2月13日

 7時に目を覚ます。7時半になると知人のアイフォーンからアラームが鳴り、知人も目を覚ます。「ぽろんぽぽろんぽぽろんぽぽろんぽ」とアラームの音を歌って、知人はひとりでスヌーズしている。シャワーを浴びて、入念にストレッチ。まずは昨晩届いていた取材依頼などに返信。昨晩書き上げた原稿を読み返し、添え状を作り、郵便局から発送する。アパートに戻ると、今日の夜のトークイベントでどんなことを話そうか考えて、メモを作っておく。なんとなくつけていたテレビでは、『スッキリ!』の占いコーナーが放送されている。それが目に留まった瞬間から嫌な予感はしていたけれど、12月生まれは最下位だ。それだけならともかく、「意思の疎通がうまくいかない1日…根気強く取り組もう」と、今日のイベントを見透かしたような占いで、少し動揺する。

 12時半、セブンイレブンの中華丼を食す。今夜のメモを完成させたのち、週刊『A』から依頼された原稿を書く。1時間ほどで完成。別パターンの原稿も書いて送るつもりでいたけれど、書き始めてみるとそちらはうまく書けず、そもそも「2パターン書いて欲しい」と依頼されたわけでもないので、1パターンだけで送信した。テレビで池江選手の話題で持ちきりだ。その流れでオリンピック担当大臣の発言も紹介されている。いくらなんでも酷い発言だ。

 今の政権になってからというもの、いよいよ言葉が崩壊しつつあるように感じる。それは政治家の放言が酷いなどという話ではない。放言なら昔からある。そういうことではなく、言葉が通じないという感じがする。もちろん政治家がひとりひとりの声に耳を傾けるなんてことはいつの時代だってないだろう。でも、そこには何かしらの身振りがあったように思うのだ。以前、どこかの農家が政治家――それは民主党政権時代の話で、大臣を務めていた政治家だったように記憶している――に嘆願書を渡そうとする場面をドキュメンタリーで見た。その嘆願書を受け取ると、それに対応しなければならないということで、SPたちが行く手を阻んで、その政治家も視線を逸らし続けていた。その身振りには、無視せざるを得ないという呵責が滲んでいたように思う。でも、今の政権になってからというもの、そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか、と笑顔で返されてしまう恐ろしさがある。

 メールをチェックすると、『S!』誌から書評の依頼が届いていた。書棚を眺めてみたけれど、直近に刊行された書籍の中で、書評欄で取り上げさせてもらえそうな本は見当たらなかった。「往来堂書店」に足を運んで考えてみたけれど、締め切りのことを考えると、読んで執筆する時間はなさそうだ。ほどなくして電話がかかってきたので、お力になれず申し訳ありませんとお詫びする。アパートに戻り、来月に予定しているトークイベントの告知文を考えて、メールで送信。ジャケットにスチームアイロンをかけ、髭を剃り、17時半に再びアパートを出た。時間帯のせいかバスの進行が遅く、そわそわしながら車窓を眺める。18時15分、バスは終点の浅草寿町に到着する。セブンイレブンで赤飯おこわを買って、食べながら「Readin’Writin’BOOKSTORE」へと走る。店の外にはもう開場待ちのお客さんがいる。中に入ってみると、今日のゲストのM.Sさんはすでに到着されていて、どこに椅子を置いてトークをするか試している。

 椅子の位置と客席の配置が決まったところで、18時半、開演まで近くの酒場で過ごそうと飲みに出る。徒歩1分の場所にある「福や」に入り、キリンラガーで乾杯。まぐろのぶつ、それにあさりの酒蒸しをMさんが注文。「もう何回かトークイベントをやっとるんやろ?」とMさんが言う。まだ一個だけですけど、先週、芸人のMさんと「B&B」でトークをしましたと伝える。「ああ、毎回今日の場所でやるとかじゃないんだ?」とMさん。どうして浅草でトークをすることになったのか、「吉祥寺とかじゃなくて浅草なんだ?」とMさんが笑う。これまで『月刊ドライブイン』を扱ってくれていたお店の何軒かはトークイベントを開催できるスペースがあって、「もしよければうちで」とお声がけをいただき、そこで開催している旨を伝える。そして、浅草でトークをするのであれば、真っ先に浮かんだのがMさんだったこと、前に何度か浅草で飲んだときのことが印象的だったことを伝える。

 Mさんは「そうか」とつぶやいてビールを飲み干すと、「このあとトークと、歌うわけやからな」と言いながら、メニューを眺める。しかし、やはり日本酒が合うと思ったのか、「この、広島の本醸造を熱燗で頼もう」と言う。それと一緒に赤貝の刺身も追加する。そんなに貝は好きでもなかったけれど、魚を捌く動画見るのが好きで、そこで赤貝の動画を見て、近所の寿司屋で注文したところ大層ウマく、最近はよく注文するのだという。今日の夕方頃、Mさんは「現在レコーディング中」とつぶやいていたので、そのあたりの話も伺う。ベーシストが変わり、Mさんが入ってからというもの、客席から観ている印象としてはバンドの雰囲気が変わったように感じると伝えると、「それは、変わるね」とMさんが言う。「雰囲気も変わるし、それによって浮かんでくる曲ちゅうのもある。振り返ってみれば、ドラムがAさんになったときも、すぐにマキシシングルを出して、ベースがY.Iになったときもすぐに『I D W B W Y』を出してるわけで。今回も、Mが入ったことで、その体制になったサウンドをレコーディングしようってことになったわけよな」。

