1月21日

 8時過ぎに目を覚ます。洗濯機を2度まわす。昨日の夜に、チラシに関する話が届いていたので、それならば別バージョンでこういうのを作ってみるのも良いのではと返事をする。そのメールの中に、受賞作を担当していることもあって、バタバタしていたので遅い時間にメールを送ることを詫びる一文が含まれていて、沖縄のホテルで眺めた記者会見の映像を思い出す。受賞された方が手に持っていたのは、ぼくの連載が始まった号だった。お昼はキャベツとかつおの塩辛のパスタを作り、午後はテープ起こしを進める。

 16時半に家を出る。白山駅から都営三田線に乗り、三田で都営浅草線に乗り換える。今日と明日は南部古書会館で「五反田遊古会」が開催されている。7月に取材させてもらったあと、2ヶ月に1度のペースで開催されていたのだけれども、いつも東京を離れるタイミングと重なって足を運べていなかった。今日は久しぶりに遊古会にお邪魔して、そっと棚を眺める。「あーあ、まだあと35分もあるってよ」。「S書店」のMさんの声が聴こえてくる。しばらくするとまた、「あれ、まだ5分しか経ってない。最後の1時間ってのがほんとに長いんだよ」と聴こえてくる。 『彷書月刊』、坪内さんのトークイベントが収録されているものを買う。

 

 それから2階に上がり、飲食関係の本をいくつか手に取る。帳場で「あれ? あの人は……」となっているのが目の端に見えるけれど、「どうもどうも! その節は!」と挨拶をするには、しばらくご無沙汰してしまっているのが心苦しくもあり、しれっと棚を眺めて、会計の時に短くご挨拶。「古本T」のOさんは1階で片付けを始めていたので、お久しぶりですと挨拶をすると、「あけましておめでとうございます」と頭を下げられる。慌てて「あけましておめでとうございます」と返して、沖縄土産のちんすこうを手渡し、おやつタイムにでも召し上げってくださいと伝える。夜の五反田を歩いていると、「時短営業やめました」という看板が出ている。

 18時過ぎに渋谷に出る。行き先表示に「中央改札」と書かれたエスカレーターがあり、中央改札ってどこだっけとエスカレーターに乗ると、こ、ここは一体どこだと途方に暮れる。まるで知らない風景がそこに広がっている。少し前に山手線を運休し、ホーム拡張工事が行われていたのは知っていたけれど、駅の風景自体がまるで変わっている。「スクランブルスクエア」という、聞き慣れているようでまったく馴染みのないフレーズを頼りにエスカレーターを乗り継いでも、まだ自分がどこにいるのかわからない。地上まで降りて、バスターミナルと、少し離れたところにビックカメラの看板が出ているのが見えて、やっと現在地を把握できた。スクランブル交差点のほうに向かって歩くと、また見慣れぬ風景が広がっていて、ああ、ここがミヤシタパークですか、となる。資本によって街がめちゃくちゃに破壊されている。

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 「大盛堂書店」を覗き、今村夏子の文庫本を買ったのち、センター街を歩く。まあまあの人出だ。ノーマスクの客引きに声をかけられないように歩き、「WWW X」にだとり着く。今日はここで向井秀徳アコースティック&エレクトリック鎮座DOPENESSの対バンがある。本当は開演時間は19時45分だったのだが、今日から蔓延防止云々のアレが始まる影響を受け、開演時刻は19時に変更すると、昨日メールが届いていた。正直、この状況下でライブに出かけることには不安があり、マスクはKN95があるとして、目からの感染リスクを下げようと、メガネのチェーン店を数軒まわり、花粉対策メガネを試着していた。ただ、どのメガネもそこそこ隙間が空いてしまうのと、そのわりに度入りのタイプで作ると1万5千円ぐらいするので、購入を見送っていた。もしもマスクを外している観客が多かったら途中で帰ろうと心に決めて、会場に入り、ドリンクチケットの1枚と、あとは現金とでハイネケンを2つ買ってフロアに入り、後ろの隅っこに陣取る。

