3月16日

 5時47分に目を覚ます。湯を沸かし、コーヒーを淹れ、シャワーを浴びる。それだけでもう6時25分だ。コーヒーは全部知人に飲んでもらうことにして、歯を磨いて家を出る。GOアプリで手配したタクシーに乗り、日暮里駅へ。タクシーの中でスカイライナーのチケットを予約しようとすると、座席表は結構な割合で埋まっていて驚く。コロナ禍になったばかりの頃は、ほんとうにガラガラで、車両がほぼ貸切だったこともある。それ以降も多少の波はあったけれど、早朝の便だと「残り300席」ぐらいの状態が続いていた。それが今日は残り140席と表示されている。いよいよ「旅行」が戻ってきたということなのだろう。

 空港に到着してみると、たとえば都内で地下鉄に乗っているときに比べて、マスクをつけていない人が圧倒的に多く感じられる。「圧倒的」というのは、単に体感の問題なのはわかっている。過半数の人はマスクを着用しているけれど、たとえば地下鉄だとマスクをつけていない人が15-20パーセントなのに比べて、ここだと3割くらいだ。大学生ぐらいの年代だろうか、若いグループ客が多い感じはするけれど、それはグループだから目につくだけだろう。保安検査場を通過し、搭乗口に向かうと、搭乗口で乗客のチケットをスキャンする係の人がマスクをつけていなくて、驚く。驚くというのは、乗客とかなり近い距離で接する業務だから、感染リスクの高い仕事なのだという感覚があるからだ。でも、そのスタッフにとって、マスクをつけるというのはもうたくさんだという気持ちがあるのだろう。ここ数年間はきっと、会社の業務として「マスクを着用するように」と言われていたのだろう。そのスタッフにとって、耐え難い時間だったのだろうかと考える。飛行機に乗ると、出発前のアナウンスの流れで、「マスクの着用は任意となりました」というような言葉をCAが口にしていた。

 12時前に那覇空港に到着。まずは空港の書店を覗いてみるも、僕の本は並んでいなかった。ゆいレール美栄橋駅に出る。まずはジュンク堂書店に立ち寄るも、Mさんはお昼休みで不在だった。オリックスレンタカーで車を借りて、浮島通りの駐車場に停めておき、「U」へ。Uさんと立ち話。市場のオープンは3日後に迫っているから、もっとばたばたと工事をしている気配が漂っているかと思っていたけれど、案外静かだ。Uさんに尋ねてみても、あんまり作業をしている感じがしない、と言っていた。「むつみ橋かどや」に立ち寄り、ロースそば。「飛行機、すごかったんじゃない?」と店主のIさん。今日はまだ落ち着いてるけど、ここ2、3日はお店も大忙しだったという。

 ふたたびジュンク堂書店を訪ねて、Mさんに挨拶をして、ポスターを渡す。タイトルも表紙もばっちりですねと言われてホッとする。セブンイレブンが入っているのが面白かったとMさんは言っていた。ちょっとあれこれ相談したのち、レンタカーを走らせ、メインプレイスへ。まずはポスターを渡しにいこうと、書店に立ち寄る。が、僕の本は並んでいなかった。市場界隈のときは大きめに展開してくださっていたお店なので、落ち込む。1階に降りて東急ハンズに行き、展示に使う両面テープを買い求める。ここにはラベルシールの取り扱いが少なかったので、一銀通りの文具店に行き、耐水性の高いラベルシールを購入する。ここまできたのだからと、近くの劇場を尋ねる。「昨年『c』のツアーに同行していたライターなんですけど、最近本を出版しまして……」と、図々しい挨拶をしながら、「その本というのが、牧志公設市場を取材した本で、同じ那覇市の施設ということもあって、もしチラシを置いてもらえたら」とお願いしてみる。対応してくださった方は別の職員に確認しにいってくれたけど、この劇場で並べているチラシは博物館や図書館と相互に置いてあるものだけに限られていて、申し訳ないんですけど……との返事であった。対応してくださった方には感謝しかないが、おーおー、あなたたちの劇場が考えている「公共性」はずいぶん狭小やのう、ウェブで検索したら「地域文化を創造・発信する」「優れた文化芸術に触れる」「育て・交流する」を掲げておいて、しかも「劇場がマチグヮーに出張」みたいな企画もやっておいて、この内容の本のチラシすら置かねえんだな、と心の中で勝手な悪態をつきながら、劇場をあとにする。

