4月12日

 8時過ぎに目を覚ます。コーヒーを淹れて水筒に入れ、マイボトルに水を入れ、9時20分に家を出る。京浜東北線で城南地区に向かい、森山邸へ。数日前からY Fの新作セーターのお披露目会が開催されている。今日はその様子を原稿に書くべく、朝から森山邸へ。お披露目会は、オーダー会のように時間を区切ってお客さんから予約を受け付けて、新作のセーターをオーダーできる会だ。お客さんがやってくるのは午後からだけど、今日は午前中に、森山邸で撮影会がある。到着してみると、モデルの方がメイクを施されているところだ。新作ニットをまとい、展示も開催されている森山邸を舞台に、撮影が進む。撮影自体はあまり言葉にできる要素もないかもなと思った上に、近くにいたらカメラのフレームに入り込んだりして邪魔になりそうなので、建物の中には入らず、庭やまわりの住宅街を眺めて歩く。

 ふらふらしていると、森山さんから「ビール飲みますか」と声をかけてもらったものの、「お昼になるまで我慢しておきます」と答える。お披露目会が始まってから怒涛の毎日が続いているようで、Yさんの頭から湯気が出ているように錯視する。12時になると、最初のお客さんがやってくる。ただ、お客さんとのやりとりを記事に書けるわけでもないし、記事を書く人間がそばにいたら落ち着かないだろうなと思って、離れの縁側のような場所に腰掛けて庭を眺めて、お客様がいなくなったタイミングで展示を眺めていた。13時頃からは、森山さんに進められるままにビールを飲んで過ごしていた。途中でニットを試着させてもらう。今年の「新作」は3種類あって、編み上げるのに200時間かかるカーディガン(24万円)と、プルオーバーのセーター(14万円)と、カーディガン(9万円)と3種類だ。値段のことを差し引いて考えれば、編み上げるのに200時間かかるカーディガンを買いたいような気持ちもあるのだけれども、膨大な技術が注ぎ込まれたそのカーディガンを僕が着ると、ちょっと服にかなわない感じが出てしまうように思う。だとしたら、プルオーバーにするか、手頃な値段のカーディガンにするか。カーディガンはシンプルで、僕にも着やすそうではあるけれど、せっかくなら装飾の施されたプルオーバーを記念に買っておきたいような気もする。

 16時過ぎに会場をあとにして、新宿を目指す。17時ちょうどに思い出横丁「T」に到着すると、今日はもう暖簾が出ていて、「おすしから聞いてるよ」とマスターが言う。今日は見汐さんと飲む約束をしている。というのも、見汐さんについて書く、という依頼をいただいて原稿を書いたこともあって、「一度飲みましょう」という話になっていたのだ。見汐さんのライブには何度となく足を運んできたけれど、じっくり話したことは『ドライブイン探訪』の刊行記念トークを福岡で開催したときくらいしかなく、緊張する。緊張するというと不正確かもしれないけれど(そしてそのあたりのことは原稿に書いたのだけれど)、この人にはかなわない、という感じがあるのだ。

 ちょうど同じタイミングで常連のIさんも入店し、お互い赤星を注文する。Iさんがキャベツのなんだか焼いたやつを注文し、それも美味しそうだなあ、ツマミは何にしようかと迷っているところに、見汐さんがやってくる。「間、ごめんなさい、ちょっと今日は、両手に花で」と笑いながら、僕とIさんのあいだに腰かける。瓶ビールで乾杯して、あれこれ話しながら酒を飲んだ。見汐さんもここのお店でよくお酒を飲んでいることは知っていたけれど(いちどだけ、入れ違いになったことはあるものの)こうやって並んで酒を飲むのは初めてだ。一緒に飲んでいると、小学生くらいの女の子のようなまっすぐさを感じる瞬間がある一方で、しばらく自分の話をしてしまったなという時間があると、「はい、私の話は終わり」と締めくくる感じが、不思議なバランスを保っている。普段だと1時間くらいで帰ってしまうのだけれども、こんなふうに見汐さんと飲めるのが嬉しく、ビールを延々おかわりしていた。

 途中でやってきた女性が「あ、見汐さんだ!」と嬉しそうに声をあげ、少し離れた席に座りながらも「見汐さーん!」とひとなつっこく話しかけている。埋火のときにPAをやってくれてた人なのだと、見汐さんが教えてくれる。あれ、ということは、と名前を確認するとやはり知っている方だ。ライブの現場で姿を目にしたこともあるし、1月の終わりにウェブ配信用の対談を御茶ノ水の地下にあるスタジオで収録したとき、PAをしてくださっていた方だ。仕事中と酒場なのだから、当たり前と言えば当たり前ではあるのだけど、そのときとはまるで雰囲気が違っていておかしかった。見汐さんが帰るまでお酒を飲んで、追加でもう1杯だけ酒を飲んで、思い出横丁をあとにする。酔っ払っているせいか一つ手前の駅で地下鉄を降りてしまい、ピノを買って家まで歩くうちに、アイスは溶けてしまった。