 19時過ぎ、先に登場したのは鎮座DOPENESSだった。最初に、1都何県かに蔓延防止云々がというニュース番組の声をサンプリングした音声が流れ、ライブが始まる。あれはいつだったか、ふとしたタイミングで鎮座DOPENESSのラップバトルの映像を見て、それ以来ちょこちょこ映像をYouTubeで観ていた。自分で機材を操作してトラックをかけ、ステージを縦横無尽に動き回りながら歌う。バンドとも違う、シンガーソングライターとも違うステージでの動きっぷりに、初めて3Dの映像を目にしたような、これまで飛車の動きしか存在しなかったところに角や桂馬の動きが加わって「そんな動きって存在するんだ!」と驚いたような、なんともいいようのない衝撃を受ける。

 1時間ほどで鎮座DOPENESSの出番は終わり、セットチェンジが始まる。ライブ中も観客はきっちりマスクをつけて、歓声を上げる人は誰もおらず、きっちり拍手だけで答えていた。セットチェンジのあいだに、PA卓の後ろにあった関係者エリアを区切る柵は撤去され、少し帰ったお客さんもいるのか、さっきよりスペースに余裕がある。セットチェンジの途中、客電がついた状態でスタッフの女性がステージにまだ立っている状態で、向井秀徳がギターをかき鳴らし始める。「sentimental girl's violent joke」だ。これはサウンドチェックですと言いながらイントロを弾いていたけれど、もうこれはライブが始まっているのだろうなというのが伝わってくるテンションだ。結局そのまま1曲まるごと歌い終えて、ようやくスタッフがはけ、客席の照明が落ちる。

 この1曲目からして、テンションは高いのだけれども、どこかズレを感じる部分があった。ギターの演奏が少し走っていて、歌がどこか追いついていないようにあれは何曲目だっただろう。「昨日の午前11時から飲んでいる男の歌、聞きたい?」と向井秀徳が切り出した。少し間を置いて「まあ、俺なんやけど」とつけくわえる。さすがに昨日の昼から飲み続けていたらもっとでろでろになっているだろうけれど、そうであっても不思議ではない気配を、今日は携えていた。途中でスタッフがステージにハイネケンを差し出すと、「あれ? 20時までやったっけ?」と言ったあと、すべてが馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに「知らんくさ!」と言っていたのが印象に残る。やってられるかよという叫びのようなものを、歌から感じる。

 21時に終演を迎え、すぐに外に出た。センター街は若者で溢れ返っていて、地べたに座り込んでいる人もいれば、コンビニの軒先で酒を飲みながら、周囲を物珍しそうに見渡している外国人の姿もある。何なんだろうな。ラーメン屋に行列ができていた。がらがらの地下鉄に揺られながら、ライブのことを反芻する。「鎮座DOPENESSとは生まれて初めて会いましたけど、ブルースだなと思いましたね」と向井秀徳は言っていた。それはほんとうにその通りだと思った。「ワタクシ、すべての音楽はブルースだと思っているんですね」と、向井秀徳は言葉を続けた。というより、すべての音楽はブルースであるべきだ、と。言葉でブルースを響かせることはできるんだろうか。

1月21日

 8時過ぎに目を覚ます。洗濯機を2度まわす。昨日の夜に、チラシに関する話が届いていたので、それならば別バージョンでこういうのを作ってみるのも良いのではと返事をする。そのメールの中に、受賞作を担当していることもあって、バタバタしていたので遅い時間にメールを送ることを詫びる一文が含まれていて、沖縄のホテルで眺めた記者会見の映像を思い出す。受賞された方が手に持っていたのは、ぼくの連載が始まった号だった。お昼はキャベツとかつおの塩辛のパスタを作り、午後はテープ起こしを進める。

 16時半に家を出る。白山駅から都営三田線に乗り、三田で都営浅草線に乗り換える。今日と明日は南部古書会館で「五反田遊古会」が開催されている。7月に取材させてもらったあと、2ヶ月に1度のペースで開催されていたのだけれども、いつも東京を離れるタイミングと重なって足を運べていなかった。今日は久しぶりに遊古会にお邪魔して、そっと棚を眺める。「あーあ、まだあと35分もあるってよ」。「S書店」のMさんの声が聴こえてくる。しばらくするとまた、「あれ、まだ5分しか経ってない。最後の1時間ってのがほんとに長いんだよ」と聴こえてくる。 『彷書月刊』、坪内さんのトークイベントが収録されているものを買う。