 熱燗を2本飲んだところで19時半、開演時刻だ。お手洗いを済ませて、水を一杯飲んで、店を出る。会計はMさんが支払ってくれた。近くのセブンイレブンでMさんはフリスク的なものを購入して、口をすっきりさせ、会場に戻る。もうお客さんが一杯になっている。少し気圧されつつ、そのまま席に座り、「記憶を探す、街を彷徨う」と題したトークイベントが始まる。あ、そうか、マイクがないのかと気づく。「今日はお越しくださってありがとうございます」と説明を始めながらも、これはもしかすると、後ろの席には声が届いてないのではと焦る。「あの、僕はあんまり声が大きくないんですけど、聞こえてますかね」と言うと、やや後方に座っているムトーさんの顔が目に入る。少し眉間にしわを寄せて、大きく首を振る。マイクがないので、声を張る必要があり、細かくMさんの話に相槌を打ったり割って入ったりするのではなく、僕がある程度話してそれを渡して、それに対するMさんの答えをじっくり聞く。僕が質問を向け始めると、Mさんはじっくり聞いて、答えてくれる。朝の占いに動揺していたけれど、それは杞憂に終わる。聞きたいことをひとしきり聞き終えたあたりで、「今どれぐらい経った?」とMさんが言う。店主のOさんに尋ねると、ちょうど1時間ちょっと経過したところだ。「じゃあ、ちょっと休憩を入れよう」とMさんがおっしゃって、休憩となる。

 ビールを追加で注文しようと思ったのだが、もう在庫がなくなってしまったらしかった。外で煙草を吸っていたMさんに「ビール、まだ飲みますか」と尋ねて、コンビニまで走り、アサヒスーパードライを3缶購入する。僕が走って戻ってくるのを観て、Mさんがフハハと笑う。20時50分、ギターケースからギターを取り出し、チューニングを合わせ始める。ここからはもう、僕もひとりの客のようなものだ。缶ビールを開けて、一つはMさんに手渡し、一つは自分で飲み始める。今回のトークイベントは、「1時間ほどトークをして、そのあとで2、3曲歌っていただけたら」と図々しいお願いをしていたのだけれど、Mさんは2、3曲どころか8曲も歌ってくれた。それも、今日のトークイベントのテーマとリンクする曲たちだ。そして、途中で松鶴家千とせ師匠の話を語ってくれる。その話は、今日のトークで持ち出したいと思いながらも、結局聞けずじまいになっていた話だった。普段Mさんのライブを観るときは、バンドであれ弾き語りであれ、後ろのほうの端っこで観る。それが今日は、目の前の特等席だ。こんな贅沢な時間があるだろうかとしみじみした気持ちに浸りながら、缶ビールを呷り、耳を傾けた。

 21時半にイベントは終了となる。ありがたいことに『ドライブイン探訪』を買ってくださった方も多く、サインを求める列が出来て、不思議な気持ちになる。宛名を聞き、誤字があると恐ろしいのでそれを手の甲にメモして、宛名を書く。何人か友人が来てくれていたはずだが、サインが終わる頃にはお客さんは誰もいなくなっていた。Mさんにお礼を言って見送り、店主のOさんにもお礼を述べる。もしかしたらMさんと飲みに行くかなと思っていたけれど、さて、どうしよう。友人にメールを送ってみたところ、もう帰ったとの返信があり、浅草で飲むのは諦めることにする。知人にLINEを送ると、終バスを逃したところだというので合流し、タクシーを捕まえてアパートに帰る。もっと話に割って入ったほうがよかったんじゃないかと駄目出しを受ける。それともう一点、知人は松鶴家千とせ師匠とMさんの話をすでに知っていたので、「Mさんが自分から話してくれたからよかったけど、あの話は絶対しておくべき話でしょ」と、こちらも駄目出しを受ける。こんな日はどこか素敵な店で飲んで帰りたいと、バー「H」に立ち寄るつもりでいたけれど、今日は水曜日だから定休日だ。しかし、水曜日ということは『水曜日のダウンタウン』が放送されている日だ。セブンイレブンでツマミと安い赤ワインと買って帰り、録画した『水曜日のダウンタウン』を再生し、オープニング曲を聞きながら小躍りする。

2月12日

 8時過ぎに起きる。疲れが溜まっているのを感じる。いつもより入念にストレッチをして、ジョギングに出る。不忍池をぐるりと走ったのち、「古書ほうろう」の移転先を確認。昨日の鳥野菜みそ鍋の残りで朝ごはん。午前中はメールのやりとりなど。明日のトークイベントに出演してもらうMさんにも、改めて連絡をしておく。昼、セブンイレブンで買ってきたかき玉うどんと筍おこわを食べたのち、「市場界隈」の原稿を書く。あまり捗らず。

 今日は珍しくテレビ番組を眺める気分になれず、安室さんのラストツアーのブルーレイを流す。今日は胃を休めなければとコーヒーは控えて、ひたすら白湯を飲んだ。17時、仕事帰りの知人と買い物に出る。セブンイレブンでえびの風味豊かなふんわり揚げを買って、スーパーマーケットと豆腐屋で湯豆腐の具材を買い求める。おやつを食べて、原稿の続きを書き、19時過ぎになんとか完成させる。

 夜、知人に作ってもらった湯豆腐で晩ごはん。最近は知人に作らせてばかりで申し訳ない。今日はお酒も控えるつもりでいたけれど、飲めないのかと思うとつまらない気持ちになり、薄めのお湯割りを飲むことにした。録画した番組を観ていると、毎週楽しみにしている『激レアさんを連れてきた。』に、つい最近目にした顔が映ったような気がして、おや、と思う。気のせいかと思ったけれど、ゲストが「ヤマシタさん」と紹介され、やはりと思う。ホホホ座の山下さんだ。楽しく番組を視聴し、続けて『月曜から夜ふかし』を再生しながら、眠りにつく。

