3月20日

 6時過ぎに目を覚ます。昨日のオープニングセレモニーがどんなふうに記事になっているのかと、地元紙のサイトをのぞいてみたけれど、組合長の挨拶はほとんど掲載されていなかった。あれは誰かが書き起こしてウェブにあげ、誰でも全文読めるようにしておくべき言葉だろうと、スマートフォンで録音していた音声を聞き返し、文字に起こしてツイートしておく。7時55分、公設市場に行ってみる。『そして市場は続く』なんて本を出版したからには、続いていく姿を見ておかなければと、リニューアルオープンの次の日の姿を眺めておく。市場の前には観光とおぼしきグループ客がいて、市場のオープンを待っていた。8時になり、どこかのお店が流しているラジオから時報の音が聴こえても、市場の自動ドアは開くようにならず、グループ客はあっちこっちの扉を確かめている。市場は8時開場となっているけれど、昨日の大盛況でくたびれてしまったお店が多いのか、まだ営業しているお店はかなり少ないようだ。

 ようやく、市場の中に入ってみる。昨日は結局、17時過ぎになってもお客さんが途絶えず、中に入らずじまいになっていた(昼からビールを飲み続けていたのと、ずっと周辺を歩き続けていたのと、人の多さにくたびれたのとで、17時過ぎには宿に戻り、横になっていた)。「長嶺鮮魚」は開店準備をしているところだ。次江さんに「昨日はすごかったですね」と挨拶をすると、「もう、こんなふうに立ち話もする余裕がなかった」と笑っていた。「美里食肉」の方も、「あんなにお客さんがくるのは久しぶりでしたね」と話していた。「これが続くといいんですけどね」と。あちこちに開場祝いの花がある。ある魚屋さんには食事を終えた食器が置かれたままになっていた。昨日の閉店後に、ここで夕飯を食べたのだろうかと、昨晩流れていた時間を想像する。

 市場をぐるりと歩き、外に出ると、「てる屋天ぷら」の由人さんが歩いているのを見かけた。昨日は旗頭もやって、市場の中に新店舗も出店して、大忙しだったに違いない。仮設市場の向かいにある店舗から、市場の中の店舗まで、追加であげたサーターアンダギーを運んでいる姿を何度も見かけた。さすがに顔に疲れがにじんでいて、「昨日は途中で妥協しそうになりましたけど、どうにか最後まで頑張りました」と話していた。路地を抜け、ある洋服屋さんの前を通りかかると、開店準備をしているところだ。その店主の姿を、昨日のオープニングセレモニーの途中で、その姿を遠くから一瞬だけ見かけていた。「昨日見に行かれました?」と尋ねてみると、「ちょっと見に行こうと思ったんだけど、人がいっぱいしていたから、エイサーだけちょっと見て、そのまま抜けて戻ってきた」と話していた。「まだ中は見てないから、今日商品を並べ終えたら、なじみの店に挨拶にいこうと思っている」と。

 「上原パーラー」を通りかかると、「橋本さん、天ぷら持って行って」と、天ぷらをいただいてしまう。「朝だから、さっぱりしたのにしましょうね。おすすめがあるから」と、いも、ゴーヤー、それに田芋のコロッケを包んでくれる。いちど宿に戻り、天ぷらを食べていると、外から雨の音が聴こえてくる。SNSを眺めていると、「市場の古本屋ウララ」は今日、臨時休業だと書かれてある。明日は火曜日で定休日だ。リーフレットを追加で預けておきたかったのだけれども、渡すタイミングはなくなってしまうのかもしれない。臨時休業ということは、急遽都合が悪くなってしまったのだろうけれど、今日という日にウララが開いていてほしいなと、勝手なことを思う。Uさんにメッセージを送り、開店作業をさせてしまうので大変かもしれませんが、展示をやっているスペースだけ開けて営業するとかだったら、店番してましょうか、と伝える。すぐに返事があり、宿の近くで直接会って話をする。雨だからあんまりお客さんはこない気がするんですけど、という話ではあったけど、店番をさせてもらうことになる。

 約束の12時、「上原パーラー」のカレー弁当と、「カフェパラソル」のアイスコーヒーを手に、ウララに向かう。準備を整えてもらって、椅子に座る。今日は雨だけど、結構人通りがある。市場本通りを歩いてきた観光客は、これまでだと工事中の市場の前まできたところで、右に曲がって仮設市場の方向に流れていく人が多かったような気がする。でも、市場が戻ってきたからか、そのまままっすぐ市場中央通りに進んでくるお客さんも結構見かける。雨でも結構人通りがありますねと言うと、「どっちに行っても、今はアーケードがないから」とUさんが話していた。