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 それから2階に上がり、飲食関係の本をいくつか手に取る。帳場で「あれ? あの人は……」となっているのが目の端に見えるけれど、「どうもどうも! その節は!」と挨拶をするには、しばらくご無沙汰してしまっているのが心苦しくもあり、しれっと棚を眺めて、会計の時に短くご挨拶。「古本T」のOさんは1階で片付けを始めていたので、お久しぶりですと挨拶をすると、「あけましておめでとうございます」と頭を下げられる。慌てて「あけましておめでとうございます」と返して、沖縄土産のちんすこうを手渡し、おやつタイムにでも召し上げってくださいと伝える。夜の五反田を歩いていると、「時短営業やめました」という看板が出ている。

 18時過ぎに渋谷に出る。行き先表示に「中央改札」と書かれたエスカレーターがあり、中央改札ってどこだっけとエスカレーターに乗ると、こ、ここは一体どこだと途方に暮れる。まるで知らない風景がそこに広がっている。少し前に山手線を運休し、ホーム拡張工事が行われていたのは知っていたけれど、駅の風景自体がまるで変わっている。「スクランブルスクエア」という、聞き慣れているようでまったく馴染みのないフレーズを頼りにエスカレーターを乗り継いでも、まだ自分がどこにいるのかわからない。地上まで降りて、バスターミナルと、少し離れたところにビックカメラの看板が出ているのが見えて、やっと現在地を把握できた。スクランブル交差点のほうに向かって歩くと、また見慣れぬ風景が広がっていて、ああ、ここがミヤシタパークですか、となる。資本によって街がめちゃくちゃに破壊されている。

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 「大盛堂書店」を覗き、今村夏子の文庫本を買ったのち、センター街を歩く。まあまあの人出だ。ノーマスクの客引きに声をかけられないように歩き、「WWW X」にだとり着く。今日はここで向井秀徳アコースティック&エレクトリック鎮座DOPENESSの対バンがある。本当は開演時間は19時45分だったのだが、今日から蔓延防止云々のアレが始まる影響を受け、開演時刻は19時に変更すると、昨日メールが届いていた。正直、この状況下でライブに出かけることには不安があり、マスクはKN95があるとして、目からの感染リスクを下げようと、メガネのチェーン店を数軒まわり、花粉対策メガネを試着していた。ただ、どのメガネもそこそこ隙間が空いてしまうのと、そのわりに度入りのタイプで作ると1万5千円ぐらいするので、購入を見送っていた。もしもマスクを外している観客が多かったら途中で帰ろうと心に決めて、会場に入り、ドリンクチケットの1枚と、あとは現金とでハイネケンを2つ買ってフロアに入り、後ろの隅っこに陣取る。

 19時過ぎ、先に登場したのは鎮座DOPENESSだった。最初に、1都何県かに蔓延防止云々がというニュース番組の声をサンプリングした音声が流れ、ライブが始まる。あれはいつだったか、ふとしたタイミングで鎮座DOPENESSのラップバトルの映像を見て、それ以来ちょこちょこ映像をYouTubeで観ていた。自分で機材を操作してトラックをかけ、ステージを縦横無尽に動き回りながら歌う。バンドとも違う、シンガーソングライターとも違うステージでの動きっぷりに、初めて3Dの映像を目にしたような、これまで飛車の動きしか存在しなかったところに角や桂馬の動きが加わって「そんな動きって存在するんだ!」と驚いたような、なんともいいようのない衝撃を受ける。

 1時間ほどで鎮座DOPENESSの出番は終わり、セットチェンジが始まる。ライブ中も観客はきっちりマスクをつけて、歓声を上げる人は誰もおらず、きっちり拍手だけで答えていた。セットチェンジのあいだに、PA卓の後ろにあった関係者エリアを区切る柵は撤去され、少し帰ったお客さんもいるのか、さっきよりスペースに余裕がある。セットチェンジの途中、客電がついた状態でスタッフの女性がステージにまだ立っている状態で、向井秀徳がギターをかき鳴らし始める。「sentimental girl's violent joke」だ。これはサウンドチェックですと言いながらイントロを弾いていたけれど、もうこれはライブが始まっているのだろうなというのが伝わってくるテンションだ。結局そのまま1曲まるごと歌い終えて、ようやくスタッフがはけ、客席の照明が落ちる。