2月11日

 8時過ぎに起きる。外から軍歌が響いてくる。アイフォーンを手に取り、昨晩届いていたメールを読み返す。『ドライブイン探訪』を献本していた脚本家のO.Yさんから、お礼のメールが届いていたのだ。嬉しいことに、「すでに書店で購入し、読み終えたところでした」とある。『S!』誌の対談取材でお会いした際に、Tさんが「はっちゃんはね、『月刊ドライブイン』ってのを作ってるんですよ」と紹介してくれたのを覚えてくださっていたらしく、書店で見かけたときに「あ、あのときのライターさんだ」と思ってくださったという。ドライブインの取材で各地を転々としているときも、テレビドラマを観て過ごしてきた。最終回が放送される日は、テレビの観れる酒場を探し、リアルタイムで視聴してきた。そのドラマには、Oさんが書いたドラマもあるので、嬉しくなる。いつかドライブインをテーマにしたドラマが作られないかと妄想を膨らませる。それは、自分が原作者になりたいなんてことではなく、そんなドラマがあれば観てみたいということ。

 12時、知人と一緒にアパートを出る。上野を目指して歩いていると、「海上海」が目に留まる。知人は中華の気分であるらしかったので、ここで食べていくことにする。牡蠣とナスとキノコの炒め物と酸辣湯麺、それにビールを注文。ほどなくして運ばれてきた炒め物を一口食べて、あまりにウマくて驚く。酸辣湯麺も美味しく、途中でビールを追加する。何より店員さんの接客が心地よい。人気店なのだろう、テイクアウトのお客さんが次々来店する。このあと上野で少し飲むつもりだからと2品しか注文しなかったけれど、ほとんど満腹になる。「とろみがあるからだと思う」と知人がやたらと話す。

 上野に到着して、「LOFT」でペンを物色する。今月17日からイタリアに同行取材し、昨年の春に書いた『手紙』の続きのようなものを執筆する予定がある。それは手書きで書くつもりなので、ひたすらペンを試し書きしてゆく。がりっとした感触が残るペンだと書きづらく、線が刺々しく感じられる。あまり太字だと、字が大きくなってしまって、書ける文字数が少なくなってしまう。色味や質感を確かめて、ユニボールシグノスタンダード0.5mm(ブルーブラック)を4本購入する。それとは別に、封筒に宛名を書くためのサインペンとして、パイロットスーパプチ(中字)耐水性のものを赤と黒一本ずつ、それに修正ペンも一緒に購入した。 

 あとは便箋だ。ただ、「LOFT」には在庫が少なく、銀座線で銀座に出る。今日は歩行者天国だ。大通りを歩いてみても、ほとんど心が高揚することはなかった。「伊東屋」に入り、便箋を探す。素敵な便箋はあるけれど、店名が刻印されているものは、今回の企画には適さない気がする。書いた便箋を、図録のようにして書籍化する可能性もあるけれど、それを考えるとサイズも問題だ。やはりあらかじめ準備したものではなく、旅先で買い求めた便箋やポストカードのほうがふさわしい気がして、何も買わずに店を出た。「三省堂書店」(有楽町店)を覗き、どこに配架されているのか探す。ノンフィクションの棚を探すも見当たらず、検索機で調べてみると、「男性ファッション」の棚に並んでいるようだ。一体どういうことかと思ってみると、やはり車関係の棚に置かれている。面陳してくれているけれど、隣は『2019年版 間違いだらけのクルマ選び』だ。せっかく新聞に著者インタビューが掲載されても、この位置では気づく人も少ないだろう。

 山手線で日暮里駅まで引き返す。「古書信天翁」を見上げて、夕やけだんだんを降り、谷中ぎんざを歩く。昨日に比べて人出が少ない。「越後屋本店」で生ビールを注文し、軒先で飲む。土曜日の新聞を買いそびれたとお母さんが言うので、プリントアウトしておいたものを手渡す。これ、貼っておかなきゃと言ってくれる。三連休の初日は雪だったけれど、「そんな日でも意外とお客さんが多かったんですよ」とお母さんが言う。せっかくだから雪見酒といって、却ってお客さんが多かったくらいだ、と。ビールを2杯飲んだところでおいとまして、移転が発表された「古書ほうろう」まで足を伸ばし、本を3冊購入する。スーパーマーケットで晩御飯を購入し、図書館で日本経済新聞(2月7日付夕刊)をチェックする。「目利きが選ぶ3冊」という欄で、速水健朗さんが『ドライブイン探訪』を少し紹介してくれている。

 夜は鳥野菜みそ鍋を知人に作ってもらって、晩酌。先日、「山添ドライブイン」を再訪したときに「荷物になって申し訳ないけど」と手土産を渡されていたのだが、その中身は日本酒だった。地元の伊賀や名張で作られた日本酒、それも大吟醸が3本も入っていた。そのうちの一本、「瀧自慢」を飲みながら、録画しておいたドラマを観続ける。

2月10日

 9時過ぎに起きる。さすがに疲れが溜まっている。11時過ぎ、知人と一緒にアパートを出て、白山にある「CoCo壱」。36歳にして、初めて「CoCo壱」に入店した。知人はカツカレーを、僕は海の幸カレーを注文する。知人が3辛を選んだので、僕は2辛にしたのだが、これが思いのほか辛かった。そしてイカだと思っていた具材がイカリングフライで面食らう。内臓が疲れているところにスパイスと揚げ物を摂取したせいで、最後のほうにはぐったりしてしまい、イカリングフライを一個知人に食べてもらう。スパイスで汗だくになって、知人は楽しそうである。