 割り箸を刺したパイナップルを食べながら、若者が歩いてくる。「ああ、ここだ、公設市場」。エイサーの衣装みたいな服を身に纏ったどこかの店員さんが市場から出てきて、ウララの正面にある路地にしゃがみこんで、お昼を食べている。僕もネパール風カレーを食べ始めたのだが、すぐに均一台を見始めたお客さんがいて、慌ててかきこんだ。均一の本が2冊売れた。勝手に100円だと思い込んで売り、ありがとうございましたーと見送ったあと、あれ、100円でいいんだっけと思って立ち上がり、棚を確認すると、「100円」と「200円」の札が混在していて青くなる。

 「カフェパラソル」のジャンさんが通りかかる。さっきコーヒーを買うとき、今日は「U」で店番するんですと伝えていたからか、パンを差し入れてくれた。「これ、外間製菓で売ってる、おじいさんの代から作ってる昔ながらのパン。明日、朝ごはんにでも食べて」と言い、「頑張ってよ」と、颯爽と去ってゆく。地元とおぼしきお年寄りが、「アーケード、2024年にできるって」と看板の文字を読みながら通り過ぎてゆく。このフレームだけ眺めていると、『がんばれゴエモン』というゲームや、ストⅡの春麗のステージを思い出す。無限に人が行き交っているように思えてくる。どこかからやってきて、どこかに向かっていく。その途中の姿だけがここから見えるのが不思議だ。

 しかし、今日は雨だから長袖を選んできたのだが、こうして座っているとなかなか肌寒く感じる。浮島通り側からやってきた観光の若い二人組が、ウララの前あたりで立ち止まり、市場を見上げて写真を撮る。同じ方向からまた別の二人組がやってきて、同じように「東口3」を写真に収めている。浮島通り側から観光客がやってくるんだなと、少し不思議な感じがする。もう少し進んだところにはビジョンもあって、そっちのほうが「正面」って感じがしますよと、余計なことを言いそうになる(どこにも「正面」なんてないのに)。

 「あのさ」
 「はいはい」
 「パイナップル買いたいんだけどさ」
 「うん」
「帰りがいいかな」
「うん、帰りがいいと思うよ」

 ここに座っていると、いろんな声が聴こえてくる。いつもここに座っているUさんの姿を思い返す。原稿を書いているにせよ、本を読んでいるにせよ、なにか作業をしているにせよ、作業に集中しているような姿ばかりが思い出される。僕はといえば、ここで羅臼旅行記を書くつもりでいたのだけれども、聴こえてくる会話にばかり気を取られて、なにも書き進められなかった。Uさんだってここで聴こえる声を原稿に書いているのだから、馴れ、なのだろう。「てる屋天ぷら」の方が、こどもを抱えながら通り過ぎてゆく。「はま食品」の方が、ファミリーマートに入っていく。暮らしてもいない街なのに、知った顔が増えてゆく。自分が住んでいる街の人の顔なんて、ほとんど見分けがつかないのになと思う。

「あはは、お留守番してるの?」向かいにあるアクセサリー屋さんが僕に気づき、声をかけてくれる。雨は上がったあとも、また小雨が降っていないか、どこかから水滴が落ちてきて商品にあたっていないか、店頭の棚の具合をこまめに確認されている。さんぴん茶のペットボトルを手にした男女が、市場を見上げながら歩いている。旅行客のように見えるけど、“沖縄通”なのだろう、「ここにもアーケードがあったんだけど、もう一回つけるのに誰が金出すかって話になって、結局なくなったんだよ」と言いながら、通り過ぎてゆく。追いかけて行って、「すぐそこに大きな文字の看板が出てますけど、来年再整備される方向で皆さん頑張ってますよ」と伝えたくなってくる。

 ベビーカーを押したカップルが歩いてくる。「3時半に出れば間に合うくらいやけど、ちょっと軽く食べといたほうがええなあ」「コンビニでなんか買う?」「うーん、もうちょっと歩いてみて考えよか」。旅先でコンビニで食事を済ませるという発想ができる人は強いなと思う。せっかく旅先なのだからと考えてしまう自分は貧乏性だという気がする。