 この1曲目からして、テンションは高いのだけれども、どこかズレを感じる部分があった。ギターの演奏が少し走っていて、歌がどこか追いついていないようにあれは何曲目だっただろう。「昨日の午前11時から飲んでいる男の歌、聞きたい?」と向井秀徳が切り出した。少し間を置いて「まあ、俺なんやけど」とつけくわえる。さすがに昨日の昼から飲み続けていたらもっとでろでろになっているだろうけれど、そうであっても不思議ではない気配を、今日は携えていた。途中でスタッフがステージにハイネケンを差し出すと、「あれ? 20時までやったっけ?」と言ったあと、すべてが馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに「知らんくさ!」と言っていたのが印象に残る。やってられるかよという叫びのようなものを、歌から感じる。

 21時に終演を迎え、すぐに外に出た。センター街は若者で溢れ返っていて、地べたに座り込んでいる人もいれば、コンビニの軒先で酒を飲みながら、周囲を物珍しそうに見渡している外国人の姿もある。何なんだろうな。ラーメン屋に行列ができていた。がらがらの地下鉄に揺られながら、ライブのことを反芻する。「鎮座DOPENESSとは生まれて初めて会いましたけど、ブルースだなと思いましたね」と向井秀徳は言っていた。それはほんとうにその通りだと思った。「ワタクシ、すべての音楽はブルースだと思っているんですね」と、向井秀徳は言葉を続けた。というより、すべての音楽はブルースであるべきだ、と。言葉でブルースを響かせることはできるんだろうか。

1月20日

 7時過ぎに目を覚ます。8時半にジョギングに出る。330号線に出て、余儀から古波蔵、旭橋と走る。このルートを走ると、最初の2キロぐらいは息が切れる。パッと見だと平地に見えるけど、ゆるやかな上り坂になっているのだろう。ニュースでは「今日は大寒」と報じられていたけれど、沖縄にいるとさすがにその実感はなく、走っていると汗ばんでくる。シャワーを浴びて、10時、カメラを手に出かける。昨日は天気が悪かったので、昨日取材させてもらったお店に、追加で写真を撮らせてもらう。ちょうど市場で仕入れてきた商品をトラックから卸しているところだ。界隈をぐるりと歩き、上原パーラーで300円のお弁当を買っておく。路地を抜ける途中、水上店舗の抜け道のようなところにあるターンム屋さんに立派なターンムが並んでいるのが目に留まり、2個買ってみる。

 11時にチェックアウトして、スーツケースを引きながら「ジュンク堂書店」(那覇店)を覗く。『モモト』(最新号)は「沖縄の文化とツーリズム」という特集で、最初の記事が「星野リゾートから見た沖縄」だ。ああ、そういうタイプの特集かと思いつつも、ぱらぱらめくっていると沖縄と観光をめぐる長めの年表があり、それを手元に残しておきたくて購入しておく。さっそくゆいレールの中でぱらぱらめくると、特集の後ろに編集部座談会があり、観光という切り口で沖縄が発信されるときのモヤモヤを語っていて、面白く読んだ。空港に到着してみると、この状況下でもノーマスクの人がいてぎょっとする。チェックインカウンターで荷物を預け、座席を最後列に変更してもらう。昨日の夕方に変更したので、もうフライトのウェイトバランスを均等にするためなのだろう、空席はまだたっぷりあるはずなのに限られた席しか選択できなくなっていて、最後列がよかったなあと思っていたのでホッとする。