 知人と別れ、「古書信天翁」へ。お店は昨日で閉店してしまったが、今日はBOEESの皆で閉店作業を手伝うことになったのだ。到着してみると、もうすでにセトさんは本をビニル紐で縛り始めているところだ。市場に出せそうな本は縛り、市場に出せそうにない本は1階に並べて販売する。その品出しを手伝って、ムトーさんと一緒に店番。日が当たらないこともあって、なかなかの寒さだ。ほどなくして「丸三文庫」のヨーゾーさんもやってきて、二階での作業に加わる。僕はひたすら一階で過ごす。人が通りかかるたび、ムトーさんは「2冊で100円でーす」と声をかける。僕はぼんやり座ったまま、道ゆく人をひたすら観察して過ごす。

 今日は三連休の中日だ。そして、昨日と違って晴天だということもあり、谷中ぎんざはかなりの人出だ。だが、古本に目を留める人はせいぜい5パーセントだ。足を止める人ではなく、目を留める人がその割合なのだ。これはなかなかショッキングだった。古本というものはこんなにも目を留められないものになりつつあるのか。どこかドライブインに近いものを感じる。かつては皆が利用していたのに、いつのまにか時代が移り変わり、目が向けられない存在になってゆく。「そうなんだよなー、時代が変わるのはあっという間なんだよなー」とムトーさんが言う。もちろん、そこに並べてある本はセレクトの効いた本ではなく、市場に出さないと判断された雑多な本だということもある。でも、昔はそうした本を読んで過ごす時間というものがあったはずだ。

 ドライブインを取材しているなかで印象的な時間はいくつもあったけれど、その一つは、「二本松バイパスドライブイン」を訪れたときのことだ。ドライブインには古い漫画が並んでいるお店が多いが、そこにもいくつか漫画が並んでいた。トラック運転手の男性は、ふらりとお店に入ってくると、そのうちの一冊を手に取り読み始めた。その漫画は1巻などではなく、何巻目かの単行本だった。その本がすごく読みたくて読んでいるというより、ひまつぶしになんとなく手に取ったといった感じだった。今は皆、何かを読むとすれば、自分が読みたい本を選んで読むだろう。でも、トラック運転手の方は、興味があるというわけではなく、何でもいいからとりあえず読むといった感じで本を手に取っていた。昔はそのように本が読まれていて、その時代であれば、こんなふうに軒先に古本を並べていれば、もっと盛況だったのだろう。

 そんなことをぽつぽつ話していると、若い女性の二人組が足を止めた。おしゃれな二人組だ。古本に興味があるのだなあと思っていると、ひとりが棚から離れ、カメラを構えている。もうひとりは棚の前で止まっている、ポーズを取っているのだろう。写真を撮るということに対する距離感がゼロだ。これは僕より一回り下の世代に感じる強い壁だ。何かにカメラを向ける、それをアップするということに対する抵抗がほとんどないように感じる。二人組はひとしきり撮影を終えると、満足したのかどこかへ去ってゆく。

 向かいの酒屋には、軒先で飲んでいる人たちがいる。「自分がああいう店の2代目に生まれたらさ、もしかしたら小綺麗な今時の酒屋に変えちゃうのかもなって思うんだよなー」とムトーさんがつぶやく。そこにある“普通”な風景に惹かれるのは、それを外側の視点から見ているからだ。そこに生まれ育った側からすると、それは惹かれる対象ではなく、ただそうあるというものに過ぎない。「ここで何か店をやるとしたら、何をやる?」とムトーさんが尋ねる。何がいいだろう。僕ならオリジナルの型を使った人形焼的なものか、あるいは印象的な印を押した大判焼きにします、と答える。カラフルな色――できれば夕焼け色――を一部にでもあしらったものにする。夕やけだんだんの上では、多くの人が記念写真を撮ってゆく。でも、基本的に皆、手ぶらでただ写真を撮っている。でも、そこに名物があれば、それを手に写真を撮りたいと思うだろう。素材にしょうがを用いれば、「もともとこのあたりは生姜の産地として有名で」と蘊蓄も取り上げられるし、『ヒルナンデス!』みたいな番組でも取り上げやすいはずだ。そんな話をひとしきりしたあとで、ムトーさんは何をやるんですかと尋ねると、「おいらは立ち飲み屋かな」と言う。それ、自分が飲みたいだけでしょうと笑う。

 途中でおもちゃや雑貨なども追加で並べると、前より少しお客さんが足を止めるようになった。「でも、やっぱり皆、本じゃなくておもちゃなんだよなー」と武藤さんが苦笑する。ほとんどの観光客は通り過ぎてしまうけれど、ここを目指して歩いてくるお客さんもいる。閉店の情報はインターネット上でしか告知されておらず、そのまま二階へ上がっていこうとするお客さんもいる。そんなお客さんが訪れるたび、「昨日で閉店したんです。二階は閉店作業をやっていて、そこからこぼれた本をここで売ってるんです」とムトーさんが説明する。え、知らなかった。ときどき買いに来てたのに。寂しくなりますね。皆さん閉店を惜しんでいる。この界隈に引っ越してくるまではそんなに足を運んだことがあるわけでもなく、引っ越してからもときどきしか訪れていなくて、『不忍界隈』が爆発的に売れることもなく、売り上げに協力できなかった僕は、残念とか、寂しいとか、そういったことを口にできずにいる。それはすべてのお店や場所に対してそう思ってしまう。

 16時頃から近藤十四郎さんのライブが始まる。古本を並べている場所はずっと日陰になっていたけれど、ようやく日が射してくる。Kさんが二階から缶ビールを持ってきてくれて、ビールを飲みながら過ごす。17時になったところで、一階から古本を撤収する。店内に戻ると、ヨーゾーさんが窓の外を眺めている。「ここからの景色、ものすごくいいんですよ」と言う。その窓からは、日暮里駅のほうから夕やけだんだんを目指して歩いてくる人たちや、近くの酒屋の軒先で過ごす人たち、ベーゴマに興じるちびっこたちが見渡せた。まだ作業は続くようだけれど、僕に手伝える作業がないこともあり、17時半においとまする。