 BのSさんが通りかかり、「あれ、今日は閉まってるって聞いたけど」と言う。隣にはごつめのICレコーダーとマイクを手にした人が立っている。今日は歩きながら、新刊に絡めた話を収録しているのだという。マイクのメタリックさというのは、路上で見かけるとハッとする(別にマイクを向けられたわけでもないのに)。普段自分はマイクを向ける側だから、このハッとする感覚を忘れないようにしなければと思う。ごろごろごろと大きな音。スーツケースを引いた若者が11人、浮島通りのほうに歩いていく。行き先をしめす「OKA」と印字された荷物タグがついたままだ。国際通りからずっと歩いてきたのだろうか。市場本通りはなかなか歩き肉かっただろう。ここを進んでいるということは、太平通りやサンライズなはのホテルに宿泊するのか、あるいは路地裏の民泊を選んだのだろうか。

 ジンベイザメのぬいぐるみを抱いた男の子が、通り過ぎる。パイナップルの甘い匂いが漂ってきて顔を上げたが、あたりでパイナップルを食べている人はいなかった。そういえば昨日、乾物屋さんでセレモニーを見ているあいだはずっと、鰹節のいい香りに包まれていたなと思い出す。僕よりひとまわり年上ぐらいだろうか、スーツ姿の女性が紙袋をさげてやってきて、「これ、使ってくださーい」と差し出される。中身は文庫本だ。読み終わって捨てるだけだから、同じようにして本を差し出されたUさんが「使わせてもらいます」と受け取っていたことを思い出し、受け取る。

 ぷしゅ、と心地よい音が響く。公設市場の「東口3」の扉の近くに、スーツケースを手にした若い母親とこどもが佇んでいる。市場の中で刺身を買って、ここで立ち食いするようだ。前の市場には1階に「刺身コーナー」というか、1階の鮮魚店で買った魚を(2階に「持ち上げ」て調子してもらうのではなく、すでにパックに入れて売られている刺身を食べるための)テーブルが置かれてあった。仮設市場にも同じようにテーブルが置かれていたが、コロナ禍で封鎖されてしまっていた。ただ、仮設市場の外にはテーブルと椅子がいくつか並んでいて、そこで買い食いすることができた。新しい市場にはそういう場所がないのか、扉近くでパイナップルやジーマーミ豆腐を立ち食いする人はちらほら見かけた。ただ、刺身を選ぶのはなかなかの猛者だ。スーツケースをミニテーブルのようにして、そこに缶ビールを置き、醤油のミニボトルを容器の上から注いでいる。もしかしたら刺身じゃないのかと感気てしまうほど、どぼどぼ醤油をかけていた。

 14時2分、マチグヮーを歩いているとよく耳にする音楽が聴こえてくる。たしかその曲は、マチグヮーを盛り上げようと制作された曲のはずだ。「よく耳にする」という印象しかなかったけれど、こうして定点に佇んでいると、1時間に1回の頻度で時報のように流れているのだと気付かされる。研究やリサーチを仕事にされているのだという方が、『そして市場は続く』を買ってくれる。自分から名乗り出るのも図々しい気がしますけど、著者です、と挨拶をする。たまたま市場がオープンするタイミングだと知ったんですけど、市場は節目なんですね、と声をかけられる。

 「私さ、ナダルの出待ちしてたときあったの」
 「え、やば」
 「そのとき、雨降っててさ」
 「うん。で?」

 「それで――」と、そのあとの会話はもう、ふたりが遠くに行ってしまって聴こえなくなった。それで、一体何があったんだろう。どこかから工事の音が聴こえてくる。市場はもうオープンしているのだから、どこかで新しいお店の内装工事でもやっているんだろうか。「へえ、写真売ってる店もあるんだ」。ウララの奥に写真が陳列された様子を見て、そうつぶやきながら通り過ぎていく。売り物じゃなくて展示だから、見ていきませんか。ここに座っていると、誰かと話したくなってくる。街を歩いているだけだと、そんな気持ちには全然ならないから、不思議だ。Uさんに限らず、この界隈の店主はあまり接客をしない(お客さんに声をかけない)方のほうが多いけど、黙って座っていることが才能のように思えてくる。

 15時過ぎ、Uさんが様子を伺いにきてくれる。ここに座っていると、いろんな言葉が流れていきますねと話すと、「そう、流れていくから、一日の終わりになると全部忘れてるんです」とUさんが言う。「この1週間のことも、日記に書いておきたいことがたくさんあったはずなんですけど、書く時間がなくてもう忘れてしまったんです」。Uさんからは「絡まれたりしてませんか」と尋ねられて、絡まれそうに見えるのだろうかと聞き返すと、「前に橋本さんが、『ここにずっと座っていられるのはすごい、ライターだと話しかけたいなと思う人を選んで声をかけられるけど、ここで店をやっていると誰に声をかけられても拒めない』と言ったじゃないですか」と、Uさんが言う。今日こうして店番をさせてもらい始めたタイミングで、「ここに座ってると、『占いですか』と言われることがあるんですけど、そういうことを言う人の気持ちが初めてわかりました」とUさんに言われたことを思い出す。