 1階、到着ロビーがあるフロアまで降りる。このフロアなら表にベンチがあるので、屋外でお弁当を平らげる。お土産をいくつか買って、飛行機に乗り込んだ。最後列あたりはわりと空いていたけれど、マスクをあごにずらして過ごしている人がわりといる。キャビンアテンダントが最近の忙しさについて愚痴をこぼしているのが聞こえてきた。15時20分頃に成田空港に到着し、スカイライナーで日暮里へ。スーパーで惣菜を買って帰途につく。ほどなくして知人も帰ってきたけれど、夜はオンラインミーティングがあるというので、惣菜を少しつまんで、仕事をする。20時過ぎ、そろそろ終わるだろうというタイミングでターンムの皮を落とし、一口サイズにカットして素揚げしてみる。それに塩を振って食べてみたけれど、これだけだとなかなか薄味だ。仕事を終えた知人も一口頬張り、おいしいと言ってくれたけど、まだまだ研究が必要だ。もう一個はどうやって調理しようかと考えながら、『有吉の壁』と『水曜日のダウンタウン』を観た。

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1月19日

 4時50分に目覚ましで起きる。シャワーを浴びて、コーヒーを淹れる。半分は知人用に、半分は自分用に水筒に入れる。アプリでタクシーを呼び、日暮里駅に出る。いつもはギリギリに駅に到着することが多いのだけれども、今日は時間に余裕がある。ホームを見渡してみると、待合室でスカイライナーを待っている人が数人いる。朝早い時間だと、電車の乗り換えの都合もあって、そうしてしばらく待合室で過ごしている人がいつもいるのだろう。何度もこの駅を使っているのに、初めて目にする光景だなと思う。今日は「残り329席」と表示されていたけれど、思ったよりか席が埋まっているように感じた。空港第2ビルで電車を降りて、第3ターミナルまで歩く。チェックインを済ませて、ローソンで枝豆と塩昆布おにぎりを買って、保安検査場を通過する。出発ロビーはがらがらだった。隅っこでおにぎりを食べて、飛行機に乗り込む。3割ぐらいしか埋まっておらず、感染リスクを考えるとホッとするものの、これで経営は大丈夫なのかと不安にもなる。

 機内アナウンスで、使用したティッシュペーパーやマスクを捨てる場合には、エチケット袋に入れた上で乗務員に渡すようにと呼びかけられている。ここ数日見かけた情報だと、沖縄の成人式に参加した若者たちが、基本的にはマスクをつけて行動していたにもかかわらず感染したという報道も見かけた。思い浮かぶ節があるとしたら、写真撮影のために屋外で少しマスクを外したときくらいで、そのときも特に会話はしていなかったという。実際のところ、どれぐらいの感染力があるんだろう。オミクロン株に限らず、マスクをしていたところで飛沫をすべて防げるわけではないから、マスクをつけていても大声で会話をしていたら感染リスクはあるのだろうけれど、どれぐらい怖がればいいのか、オミクロンに関してはわからなくて、不安だ。これから先、暖かい季節がやってきて、沖縄への旅行客が増え始めると、飛行機に乗っているのがかなり不安になりそうな気がする。通い続けて、取材を続けられるだろうか。

 11時に那覇空港に到着する。小雨が降っている。傘を買おうと空港のコンビニに行ってみたものの、空港だからか、傘は売っていなかった。預けた荷物が出てくるのを待っているあいだ、ふとあたりを見渡すと、ガラス越しに沖縄そば屋の様子が見えた。いつもはわりと埋まっている店内に、客はひとりしかいなかった。ゆいレールもがらがらだ。県庁前駅で下車し、ほんの少しだけ雨が降るなか、国際通りを歩く。ホテルまでの数百メートルのあいだ、すれ違った通行人は両手で数え切れる程度だ。旅行客だけでなく、地元の人もほとんど歩いていない感じがする。ホテルランタナ那覇国際通りに荷物を預けたのち、市場界隈を歩く。静かだ……。休業中の店もかなりある。

