3月12日

 4時過ぎに目を覚ます。M.Nさんの新刊のゲラをPDF読みながら眠りについたので、脳が刺激を受けたのだろう、奇妙な夢を何度も見た。Mさんの文章は、エッセイでもコラムでもなく、まさしく「散文」といった感じで自由に話が展開していく。人間が普段頭の中で考えていることというのは、線的にまとまっているものではなく、案外飛躍にとんでいるものだと、再認識させられた。その影響で、自分が見る夢まで飛躍に富んだものになった。

 知人は里帰り中なので、布団に腹ばいになったままパソコンを広げ、仕事を始める。明日にはMさんにインタビューをすることになっているので、眠りながら頭のどこかで質問リストを練っていた。まずはゲラを読みながらPDFに書き込んでいたメモと、線を引いた箇所を書き出し、インタビューの流れを想像する。昨晩は眠りが浅かったのか、どうにも眠く、うまく質問リストをまとめることができなかった。羅臼滞在中は取材モードになっていたし、久しぶりの遠出だった上に、毎晩取材もかねて酒場で過ごしていたから、疲れが溜まっているのだろう。眠気というのも身体からのサインなのだろうと思い、午後はソファに寝転がって過ごす。

 15時に競馬中継が始まる。番組がメインで扱っているのは桜花賞トライアルの2レースだが、僕は金鯱賞の予想しかしていなかった。金鯱賞の出走時刻も15時35分から45分あたりだろうと思い込んでいたら、15時17分あたりで「まずは金鯱賞です」と画面が切り替わり、慌てて馬券を購入する。1着と2着はもう、プログノーシス(1番人気)かディープモンスター(5番人気)で決まりだろう。3着にアラタ、マリアエレーナ、ルビーカサブランカの3頭を選んで、3連単を6通り(600円)買った。レースが始まってみると、1着には予想通りプログノーシスが入ったが、2着はあえて外したフェーングロッテン(2番人気)が入り、3着は予想に入れておいたアラタが入った。最近うっすら思っていることだが、「ワイド」という馬券であれば、1着と3着でも的中になる。「ワイドだったら当たっていたのに」という結果に終わることが多々ある。ただ、ワイドだとオッズも下がるから、夢がないんだよなあと思う。夢を買っていたのか。

 競馬中継が終わると、部屋着のまま買い物に出た。スーパーと、スーパーが経営するワイン屋に立ち寄って買い物を済ませた。レジに並んでいると、若い二人組が後ろにならんだ。その二人組のひとりが抱えた鞄が、僕のスウェットにあたり、「着替えてから出かければよかった」と思う。コロナ禍になってからというもの、鞄を床に置けなくなった。電車に乗っていても、2020年の段階であれば鞄を床に置いている人がほとんど見かけなかった。飛行機でも、荷物を床に直置きしなくて済むように、ANAだと白い袋が搭乗口に用意されてある。コロナ禍になって時間が経過するにつれ、床に荷物を直置きする人が増えているけど、僕はいまだに神経質に過ごしてしまっているから、白い袋を使う。だから、鞄を部屋着に当てられたときに、その鞄って普段どういう扱いしてますかと尋ねたくなってしまう。「いつまでそんな神経質なこと言ってんの?」と言われて終わるのは自分でもわかっている。スーパーで買い物を済ませたあと、ちょっとだけ良いワイン(1500円ぐらいのやつ)を買ってゆっくり飲んで過ごそうと思って、隣のワイン屋に立ち寄る。会計の際に「PayPayで」と伝えると、店員さんがバーコードリーダーを手に取る。ああ、スキャンしてもらうタイプのお店だったっけと画面を開き、スマートフォンを差し出すと、店員さんはバーコードスキャナーを画面に押し当てる。押し当てなくたって読み取れるだろうに、と、ここでも神経質になってしまう。もしかしたら、押し当てないとなかなか読み取れなくて、大変なのかもしれない。そのバーコードリーダーが、何十人ものスマートフォンの画面に押し当てられているところを想像しながら、団子坂を上る。明日から自分はどうやって生きていくんだろう。

 帰宅後、まずは機内誌『c』の原稿を書く。ソファに寝転がりながらもおおまかな原稿の流れは練っていたので、2時間ほどで8割近く仕上がる。それは一旦寝かせておくことにして、スーパーで買ってきた加賀揚げれんこんをフライパンで軽く炒めて、晩酌を始める。ビールを飲みながら、羅臼でインタビューした音源のテープ起こしをする。元漁師の方だから、歯切れがよくて、なんだか楽しくなってくる。22時過ぎに布団を敷き、22時半からは『ブラッシュアップライフ』をリアルタイムで観始める。知人とLINEで感想を話しながら観ていたのだが、途中で眠ってしまった。