6時50分に布団から這い出して、知人の弁当を作る。冷凍してあった鮭を焼き、冷凍ブロッコリーを炒めて、小松菜を適当に炒めて詰める。適当な弁当になってしまった。窓を開けて換気扇をまわしても、しばらく焼き鮭の香りがキッチンに残る。うまそうだなと思うが、今日は朝ごはんを食べられない。極力腹を空かせず済むようにと、ふたたび布団に潜り込み、往復書簡の原稿を練っていた。
今朝も少し、食道に違和感がある。検査で大きな病気が見つかったらどうしようと、不安になる。しかし、その不安は、自分の内側にしかないものだということが、つくづく不思議なことに思える。そして、もしも自分が大きな病気だったとしても、それは世の中にとって何の意味も持たない、というのが不思議だ。診察する医者にとっても、それは症例のひとつに過ぎず、それが大問題になるのは自分だけだ。
11時に家を出て、地下鉄で西日暮里に出る。ちょっと最後の審判が下されるような気持ちになりかけたが、radikoで聞いていた『#むかいの喋り方』から、PUFFYがカバーした「日曜日よりの使者」が流れてきて、ちょっと心が軽くなる。11時20分にクリニックに到着すると、すぐに受付スタッフに促され、ロッカーに荷物を預け、診察台に横になる。鎮静剤を入れるための針が刺され、喉に麻酔を吹きかけられ、看護師さんが何秒間かカウントするのを待ってから飲み込む。「唾も飲み込めなくなると思うんですけど、枕の下にタオルを引いてありますので」と告げられる。またまた、そんなこと――と思って唾を飲み込んでみようとしても、もう飲み込めなかった。医療っておそろしいなと、こういうときいつも感じる。
胃カメラ+鎮静剤で思い出すのは、藤井健太郎が手がけた『KILLAH KUTS』の「麻酔ダイイングメッセージ」という企画だ。ぼくは過去にいちどだけ胃カメラで検査を受けたことがあるけれど、そのときは救急車で搬送されたせいか鎮静剤などは使われず、おえっとなり続けながら検査を受けた記憶がある。だから、「麻酔ダイイングメッセージ」という企画を見ながら、「こんなにすぐ意識がなくなって、その状態で検査を受けれるのか」と思っていた。あれなら楽だろうな、と。
鎮静剤を投与する前に、マウスピースをつけられる。その瞬間に、ちょっと嫌な感触があったけれど、鼻で深呼吸をしてやり過ごそうとする。が、30秒くらい経ったところで、おえっと嘔吐反射が出てしまう。ちょうどそのタイミングで医者が部屋に入ってきて、「あれ、まだ(鎮静剤)入れてないの?」と尋ねる。おえっ、と反射が出たタイミングでマウスピースがちょっと外れて、前歯で咥えるような格好になった。これなら楽だけど、この状態で鎮静剤を入れられて大丈夫なのだろうかと思っているうちに、「じゃあ、鎮静剤入れていきますね」と看護師が言う。
マウスピースがずれていることに気づいた看護師が、「ちょっと動かしますね」と、マウスピースを正しい位置に戻す。鎮静剤を入れられてそんなに経っていないのに、もうおえっとならない。おお、このまま意識が消えていくのかと思っていると、「はい、じゃあ、胃カメラ入れていきますね」と医者が言う。2013年に緊急搬送先で胃カメラ検査を受けたときは、自分からも見える位置にモニターが置かれていて、「へえー、自分の胃の内部はこんなふうになっているのか」と楽しかった記憶があるのだけど、今日は自分が背中を向けている側にモニターがあるので、つまらない。まあ、ここから意識がなくなるのだろうから、関係ないか。
胃カメラが挿入される。口の感覚はあるけれど、喉を通り過ぎる感覚はほとんどない。ただ、食道を動いていくのは何となく感じ取れる。医者は看護師に時折何か小声で伝えている。「同じ日に大腸内視鏡検査も続けて受けられますけど、どうしますか」と尋ねられたとき、そのときは今の症状に対する不安が大きかったのと、大腸内視鏡検査だと前日から絶食になるのが億劫で、「とりあえず胃カメラだけで」とお願いしたけれど、やっぱり大腸も検査してもらっておくべきだったかもしれない。午前中は横になって過ごしていたせいか、あるいは不安が大きいせいか、あまり空腹を感じていない。
「はい、検査終わりです」。医者はそう告げると、胃カメラを引き出す。何かが引き出されていく感触は感じ取れる。ちょっと心地がいい。しかし、鎮静剤って、眠りに落ちるものじゃなかったのだろうかと思いながら、別の部屋にベッドごと運び出されていく。そういえば、初診の日に採血されているとき、看護師に「鎮静剤って、完全に眠った状態で検査を受けるんですか。嘔吐反射が強いので、ちょっと不安で」と尋ねると、「そう、ですね、効果には個人差はどうしてもあるんですけど――ちょっと夢の中にいるみたいな感じで検査を受けていただく感じですかね」と看護師は言っていた。たしかに、あのとき、「眠りに落ちる」とは一言も言わなかったなと思い返す。
1時間ほどベッドに寝かされる。暇なので、頭の中で原稿を練る。ポケットにペンと紙を忍ばせておけばよかったぼくの検査の予約枠は11時40分からで、おそらく20分がひとつの枠になっているのだろう。ぼくのあとにも、検査を受ける人が診察室に案内され、しばらくすると隣に運ばれてくる。それを何度か繰り返すと、看護師さんがやってきて、身体を起こせるようでしたら、診察室へと促される。
「はーい、お疲れ様でした。じゃあ、一緒に見ていきましょうね」。モニターに画像が映し出される。「喉から入って――ここが胃と食道の繋ぎ目ですね。ちょっと出っ張ってるのが、軽い逆流性食道炎の初見かな」と医師。画像は胃に切り替わる。これ、胃の奥のほうに――こういう言い方すると、ちょっとびっくりしちゃうかもしれないけど、小さい腫瘍があって――粘膜下腫瘍っていう、ぼこっと出てる。筋肉がこういうふうに出てる場合もあるし、まあ5ミリくらいだから問題ないと思うけど、一部を切って病理検査にまわしますね。まあでも、ちょっと胃炎のあとかなって所見が見られる程度で、胃も食道も、概ね問題なさそうだね。
医者というのは、どういう感覚で言葉を口にするのだろう。この医者は、どういう瞬間に語尾が「です・ます調」になって、どういう瞬間にタメ口になるのだろう。「タメ口を聞かれて腹立たしい」みたいな話ではなく、発語の感覚に興味を惹かれる。――と、そちらに気を取られかけていたけれど、特に問題がなさそうと言われて、大きく胸を撫で下ろす。それと同時に、疑問が膨らむ。特に食道に炎症は見られないのだとしたら、自分がここ半月感じていた違和感や痛みはどこからやってきているのだろう?