 今回はとりあえず、2泊3日の旅程で航空券と宿を手配してある。ただ、その日程で取材しきれなかった場合に備えて、帰りのフライトは少し多めの額を払って、変更可のものにしておいた。とにかく、取材先を決めなければ。ぐるぐる歩いたのち、やはり事前に想定していたお店に話を聞かせてもらいたいと思い、買い物をしたのち、過去の紙面のコピーを手渡して打診する。断られるかもなあと心配していたことが嘘のように、トントン拍子に話が進んで、「このあと、14時から」と決まる。ホッとしながら、むつみ橋の「KDY」に向かうと、お店の方たちが店の前の水路を掃除しているところだ。この時間でもお客さんが少ないのかと驚く。店内に入り、先月記事を掲載させてもらったお礼を言い、ロースそばを注文する。記事の反響は大きくて、数十年ぶりにきてくださったお客さんもいたんですよとお店の方が言う。ただ、感染が拡大するなかで人通りがかなり減って、臨時休業にしてもいいんだけど、「閉めるのも面倒だから、開けてるんだよ」と笑っていた。

 ホテルのロビーで質問リストを作り、14時ちょい過ぎに取材先に出かける。1時間半ほど取材する。取材を終えたあと、あらためて界隈を散策する。もう1軒、3月の回に登場していただきたいと思っているお店を訪ねる。前々から「いつかお話を聞かせていただけませんか」とお願いしているお店なのだけれども、いつもお仕事がお忙しそうで、聞けないままになっている。今日も仕事が立て込んでいる様子で、今日明日でどうこうというのは難しそうだったので、お時間のあるときにぜひお願いしますと伝えて引き返す。以前取材させてもらった鰹節の「MTMT商店」を通り掛かると、「今日は八百屋さんの取材だったの?」とお店の方に声をかけられる(今日の取材先と「MTMT商店」は100メートルと離れていないので、外観を撮影している姿をみられていた)。「最近は取材を受けてもらいやすくなってきたんじゃない?」と、ずばりと言い当てられる。いつも歩き回って取材先を探す姿を見られていたこともあり、「昔はちょっと、不憫に思うぐらいだったから」と店員さんが笑う。

 宿に引き返し、さきほどの取材のテープ起こしに取りかかる。17時15分に宿を出て、栄町市場へ。開店直後の「うりずん」で、お客さんが入り始める前にさくっとビールをと思っていたけれど、到着してみると臨時休業中だ。去年はアルコールが提供できない時期でもノンアルコールで営業していただけに、あらためてオミクロン株の影響力を感じる。そのまま引き返し、「赤とんぼ」でタコライスを買って、宿に戻って平らげる。今日はもう休肝日にすることにして、飲み物はコカコーラ・ゼロにしておく。部屋でテープ起こしを進めたのち、21時過ぎに夜の市場界隈を眺めに出る。蔓延防止のアレが出ていることもあり、21時とは思えないほど静まり返っている(ただ、今のようにせんべろが増えるまでは、夜は静かな街だったのだろうけど)。営業している酒場も数軒だけあるけれど、普段賑やかなせんべろの店はほとんどが臨時休業に応じている。コンビニでウィルキンソンを買って、国際通りも練り歩く。ここでも営業しているのは2、3軒くらいのもので、真っ暗な道を県庁前広場までただただ歩いた。

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1月18日

 7時半に目を覚ます。あまり早起きできなかった。体も重く、ちょっとゆったりめに起きて、ジョギングに出るのは9時過ぎにしよう――と思ったところで、そうだ今日は朝から取材があるんだったと思い直す。コーヒーを淹れて、たまごかけごはんを平らげて家を出る。9時27分発の千代田線は、この時間でも肩が触れそうなほど混んでいて、少し嫌になる。都営新宿線に乗り換えて、森下へ。10時過ぎに1本目の取材が始まり、11時半からは同じ場所で鼎談を収録する。そこには自分の書いた原稿の話も出てくるので、少し不思議な心地がした。収録が終わったあと、稽古場を少しだけ覗かせてもらった。取材で入るわけでもないとなると、どこに身を置いたものかとふわふわしてしまう。

 13時過ぎ、神保町に出る。まずは「ランチョン」に入り、窓側の席に案内される。どうしよう。カツサンドが食べたいけれど、全部食べると満腹になってしまう。テイクアウトはやっているお店だけど、食べきれなかったぶんを持ち帰ることってできるのだろうか。おそるおそる店員さんに尋ねてみると、持ち帰れるようだったので、カツサンドと生ビールを頼んだ。靖国通りを挟んだ向かい側、小宮山書店と田村書店はシャッターが降りている。ビールを飲み切ったあたりで、カツサンドが運ばれてくる。包装してもらう手間をかけるぶん――というわけでもないけれど、もう1杯ビールを頼んで、カツサンドを2切れ頬張り、最後の1切れを包んでもらう。アルミホイルに包んで、小さな手提げ袋に入れてくれた。