 17時55分、代々木駅北口に到着すると、友人のA.Iさんはもう待っていた。「ひつじや」というお店に出かけるつもりでいたのだけれども、予約で一杯だという。サザンテラスを目指して歩き、新作のDMを手にした写真撮影のアシスタントを務めたのち、「銅鑼」へ。僕はチューハイ、Aさんはハイボールを注文して乾杯。何かのきっかけで髪型の話題となり、「私もパーマをかけたりカラーを入れたりしてみたいけど、それを美容師の人に話したら、『次の公演もあるし、やめましょう』と言われた」とAさんが言う。Aさんがそんなふうに思うのかと意外に思ったけれど、それを「意外」と伝えるのは失礼であるような気がして、言葉を飲み込んだ。「キムタクのように、『どの作品に出てもキムタク』であるような存在感の人もいて、それはつまり、その人らしくあるだけで作品が成立するということですけど、でも、Aさんがやっていることは、それとは対極のことですよね」と答える。

 じゃが芋シャキシャキ炒めとポテトサラダを注文し、2杯目からは白ワインのボトルに切り替える。今月中旬から同行する予定の取材について話す。やっぱり、僕がM&Gを取材することについてはためらいもある、「また橋本さんが取材してるのね」という印象を与えてしまうと、それはM&Gに対してプラスのことにならないのではないか――そんなことを話すと、「もうそういう時代は終わりました」とAさんが言う。そのきっぱりした言い方に戸惑っていると、「そんな、『また橋本さんか』みたいなことを気にしなきゃいけない時代は、もう終わったんです」とAさんは続ける。「橋本さんにしか書けないことがあるし、少なくとも私は橋本さんにもっと取材してもらいたいと思っているから、そんなこと気にせんと、もっと橋本さんが書いておきたいと思うこと書いてや」。

 21時半に店を出る。二軒目は「イーグル」かなと思っていたけれど満席だ。いつだか訪れた沖縄料理店「かちゃーしー」に入り、残波の白をカラカラで注文。どうしてそんな話になったのか、どちらが先に死ぬかという話になり、「絶対に橋本さんより私のほうが先に死ぬ」とAさんが言う。「でも、私が死んだあとで、私のことなんか絶対に思い出さんといてや。もう、私に関することは全部記憶から消去して。思い出されるなんて絶対嫌や」。そう言いながらAさんはぽろぽろ涙をこぼす。そんなこと言ったって、作品を観た人はその姿を思い出すことがあるだろうし、僕がやっている仕事もその姿を書き残す作業ですよ。そう反論すると、「それは作品だからええねん」とAさんは言う。誰かの作品の一部として私が記憶されるのはいいけど、私自身が記憶されるのは嫌やねん、と。そう言われれば言われるほど、その言葉が記憶に残ってしまう。

2月9日

 6時過ぎに目が覚める。すぐに郵便受けに向かって、届いていた朝日新聞の朝刊を手に取る。先日受けた著者インタビューが掲載されている。こういうふうにまとまったのかとしみじみ読んだ。記者の方に「真面目」と評されたのが照れくさく、「僕のことを知っている人は、真面目とは思わないと思います。たぶんきっと、いつもお酒を飲んでいる人だって答えると思います」と返していたのだが、その言葉も掲載されている。この記事は親や祖母も読むだろうから、もっとええかっこしておけばよかったかなとも思う。しかし、こうして著者インタビューが掲載されれば、書店での取り扱いも少しは改善されるだろうか。

 なんとか二度寝しようと試みるも、あまり深くは眠れなかった。今日も少し虫刺されのような跡ができている。起きてきて朝刊を見た知人は、澄ました顔で写真を撮られているのを見て大笑いする。11時過ぎ、知人と一緒にアパートを出る。雪の予報が出ていたけれど、あまり降っていなくてがっかりする。「砺波」に入り、瓶ビールと餃子を注文。それを平らげたところで、広東麺とチャーハン、それに瓶ビールを追加する。食べ終えたところで店を出て、「平澤剛生花店」へ。平澤さんにご挨拶して、一緒に営業している「ベーカリーミウラ」でピザとビールを注文。ビールを飲み干したところで、せっかくだからと知人も一輪花を買っていた。「ラフィーラ」(アンスリューム)という銘柄の花らしかった。「いいセンスしてますね」と平澤さんに言われていて、少し羨ましくなる。

 アパートに戻ると、少しだけ昼寝をした。そんなに深くは眠れず、今日のトークイベントでどんな話をしようかと考えを巡らす。17時半にアパートを出て、小田急線直通の千代田線に乗り、下北沢へ。今日は『ドライブイン探訪』刊行記念トークイベントだ。セブンイレブンで赤飯おにぎりを買って、「B&B」。入口へと続く階段には人が列をなしている。地下二階のライブハウスで何かイベントでもあるのだろう。しかし、それにしては本を読んで待っている人が多い気がする。「B&B」に入ると、「よろしくお願いします」と店員さんたちが出迎えてくれる。「今日は寒いですし、もうすでにたくさんお客さんがお並びくださっているので、早めに開場してもよいですか?」と尋ねられ、そうか、今のは今日のイベントに来てくださるお客さんたちだったのかと遅ればせながら気づく。

 ほどなくして開場となる。お飲物を何かお持ちしましょうかと店員さんが言ってくれたけれど、もう少し考えますと伝える。赤飯おにぎりを食べていると、ゲストに出演しただく芸人のM.Nさんがいらっしゃる。お久しぶりですとご挨拶。すみません、ビールを飲んでもいいですかと確認した上で、ビールを飲み始める。19時5分、トークイベントが始まる。前の店舗でトークをしたことはあるけれど、今の店舗に移転してからは初めてだ。今日は貸切なので、キャパは105席だ。そのチケットが完売しているので、かなりのお客さんが来てくれている。そして、Mさんには10年前から何度か取材してきたけれど、トークというのは初めてなので、不思議な感じがする。途中で10分の休憩を挟んだのち、20時50分に終了。楽屋に戻り、「あっという間でしたね」と言葉を交わす。終演後はサイン会が行われた。基本的に皆さん又吉さんのサインに並ぶのだろうと、僕はビールを手にテーブルまで戻ったのだけれども、僕に「サインを」とおっしゃる方も思った以上にいて、びっくりする。

