からもうすぐ2週間が経つのか。朝食を終えると、資料を整理する。書評の依頼をされていたゲラは、iPadで線を引きながら読んでいた。その線を引いた箇所だけ、テキストデータを引っ張り出して、ワードにまとめておく。その作業が終わったところでシャワーを浴びて、9時半に知人と一緒に家を出る。退院してからずっと、ソファに寝転がりながらパソコン作業を続けてきたせいか、腰が爆発しそうだ。

 千代田線で北千住に出て、東武鉄道に乗り換える。パッと思い出せる範囲では、ここで東武鉄道に乗り換えるのは初めてだし、北千住で東武に乗り換えられることすらほとんど意識したことがなかった。ホームをずんずん進んで、特急のりばを目指す。特急券を2枚買って、特急りょうもうに乗り込んだ。車内で書評の方向性を練っているうちに30分近く経ち、顔を上げるとあっという間にのどかな景色になっている。途中でトイレに経った知人が、車内のトイレが和式だったことをアトラクションみたいに話していた。太田駅で特急を降り、在来線に乗り換えると、車内は多国籍な雰囲気だ。車内広告に「羽生モータースクール 行田フォークリフトセンター 行田ドローンスクール」と文字が並んでいる。ドローンはもう物流を支える道具になっているのだなと驚く。

 終点の伊勢崎駅で電車を降りる。「ちょうど防府ぐらいの田舎」だと、防府出身の知人がずっと言っている。駅構内の感じも防府に似てるし、駅のコンコースに居酒屋が入っている感じも似てるし、駅前に空き地があるのも似てる、と。ただ、防府は東京から5時間近くかかるけど、ここなら2時間ほどでたどり着けるし、ここが実家だったらずいぶん安く帰省できる。

 駅前には大きなスーパーがあって、そこを過ぎると空き地の多い住宅地になる。少し先に大きなAPAホテルが見えるのと、ラブホテルだろうか、巨大なお城のような建物が見える。信号を右折して進むと、煉瓦造りの鐘楼があった。大正時代に作られたものだという。その近くには公園があって、「ここの土、青くない?」と知人がしきりに言う。言われてみれば、広場の土がうっすら青みがかっている。「あれじゃない? 関東ローム層っていうぐらいだから――」といい加減なことを言いかけたが、それなら青ではなく赤くなるのだろう。「アローカナの卵みたいな色」と、知人は言っていた。車一台分の幅しかない橋で川を越えると、今日の目的地であるペルー料理店が見えてくる。いま書評を書こうとしている本の中に、このお店の話が少し出てきた。その「書評」は、単に書評というのではなく、僕がこれまでいろんな土地を訪れたり、取材をしたりしてきたことを踏まえて、自由に、エッセイのように書いてもらえたらと依頼されていた。入院中にそのゲラを読んで、足を運んだ上で書評を書こうと決めていたのだった。

 訪ねてみると、そこは店舗というより、ちょっと大きな一軒家の外観をしていた。ただ、しっかり看板は出ているし、国旗(?)も掲げられている。オープンしたばかりの時間に到着したこともあり、僕らが口開けの客だった。3皿くらい食べたいところだけど、まずは様子を見ようと、セビーチェとロモ・サルタドを注文する。セビーチェを注文するかどうかは迷ったけれど(辛いものを食べることにはまだ不安が残る)、知人が一番食べたいのはセビーチェだというのと、ペルー料理ならセビーチェやろと言われ、セビーチェも注文した。店員さんは気を利かせて「辛い? 辛いのなし?」と尋ねてくれたので、ああ、そういう選び方もできるのかと、「僕は辛いのが苦手で、こっちは辛いのがすごく好きなので、ソースを別でもらえますか」とお願いすると、笑顔で対応してくれる。