 「東京堂書店」を覗いたあと、本の雑誌社に立ち寄る。今日の朝日新聞に、『東京の古本屋』のサンヤツ広告を出してくださっていたので、もし現物があれば本の雑誌社で見たいと思ったのだ。夕刊と一緒に届く予定だそうで、まだ現物はなかったので、お礼だけ言って引き返す。何か手土産でも持ってくればよかったかなと、ランチョンの小袋を提げているぶん、余計に思う。坂を上がり、御茶ノ水駅から新御茶ノ水駅へと続く道を歩いていると、熊手を掲げて歩く人の姿があった。神田明神の文字がちらりと見えた。熊手というと11月の印象が強いけれど、新年に売るところもあるのかと、上京して20年経って知る。15時過ぎに帰宅して、明日からの遠出に備えて荷造りをする。

1月17日

 5時過ぎに目を覚ます。昨晩の酒が残っている。今日は酒を控えたほうがいい気がするけれど、現時点で楽しみにしているドラマは月、火、土曜に放送があり、好きなバラエティ番組は水曜日に放送がある。これを軸に休肝日を作るなら木曜、金曜、日曜になるのだけれど、昨晩はトークイベント中にストローでビールを飲んでしまった(前にストロー飲酒を試したのは350ミリ缶で、昨晩はロング缶だった。ロング缶だと、ストローを刺しただけで炭酸(?)がストローから少し噴き上がってくるので少し動揺した)。トンガの現状をネットで探してみたけれど、まだわからないことが多いようだ。一昨日のキムチ鍋の残りを冷やしておいたぶんを温め直し、朝食にする。

 コーヒーを淹れて、コートをクリーニングに出しにいく。9時45分頃にお店の扉を開けると、まだ開店前の空気が流れている。あれ、表のガラスにカッティングシートみたいなので貼り出してある営業時間は9時だったよなと狼狽えていると、奥から店員さんが出てきて、すみません、今は営業時間が短くなっているんですと頭を下げる。いやいやまたきますと伝えて、部屋の掃除をして、もういちどクリーニング屋に出かける。

 汁気のあるものが食べたくなって、昼はサッポロ一番塩らーめんに、キャベツと豚肉の炒め物をのっけて平らげる。味付けが濃くなり過ぎた。午後、チラシの入稿用データを作り、メールで送信。いくつか変更点があり、二度送り直した。15時に家を出て、秋葉原PCR検査を受ける。ここで検査を受けるのは12月31日以来だ。あのときは年明けに帰省するのであろう人たちで予約が埋まっていて、年の瀬感を感じていた。ただ、すでにオミクロン株の市中感染が始まっていたとはいえ、あのときはまだ感染者数が少なかったから、会場にはさほど緊張感がなかったように思う。今は特に人の移動が増える時期でもないのに、検査会場に列ができていることからも、どこかぴりついたものを感じる。列に並んでいるあいだに唾液を溜めておいて、すぐに検査を終えて会場をあとにする。

 神保町まで歩く。新刊台をぐるりと眺める。『ルポ路上生活』が平積みになっている。しばらく前に往来堂書店で手に取ったことを思い出す。オリンピック開幕から2ヶ月のあいだ、路上生活を体験したという著者が、まえがきのところに「都内のホームレスは飯に困ることはまずない」と書いていたことを思い出す。それはそうなのだろう。ただしそれは、誰かに頼ることができるという前提があればこそだ。新刊台から『父ガルシア=マルケスの思い出』を手に取ったのち、からちくま文庫の棚を眺める。解説ってどう言う人が書いているのか、気になった本をあれこれ手に取る。『すばる』と一緒に本を買って、外に出る。すずらん通りの「A屋」をちらりと覗いてみると、相撲をやっている時期だからか、テーブル席に何組かお客さんの姿があった。