 終演後、芸人のMさんや、トークイベントを聞きに来てくれていた――そして来週金曜に「Title」で一緒にトークをしていただく――編集者のM.Hさん、同じくトークを聴きにきてくれていた友人のA.Iさん、それに「B&B」の方と一緒にごはんを食べに行くことになる。どこに入るか決めかねたまま歩いていると、「ここはどうですかね?」と芸人のMさんが立ちどまる。地下に「狸亭」というお店があるらしかった。メニューを見ると「ハイボール199円」とある。この値段の店だと客に絡まれてしまうのではと少し心配になったけれど、階段を降りてゆくと女性3人組のお客さんがいるだけで、静かに飲めそうだ。それぞれ飲み物を注文したあとで、食べ物をどうするか考える。お互いに気を遣いあってなかなか決められなかったけれど、キムチ鍋を注文した。

 「今日のトーク、すごく面白かったよ」。編集者のMさんがそう言ってくれる。「ちゃんと対談になってたし、M君の話も引き出しつつ、『ドライブイン探訪』の話もしっかりしてたし、すごい面白かった」と。編集者のMさんは、僕にとって兄貴分のような存在だと思っているので、嬉しい。ハイボールを飲みながら、Mさんが連載中の小説の構想を聞いたり、楽しく過ごす。2時間ほどで店を出て、小田急線で帰途につく。Aさんが「もう少し飲んでいきませんか」と誘ってくれたので、水道橋に出て、今日の打ち上げで少し話題に上がった「鳥貴族」に入り、お湯割を飲んだ。あれこれ話していると、「今日、(編集者の)Y.Mさんと話してて、なんで橋本さんはあんなに優しいのかって話になってん」とAさんは言う。「そしたら、橋本さんは『幸福な王子』のツバメなんじゃないかってYさんが言ってた」と。宝石を届ける話だということは覚えているけれど、一体どんな話だったか、思い出せない。話は尽きないが、早起きしたせいで眠く、「続きはまた明日話しましょう」と告げて3時過ぎに店を出る。外に出るとものすごい寒さだ。こんな日に限ってマフラーを忘れている。Aさんは歩いて帰るというので、話しながら歩く。僕が片方しか手袋をしていないことにAさんが気づく。「こんな寒いんだから、すぐ買いなよ。軍手でもいいから、手袋したほうがいいよ」とAさん。春日の交差点で別れ、寒さに震えながらアパートまで歩く。

2月8日

 8時過ぎに起きる。ストレッチをして、9時過ぎにジョギングに出る。不忍池では蓮刈りが進められている。いつもより1時間ほど遅い時間帯に走っているせいか、散歩する幼稚園児たちとあちこちですれ違う。帰りにセブンイレブンに立ち寄るも、焼きそばパンは売り切れだ。新発売だというチーズオニオンスティックを購入し、オーブンで温めて食す。ううむ。浴槽に湯を張り、風呂に入ろうとしたところで異変に気づく。さきほど掻きむしったお腹のあたりに、虫刺されのような跡が無数に出来ている。数日前から、朝目が覚めると虫刺されのような跡が数箇所出来ていて、「こんな時期に?」とは思っていたのだが、何か別の原因がありそうだ。

 湯に浸かりながら、アイフォーンであれこれ検索する。自分なりに思い浮かんだことは、ヒートテックを着てジョギングしたことだ。しかし、こうした皮膚の異常ははっきり原因がわからないこともあると知り、不安になる。タオルでこすると症状が拡大しそうなので、ボディソープを泡立てて、手で体を洗う。風呂から上がり、痒みに耐えているうちに症状が落ち着いてきて、ホッとする。早めに取り掛かっておくべき仕事がいくつかあるけれど、どうもはかどらない。身体がだるい気がする。昨日は荷物を担いだまま2万6千歩も歩き、一喜一憂したせいで疲れているのだろう。

 13時過ぎ、自転車でアパートを出る。近くの銀行で通帳に記帳する。あの出版社の原稿料はいつ頃振り込まれるんだっけかと、過去の振込から確認したのち、すき家でネギ玉牛丼を食す。僕も含めて、皆ケータイを眺めながら食事をしている。そのまま自転車で「平澤剛生花店」へ。当初の予定では2月3日が最終営業日だったが、平澤さんがインフルエンザに罹ってしまって、2月10日が最終営業日に変更されたのだった。『不忍界隈』を創刊したのは、この町に引っ越してきて、何十年と続いてきたのであろう店が多く、ここに済んでいると閉店を見届けることになるだろうと思ったことがきっかけだった。閉店が決まったあとで懐かしむのではなく、まだ営業しているうちに話を聞かせてもらておきたい、と。平澤さんにご挨拶をして、ラナンキュラスという花を買い求める。オルレアンという銘柄と、セティという銘柄の二輪。また明日も遊びにきますと告げて、店を出る。