 一瞬だけ店番を変わってもらって、公設市場に入り、用を足す。ウララからだと、入ってすぐがトイレで便利だ。「東口3」の近くには取材させてもらった「はま食品」があって、今日も大いに賑わっていた。トイレから戻ると、「市場(のトイレ)に行ったんですか」とUさんに尋ねられる。まだ市場に入っていなかったというUさんも、ようやく市場の様子を見に行っていた。ファミマの前にジャージ姿の若者が佇んでいて、お湯を注いだ金ちゃんヌードルを地面に起き、3分経つのを待っていた。「サーターアンダギーを買いに行ったらもう売り切れって」。市場の中から出てきた人が言葉を交わしている。昨日は30分で売り切れたと、記事に出ていた。

 15時を過ぎて、棚を眺めるお客さんが途切れたあたりで、ウララの「金庫」を抱えて路地に入り、「カフェパラソル」までコーヒーを買いに行く。ただ、ジャンさんは不在で、隣のお店の方が「さっき出かけて、すぐ帰ってくると思うよ」と教えてくれる。「金庫」は持ってきているとはいえ、人の店を預かっている途中に長時間離れるのは不安だ。この界隈には個人で切り盛りされているお店が多いので、尋ねていくと誰もいないという状態にもよく出くわす。あれってやっぱりすごいハラのすわりかたのように思えてくる(もちろん、個人で切り盛りしている上に、店舗にトイレがないところがほとんどなのだから、どこかで出かけるほかないのはあるにせよ)。

「そこの古本屋さんで店番してる者なんですけど、メール送っておきますってジャンさんに伝えてもらえますか」と、隣の方に伝言をお願いした上で、「お手隙のタイミングでホットコーヒーの出前をお願いしてもよいでしょうか・・」とLINEで送っておく。しばらくすると、ジャンさんから「今から持っていってもいいかな?」と連絡があり、5分ほどでホットコーヒーを運んできてくれる。どうして出前なのかと、ジャンさんはちょっと不思議そうにしているので、「普段はどこにでも行けるから、出前を頼む機会なんてないから、今日はせっかくだから市場で出前をとってみたかったんです」。そう話すを、「なるほど」とジャンさんは笑っていた。ちょうどジャンさんの知り合いのお年寄りが通りかかったらしく、「こちらは行事のことから沖縄料理のことから、沖縄に関する本が取り揃ってますよ、よかったら」と声をかけている。

 しばらく経って、また別のお客さんが二人連れでやってくる。地元の方のようで、「戦前戦後の市場のことがわかるような本がないかしら」と尋ねられる。戦前はほとんど入ってないですけど、戦後のことなら、最近こんな本が出たんですよと、ここぞとばかりに自分の本を差し出してみると、「いや、こんなのじゃなくて」と、本を返される。もうおひとりが、なんとなしにSさんの本を手に取ったので、「このあたりにはSさんの本が何冊か並んでるんですけど、那覇生まれでずっと那覇に暮らしている方で、戦後間もない頃の話はさすがに出てこないんですけど、懐かしい話もたくさん出てくると思いますよ。ずっとBという出版社をされていて、ご自身でもコラムも書かれていて――」。自分の中に、自分以外の誰かが書いた本を誰かに薦める気持ちがあるのかと、かなり意外な感じがした。

 話が前後するが、店番を終えたあとにこの話をUさんに伝えると、「書評をするときは、本を薦めるという気持ちじゃないんですか」と尋ねられ、書評は『本を薦める』というより、本に対してただしく言葉を与えるという感覚なのだと答えた。「でも、『GRGR、K』の書評を書かれる前に話を伺ってたときは、かなり『薦める』という気持ちが伝わってきたような気がします」とUさんに返される。Uさんのことばはいつも的確だ。結局その二人連れのお客さんは、文庫本を1冊買って帰られた。帳場近くのチラシに目を止めているのに気づき、ああそうだと、そのチラシを取り出す。それは県立図書館で開催中の「那覇港物語」という展示のチラシで、まさに「戦前戦後」の風景だ。そのお客さん、チラシに印刷された昔の那覇港の写真を食い入るように見つめながら、「こんな写真をみると、ついこないだのような気がするよ」と言った。そうして写真に見入ったまま、「ついこないだのような気がする」と、何度も繰り返した。