 古書会館には何台もバンが止まっていて、落札された本が積まれている。坂を上がりながら、『すばる』の新連載、柴崎友香「続きと始まり」を読みながら歩く。今日まで取っておいたわけではなく、近所の書店には並んでいなくて買うのが今日になったのだけれども、期せずして1月17日のことも描かれている。登場人物に演劇の宣伝に携わっている人がいて、知人なら何を思うだろうかなと考える。成城石井で二日分のツマミとワインを買って、帰途につく。19時、知人と晩酌。『ストレンジャーシングス』のシーズン1の最終話を観たあと、『ミステリと言う勿れ』を観る。1話で感じた新しさがまるでなく、ただのサスペンスになっていてがっかりする。

1月16日

 5時半頃に目を覚ますと、知人がケータイをいじっている。なんでこんな時間まで起きとるんや、ちゃんと寝えよと言うと、「いや、大変なんよ」と知人が言う。昨日の夜に『さまぁ〜リゾート』を観ていたら、突然ニュースに切り替わって、それからずっとこうよとテレビを指す。画面上には日本地図が表示され続けていて、沿岸部はほとんど黄色で囲われ、一部に赤い箇所もある。トンガで火山の噴火があり、その影響が日本にまで押し寄せているのだという。僕が酔っ払って眠っているあいだに、世界が大変なことになっていて、置いていかれたような心地がする。

 8時過ぎにジョギングに出る。今日は体重が増えていたので、ちょっと長めに、不忍池をぐるりと走る。日曜日だというのに、公園にも通りにもあまり人の姿を見かけなかった。冬鳥があちこちに佇んでいる。全身真っ黒で、鼻っつらのところだけ白い鳥がいて、こんな鳥去年もいたっけと立ち止まる。帰宅後は風呂に湯を張り、『古本マニア採集帖』を読み返しながら、トークイベントで話すことを練る。昼、知人が鯖缶とトマト缶のパスタを作り始めたところで、チャイムが鳴り、一昨日ネットで注文した空気清浄機が届く。さっそく開封し、電源を入れる。

 初めて空気清浄機を買ったのは2011年の春だ。知人は花粉症で、特にその年は症状が酷くて、鼻も目もでろでろになりかけていた。鼻にも、目とメガネのあいだにもティッシュを挟み続けているのが不憫で、高田から新宿まで原付を走らせ、空気清浄機を買って、不安定なバランスを保ちながら帰途についた。当時はクレジットカードもキャッシュカードも持っていなかったので、空気清浄機を買ったぶん手持ちの現金がなくなり、空気清浄機を運転させたあとで高田馬場駅前の三井住友銀行までお金をおろしに出かけた。お金を受け取って銀行を出ようとすると、出入り口のところで警備員の人に「あれ? 揺れてませんか?」と話しかけている人がいて、いやいや気のせいだろうと思いながら通り抜け、銀行前に止めておいた原付を走らせてロータリーをまわった。信号は青になっているのに、車は止まったままで、なんでこの車たちは動かないんだろうと思いながらロータリーを走り抜け、新目白通りに向かって坂を下ろうとしていると、駅周辺のビルから、人が次から次へと避難しているのが見えた。そこでようやく、地震があったようだと把握した。だからつまり、自分はほとんど揺れを体感していない。家に帰ると、パニックになった知人が独り言を言い続けているのが、玄関越しに聞こえていた。

 あの日買った空気清浄機は、フィルターは10年持つらしく、交換時期の目安になるようにと、フィルターに使用開始日を書く欄があった。そこに、まだ地震が起きる前に、「2011年3月11日」と記入した。去年の春で、フィルターの交換時期を迎えたものの、そのタイミングで交換する気にはどうもならなくて、そのまま使い続けていた。10年経てば、空気清浄機の性能もきっと、ずいぶん上がっているのではないか。部屋で仕事をしていると、匂いがこもってしまうのがいつも気になっている。それに、買い換えるのであれば花粉シーズンが到来するまえにという思いもあって、なんでもない日に注文ボタンを押した。でも、この空気清浄機が届いた日のことも、また思い出すことになるのではないかとぼんやり思った。パスタの匂いが、部屋からすぐに消えているような気がする。