 車をまた浮島通りの駐車場に停めて、ふたたび「U」へ。明日からここで「おかえりなさい、公設市場」展が開催される。そこで写真の展示をしてほしいと頼まれて、写真をプリントしておいた。テカリを抑えたプリントをするにはウェブで申し込むしかなさそうだったので、ハガキぐらいのサイズで37枚と、六切ワイドで4枚(こちらは普通の光沢のある写真しか選べなかった)を富士フィルムに申し込んで、「U」宛に届くように手配してあった。この写真の枚数は、展示のことを考えて選んだというよりも、写真展に合わせて配布するリーフレットに写真とその説明文を配置することを基準に選んだ枚数だったので、さて、どう展示したものかと頭を悩ませる。本当なら設計図を書いて、写真を貼る感覚もきっちり測って、と準備をしたいところだけど、今からここでそんな作業をできそうな感じもしなくて、えいやっと貼り始める。途中で両面テープが足りなくなり、どうしようか、もういちど買いに行こうかと思っていると、Mさんが「鞄の中で溶けかけてたくっつきむしならあるけど、これ使う?」と渡してくれる。足りないところはそれで補うことにして、1時間半くらいかけて写真を貼り終える。あとは明日までに展示のタイトルと「まえがき」的な文章を用意することにして、お店をあとにする。

 とりあえずビールが飲みたいと、「パーラー小やじ」へ。1席だけ空いていて、面識のあるSさんの隣の席だ。SNSをフォローしてくださっているので、「ポスター配ってまわってるとこ?」と声をかけてくれる。ここのお店も取材させてもらった一軒なので、ぜひポスターを貼ってもらいたいと思っていたけれど、取材させてもらった店長のUさんは今日は不在だった。しばらくすると、僕の右隣(Sさんとは反対側)にいたお客さんが帰り、そこに別のお客さんがやってくる。そのお客さんは旅行客で、数日前にここでSさんと会って話していたそうで、僕も混じって話をすることになる。そこでSさんが僕の新刊の話を出してくださったので、ふたりにそれぞれA4のポスターを渡す。僕は4杯目のビールをほとんど飲み終えていたところだったので、その旅行客の女性が「あれ、お酒入ってないじゃないですか!」と言うと、「いやいや、これから宣伝してまわらんとあかんから、ここでそんなに飲まれへんねん」とフォローしてくださる。ただ、何軒かはしごしたいとは思っているけれど、そんなつもりでもないんだよなあ(だったら4杯も飲んでいない)とも思う。

 公設市場のほうに出ると、中にあかりが灯っていて、準備が進んでいる様子が見えた。いよいよだなあと思いながら歩いていると、「松原屋製菓」のMさんに声をかけられる。公設市場の外小間にあるお店で、何人かで飲んでいるところだという。お店自体はまだオープン前で、「営業」はしていないのだけれども、そこに設置されたテレビでWBCを見ながら飲んでいたようで、僕も「ここにあるお酒、自由に飲んで」と、レモンサワーをいただいて中継を眺める。その場にいたおひとりが、僕の新刊を少し読んでくださっていたようで、あれはほんとに大事な仕事、と褒めてくださる。市場界隈の取材を初めて5年になるけれど、こうやって地元の人たちの輪に混ぜてもらって飲んだことはほとんどないので、不思議な心地がする。通りかかる人たちがときどき足を止めて、テレビを眺めてゆく。通りを挟んで反対側にある「イチバノマエ」という酒場のお客さんも、ここのテレビを眺めていた。なんだか街頭テレビみたいで、これもまた不思議な心地がする。