 17時で店番を終えて、Uさんにお礼を言って市場に向かう。今日は17時から市場の中でYouTubeの撮影をする約束があった。市場の3階に上がり、組合長の粟国さんと、J書店のMさんと3人で話をする。市場は今日もなかなかの賑わいで、がやがやとした音が吹き抜けに反響している。1本目の動画は粟国さんと、2本目は僕とMさんのふたりで収録することになっていたので、1本目を収録したところで粟国さんは別の取材を受けにいく。今日もいくつもメディアが取材に入っていて、とても忙しそうだ。場内で撮影をしていると、喧騒で会話が聞き取りづらいかもという話になり、話の内容的にも「1本目は何十年と続いた老舗があるという話にして、2本目は新しい流れが生まれつつあるという方向性でどうでしょうか?」と提案していたこともあって、2本目はサワースタンドの軒先をお借りして10分ほど撮影させてもらうことにした。

 収録が終わったあと、ご迷惑をおかけしましたとお詫びして、そのまま飲んでいくことにする。J堂のおふたりはこのあとまだお仕事があるということで、ジュースを注文していた。今回の本も面白かったです、とMさんが感想を伝えてくれる。いつかお詫びしようと思っていたんですけど、最初に橋本さんが『市場界隈』のゲラを持ってきてくださったとき、かなり冷たい対応やったと思うんです、とMさん。というのも、結構自分の本を売り込みにこられる方はたくさんいらっしゃって、中には「トークをするからギャラを出してくれ」と言う方もいて、特に内地の書き手で沖縄をテーマにした本を書かれている方に対しては、ちょっと構えてしまうところがあるんです、と。それはもっともな話だと思うし、もともとリトルプレスを作って自分で営業にまわっていた身としては、Mさんからドライな対応をされたという記憶はまったくなかった。むしろ『市場界隈』のときから大きく扱ってくださって、感謝しかない。

 トークイベントの相談をして、ふたりを見送り、ひとりでビールを飲んだ。サワースタンドの店主の方に、昨日はあのあとどんな感じですかと尋ねると、人はたくさん集まってるけど、正直なところ、そんなにお金が動いている感じはしなかったですねとの返事だった。「せっかくだから一品買っていこう」くらいの感じで、たくさん買い物をしていく人がいた感じでもないですし、明日以降もそのお客さんたちがきてくれるかは未知数な感じですよね、と。それに、「10時オープン」としか宣伝されてなくて、実際にお客さんが市場に入れるようになったのは11時だったり、どんなイベントがあるのかも告知されていなかったし、骨汁を無料で振る舞いますってしっかり宣伝してたらもっとお客さんがきてたんじゃないかって、重箱の隅をつつようなことばっか考えちゃうんですよね、と。

 19時過ぎ、出演させてもらっているラジオ番組の方と市場の前で待ち合わせ。番組に出てくださったお礼に、ぜひ橋本さんと市場のあたりをまわって、行きつけのお店で軽く飲みたいと連絡をもらっていた。とりあえず市場の中をぐるっとまわる。なんとなく「これが本の中に出てきた誰々さんです」と紹介することを期待されているような気配も感じるけど、そんなこともできないので、つーっと一周して外に出て、「パーラーK」へ。通路にはみ出したテーブル席なら空いていたので、そこに座らせてもらう。こんな路上みたいなところで飲むのか、という気配をここでもうっすら感じてしまう。風が強いせいかふたりとも肌寒そうに上着を羽織り、冷たくなった指先を温めている。

 21時にはいちどお店を出て、アナウンサーの方とは別れ、ディレクターの方から「もう一軒行きましょう」と誘われ、路地を歩く。ノンフィクションライターのFさんたちが寿司屋で飲んでいて、ちょうど橋本くんの噂をしてたんだよ、と声をかけられ、まあ飲んできなよと座ることになる。そこでしばらく話していると、「橋本くんは孤独のグルメみたいな文章だもんね」「だって、水納島の本とか、あれ全部君の妄想だよね」と言われ、ここを通りかかったことを後悔する。ようは「パッと5泊6日で訪ねていって、あんなに相手から言葉を引き出せるわけがないから、あれは君の頭の中で考えられた言葉だよね?」ということが言いたいようだった。あれは最初に尋ねたときに聞かせてもらった印象深い言葉がいくつもあって、それを書き留めておいたことや、あとで思い返したことを軸にしながら、その後何度も水納島に通って、何度も同じようなことを質問して話を聞かせてもらって、その言葉をまとめた本なんです、だから全然、僕が頭の中で考えたことではないんです、と説明しておく。