 料理はすぐに運ばれてきた。ロモ・サルタドは牛肉とネギとたまねぎとポテトを醤油味に炒めた料理で、ペルーのソウルフードらしかった。ウマイ。このロモ・サルタドにもポテトが入っているし、セビーチェにもポテトが添えられていて、どちらも抜群に甘い。甘いと酸っぱいを交互に平らげる。僕たちが入店したあと、ひと組、またひと組とお客さんがやってくる。僕たち以外は皆クルマで、店員さんとスペイン語でやりとりをしている。運ばれていく料理を横目で見ていると、どれもボリューミーだ。事前に電話で注文しておいたのか、料理をテイクアウトしていくお客さんもちらほらいた。この2皿だけで僕はすっかり満腹になり、1時間ほどでお店をあとにする。1皿1500円という値段は、注文した時点ではちょっと割高にも思えたけど、量を考えれば納得の値段だ(それに、ラーメンも海外だと割高になるように、異国で母国の味を提供しようとすると、どうしてもコストがかかるのだろう)。それに、ふたりでペルービールを3本ずつ飲んで、1時間ゆったり過ごして、合計で6000円というのは決して高くない。

 すっかり満腹になって、駅まで引き返す。たった2皿で満腹になったことに対して、「ぶちつまらん人間になっとるやん」と知人が言う。普段、外食するタイミングで知人が量を控えようとすると、「せっかく食べにきたのに、飯食わんなんてつまらんやろ」と、これまで僕が文句を言ってきたので)。「腹八分目でとめておこう」と思っていたわけでもないのに、2皿で満腹になってしまった。腹ごなしに駅の反対側まで歩き、モスクを遠巻きに見学したのち、電車に乗って引き返す。特急の停車する太田駅で一度改札を出て、美術館に立ち寄る。午前中に太田駅で電車を乗り換えたとき、ホームから不思議な建物が見えていた。白くておしゃれな建物の外壁に、こどもの落書きみたいな文字が描かれていて、知人が「あれ、なんやろ」と検索してみるとそこは美術館で、「なむはむだはむ」展が開催されていたのだった。せっかく知り合いの展示に偶然出くわしたのだからと、500円払って展示を見ていく。この美術館は図書館と一体になっていて、不思議な空間だった。入り口にあったスバル関連の土産物に惹かれ、スバルサブレを買い求める。そういえば太田はスバルの城下町だ。駅前の地図で「スバル町」という表示を確認しておく。

 特急りょうもうに乗って東京に引き返す。ちょっとした小旅行になった。知人と東京の外に出るのは久しぶりだという感じがする。特急の中ではY.Fさんのドキュメントを練って、途中からはグリーンチャンネルで競馬中継を観る。パドックの気配も抜群で、3連単をトップナイフ(1番人気)1着固定で6点買ったものの、トップナイフは2着に終わった。特急が北千住に到着したのは16時22分で、もうここで晩ごはんを買って帰ることにする。せっかくだからとルミネの7階に入っていた無印良品に立ち寄り、フェイスタオルを3枚買う。最近は花粉を避けて、顔に触れるものは部屋干しにしているので、バスタオルは使わずに、フェイスタオルで体を拭いている。今日の朝に洗濯機をまわしたとき、知人の赤い服と一緒に洗ってしまって、フェイスタオルが3枚赤く染まってしまっていた。その赤く染まったフェイスタオルというのは、実家から持ってきたものだ。そこにはホテルの名前が編まれている。父が出張で宿泊したときに、アメニティを持ち帰ったのだ(小さい頃は「へえ、ホテルに泊まったらタオルがもらえるんだ」と思っていたので、それは本来持ち帰ってはいけないものだと知ったのは大人になってからだ)。こないだ入院したときに持参したタオルのうち、数枚がホテルから持ち替えられたタオルだったので、ちょっと恥ずかしく思っていた。それがうっすら赤く染まってしまったことで、買い換える決心がついた。

 せっかくだからと店内を物色する。店内の配置がゆったりしていて見やすい気がする。そういえば1軒、久しぶりにインタビュー仕事が入りそうで、取材のときに着られるしっかりめの服が欲しいところだ(普段履いているのはユニクロのズボンで、洗濯しすぎて色褪せてきている)。「セットアップで着られます」と書かれたシャツを見つけ、それとセットのズボンを試着し、すぐに購入を決める。買い物に時間がかかるタイプの知人は「そんなに早く買い物できてうらやましい」と言っていた。ルミネの地下で惣菜を買って、千駄木まで帰ってくるころには日が暮れていた。20時近くまでY.Fさんのドキュメントの構想を練ったあと、晩酌をする。腰の痛みがピークに達して、早々に横になる。