 17時にアパートを出る。明日で閉店する「古書信天翁」をのぞく。Kさん、それにムトーさんが店番しているところだ。棚をじっくり眺めて、町村敬志『越境者たちのロスアンジェルス』とダグラス・ブリンクリィ『マジック・バス アメリカ文化を走る』を購入する。半額で1000円だ。そのまま帳場に通していただき、買ってきた缶ビールを飲みながらぼんやり話す。いただきものだという酔心の一升瓶も出していただき、皆でちびちび飲んだ。ほどなくして、新しく買い求めたスーツを受け取りに行っていたサキ先輩も帰ってくる。散髪も済んで、すっきりした髪型になっている。20時に営業を終えて、せっかくだからと皆で「為食天」に飲みに行く。あとからセトさんも合流して、楽しく飲んだ。ずいぶん久しぶりにフィルムカメラを持ち出し、何枚か撮影。途中で酔っ払ったこともあり、一足先に帰途につく。

2月7日

 7時過ぎに起きる。部屋からおじさんのにおいがする。おじさんが宿泊したのだから当たり前かと笑いつつ、窓を開ける。そこには通天閣が見えた。前に宿泊したときは窓を開けるなんてことは一度も考えなかった。ストレッチをしてジョギングに出ようとしたところで気づく。ジョギングシューズは持ってきたのに、ハーフパンツを忘れてしまった。テレビを眺めつつ、昨日の取材で撮影した写真を整理しておく。10時にホテルをチェックアウトして、動物園前から地下鉄に乗る。ホームの壁にはライオンが描かれている。少し前に大阪メトロのリニューアルが話題になっていたけれど、このライオンも姿を消してしまうのだろうか。難波に出て、コインロッカーに荷物を預けたのち、なんばウォークを歩く。甘い匂いが漂っている。喫茶店が何軒もある。少し先にルノワールの絵が飾られている。喫茶店の並びによく似合うという感じがする。

 まずは「ブックファースト」(なんばウォーク店)を覗く。なんばウォークを歩いていた時点でなんとなく察していたけれど、新刊台には置かれていなかった。地下街の書店だから、それはそうだろう。一冊だけ旅・紀行のコーナーに差されているのを確認し、店をあとにする。地上に上がると、新歌舞伎座だった場所に、かつての風情を残したふうの建物が完成しつつある。残したふうなだけで、まったく風情は残っていないように感じる。角打ちではお酒を飲んでいる人を見かけた。朝食がまだだったことを思い出し、「わなか」でたこ焼き8個入りを食す。たこ焼きはうまいが、店内でクレームの電話を続けている人がいて、気分が悪くなる。

 なんばシティの地下にある「旭屋書店」(なんばシティ店)へ。かなり広いお店で、ここならきっとあるだろうと期待が膨らむ。新刊台――には並んでないか、それならばとノンフィクション棚を探すも見当たらず、旅・紀行のコーナーにも並んでいなかった。検索機で探してみると、車関係の棚に2冊差してある。もちろん自動車好きの人にも届く本ではあると思うけれど、隣に並んでいるのは『自動車エンジンの本』だ。一体どうしてここに並べられたのだろう。くじけずに店員さんに話しかけ、明後日の朝日新聞に著者インタビューが掲載されますのでと伝える。にこやかに対応してくださる。

 続けて、「丸善」(高島屋大阪店)へ。百貨店の書店というと上層階のイメージがあるけれど、ここも地下に入っている。おばさま達が「いつのまにかこんなにオシャレになって。最初わからんかったわあ」と話し合っている。店内にはテーブル席まで用意されている。さて、どこに並んでいるかと店内をぶらついてみたけれど、事件・社会問題の棚はあるけれど、いわゆるノンフィクションの棚が見当たらなかった。文学の棚も、総合誌や文芸誌の棚も店内の一番奥、トイレの手前にひっそり並んでいる。何かが滅びつつあるのを感じる。文芸評論の棚もあるけれど、半分はエッセイだ。僕が本を読み始めた頃は、もっと充実していたし活気があった――そう感じるのは過去を美化しているだけなのだろうか? ここでは一冊も見つけることができず、そっと店を出る。

 とぼとぼと御堂筋を歩き、「スタンダードブックストア」。扉を開けてすぐ、新刊台に並んでいる姿が目に飛び込んでくる。しかも目立つようにスタンドで立ててくれている。しみじみ嬉しい気持ちになる。レジにいた店員さんに挨拶して、『月刊ドライブイン』を扱っていただいていたお礼と、著者インタビューのことを伝える。難波駅に引き返し、荷物を取り出して近鉄に乗り、大和郡山へ。初めて訪れる街だが、結構栄えている。昔ながらの商店街が残っていて、呉服店や布団屋、招き猫が並んだ陶器店、サクマドロップスを売っている和菓子屋、遠くに銭湯の煙突が見える。この街に「とほん」という本屋さんがあると知ったのはつい最近のことで、『ドライブイン探訪』を入荷したことをツイートしてくれていたのだ。

 お店の前に到着してみると、シャッターが半分降りている。今日は定休日だったようだ。どうしようと途方にくれていると、「何かお探しですか?」と中から声が聴こえる。定休日だが、明日から始まる展示に向けた準備をしていたらしく、迎え入れていただく。「3冊しか仕入れられなかったんですけど、昨日もう2冊売れました」と言ってくださり、嬉しい限り。便箋を2セット購入し、また改めてお邪魔しますと伝えて店を出る。JR郡山駅に出て、セブンイレブンで西日本味のどん兵衛(特盛)を購入し、駅前のベンチで啜る。大和路線に揺られて大阪駅にたどり着く頃には、14時半になっている。