ついで(?)にピロリ菌の検査を受けて、病院をあとにする。ホームページに書かれていた胃カメラの価格は、3割負担で4500円と表記されていたけれど、一部を切除して病理検査にまわしたからか、会計は1万円を超えていた。時計を見ると、13時過ぎ。今日も日暮里方面に歩き、「一由そば」へ。今日は少しだけ列が出来ていたが、5分くらいで中に入れた。ゲソ天よりは消化にいいだろうと、今日はかき揚げと舞茸天をトッピングに選ぶ。かき揚げにもゲソが入っていた。
日暮里駅を通り抜け、夕焼けだんだんのほうに出ようとすると、ルノアールの前あたりに石焼き芋のトラックが停まっているのが見えた。少し前に、何日か続けて、森鴎外記念館の前で見かけた石焼き芋のトラックだ。最近見かけないなと思っていたら、場所を移動していたのか。焼き芋よりも、焼き芋を売っているおじさんに興味を惹かれて、「おいくらですか」と声をかける。うちのはどれでも1個700円だよ、2個買ってくれたら1000円にしとくよ、とおじさんは言う。
高いなあと思いながら、1個買う。前は団子坂上で売ってましたよね、そのとき見かけて気になっていたんです。そう告げると、おじさんは苦笑いしながら、「あっちは結構お客さんがよく買ってくれたんだけど、誰かが警察にチクったのか、パトカーがきちゃってね」と言った。世知辛い世の中だ。その石焼き芋が印象に残ったのは、車の側面に工具がずらりと並んでいたからだった。聞けば、もともと板金修理の仕事を何十年と続けてきて、ある時期からはバイク修理を専門で引き受けるようになったのだという。最近はなかば趣味で、焼き釜を軽トラックの荷台に自分で拵えて、それで石焼き芋を売っているけれど、バイク修理の依頼が入れば、この軽トラックでそのまま修理にいくのだという。そこでも焼き芋を売ったりするんだろうか。
買い物を終えて家にたどり着く頃には14時を過ぎている。原稿を書かなければと頭では思うのだが、どうにも眠い。食べてすぐ横になるのは病状(今自分は何の病気なのだろう?)を悪化させるので、2時間はどうにか椅子に座って過ごしていたが、15時半には引きっぱなしだった布団に横になる。そういえば、鎮静剤ありで検査を受けるにあたって、「当日は車の運転をしない」という誓約書にサインをしたけれど、これも鎮静剤の効果なのだろうか。
17時半に目を覚ますと、外がすっかり暗くなっている。慌てて夕食の支度に取り掛かる。今日は魚が食べたいなと思っていた。ただ、スーパーの鮮魚コーナーに売っているのは、鮭・鯖・アジの開き・ほっけくらいだ。鯖は数日前に食べたし、アジの開きは食いでがない。ほっけも数日前に食べたし、スーパーで売っているほっけは、あまり美味しいと思った記憶がない。
どうしよう。ぼくが鮮魚コーナーで目を向けるのは、いつも焼いて食べれそうな魚ばかりだ。ここのサミットは、焼いて食べる魚と、煮たりなんだりして食べる魚とが、通路を挟んだ反対側に並んでいる。ごくたまに、イカを買って大根と煮ることはあるけれど、煮魚というのはやったことがない。そういうのは繊細な味付けができる人にしか手が出せない分野だと、ずっと思い込んできた。ただ、カレイの切り身が並んでいるのが目に留まり、うちの母親が作る料理で好きなのはカレイの煮付けなんだよなと、カレイの切り身を買ってみる。
大学生のころ、一人暮らしを始めたばかりの頃に、鯖の味噌煮を作ってみた記憶はあるけれど、なんだか面倒だなという記憶だけが残り、この20年くらいは煮魚を調理した記憶がなかった。ただ、20年ぶりに調理してみると(カレイの煮付けだからかもしれないが)ほとんど手間らしい手間はかからず、拍子抜けする。