 まずは一番近い場所にある「梅田 蔦屋書店」へ。結構な賑わいだ。荷物が重く、検索機で場所を調べる。「国内紀行」に1冊だけ差さっている。大阪で大きな書店を巡ってきたけれど、「スタンダードブックストア」をのぞくと、まだ4冊しか見かけていない。あれだけの売り場面積の中で、4冊か。その一方で、「とほん」が3冊仕入れてくれて、良い場所に並べてくれている。そのギャップにくらくらする。『月刊ドライブイン』を出していたときに感じたのは、全国に新しい書店が増えているということ。比較的こじんまりした規模ではあるけれど、自分が気になった本を取り寄せて並べているお店。そういったお店の方達が『月刊ドライブイン』を発見してくれたり、『ドライブイン探訪』を大きく扱ってくれたりしている。営業にまわるのであれば、大型書店ではなく、そういったお店をまわるべきなのかもしれないけれど、でも、大型書店にも期待してしまう。それは「売れてほしい」というよりも(いや、もちろん大いに売れて儲かると次の取材に繋げられるので嬉しいけれど)、普段はあまり本を読まない人にも届くといいなと思っているし、届く本だと信じているということでもある。

 背負っている荷物が余計に重く感じられる。北新地を抜けて南へ歩く。胡蝶蘭で溢れ返った花屋さんが目に留まる。「ジュンク堂書店」(大阪本店)に入る。『HB』を出したときに営業に訪れたときのことが思い出される。検索機で調べてみると、国内ノンフィクション棚に9冊並べられていると判明し、少し嬉しくなる。隣りは清原和博の『告白』、その隣りは『辺境の路地へ』。おそらく担当は違うようだけれども、近くで作業をされていた店員さんに声をかけ、著者インタビューのことを伝える。担当に伝えておきますと言ってくださる。「大阪 京都 神戸の いま行きたい本屋70」という特集を組んだ『SAVVY』(2018年12月号)と、今日発売された『文學界』を買い求める。僕の書いたルポが掲載されているので、アパートにも届いているだろうけれど、川上未映子さんの長編小説を早く読みたいということと、大阪で買っておきたいように感じて、ここで買っておく。

 迷宮を探索しているような気持ちで地下街を歩き、阪急三番街にある「紀伊國屋書店」(梅田本店)。検索機で調べると、国内紀行の棚に、2冊ぶんの場所を使って平積みしてくださっている。お問い合わせカウンターにいた方に著者インタビューが掲載される旨を伝える。時計を確認すると15時35分だ。大阪駅に急ぎ、新快速で京都駅に出る。改札近くのコインロッカーに荷物を預けたのち、銀閣寺方面のバスに乗る。拝観時間の終わりが近づいているせいか、かなり空いている。法然院町でバスを降りて、「ホホホ座」へ。入ってすぐの新刊台に並べてくださっている。それとは別に、文学の棚にも一冊並んでいる。店主の山下さんが、新刊台に並べたあとで、少し考えてそこにも差してくれたのだろう。その時間が想起されて、胸が一杯になる。何冊か本を買ったところで、山下さんにご挨拶。「『月刊ドライブイン』を読んでいたときに気になってたんですけど、あれは事前に取材を取り溜めてあったんですか、それとも実際に、毎月取材に行かれてたんですか?」と尋ねられる。実際に毎月行ってましたと答えると、「その熱量はすごいですよね、本当に。それは何に突き動かされてたんでしょうね?」と山下さんが言う。何に突き動かされていたのか、自分でもわからない。

 バスに乗って平安神宮まで引き返し、「京都岡崎 蔦屋書店」へ。ロームシアター京都で公演を観たあとに立ち寄ったことがある店でもあり、ZINEのフェアを組んだときに『月刊ドライブイン』を取り扱ってくれた店でもある。だが、検索機で調べてみると、『ドライブイン探訪』は並んでいないようだった。店員さんに話しかけ、『月刊ドライブイン』を扱っていただいていた旨を伝え、それが一冊にまとまり、明後日には朝日新聞に著者インタビューが掲載されることを伝える。でも、「それが何か?」といった反応しか返ってこなかった。忙しくて応対している暇がないといった様子でもなかったので、動揺する。後日資料を郵送してくださいと一人の店員さんが言い、「誰宛に送ってもらおうか?」ともう一人の店員さんと相談している。単行本にまとまったのだと現物を手に説明したものの、雑誌担当の店員さんの名前を伝えられる。資料を送ることはないだろうなと思いつつ(刊行前の本ならともかく、出版後に著者から資料を送ることもないだろう)、店を出る。

 なんだかとてもがっかりした気持ちだ。知人とLINEでやりとりしながら、呪詛の言葉を書き連ねる。もう何軒かまわるつもりでいたけれど、もう飲んでしまおう。18時20分に「赤垣屋」にたどり着くと、ちょうど二人のお客さんが帰るところだ。その席に入れ替わりで座り、まずはビールを注文する。それを飲みきってホッとしたところで、熱燗とおでんを頼んで、ぼんやり過ごす。徳利を3本飲んだところで会計をお願いして、ほくほくした気持ちで閉店間際の「誠光社」を覗く。棚をふたまわり眺めたけれど、僕の本は見当たらなかった。もう新幹線に乗ってしまおうかと思いつつも、もう一軒だけと「丸善」(京都本店)に足を運んだ。ここでは文芸棚に面陳してくれている。同じ並びに置かれている本は後藤正治『拗ね者たらん 本田靖春 人と作品』、ロバート・ホワイティング『ふたつのオリンピック』、リン・ディン『アメリカ死にかけ物語』だ。ここでも著者インタビューの旨を伝え、タクシーに乗って京都駅を目指す。

 21時に京都駅に到着して、急いで荷物を取り出す。アサヒスーパードライのロング缶を2本手に取り、おつまみかまぼこと一緒に買い求め、新幹線に飛び乗った。1本目を飲み干したあたりで、車内販売が通りかかる。赤ワインを購入すると、テーブルの上ではなく、座席ポケットのところに突っ込まれる。なんだ、すぐには飲まないと思っているのか、この缶ビールだってすぐに飲み干して赤ワインを飲むつもりなのに――そう思っていたはずなのに、すぐに眠りに落ちてしまい、赤ワインを開ける前に東京にたどり着く。