2月13日

 7時に目を覚ます。7時半になると知人のアイフォーンからアラームが鳴り、知人も目を覚ます。「ぽろんぽぽろんぽぽろんぽぽろんぽ」とアラームの音を歌って、知人はひとりでスヌーズしている。シャワーを浴びて、入念にストレッチ。まずは昨晩届いていた取材依頼などに返信。昨晩書き上げた原稿を読み返し、添え状を作り、郵便局から発送する。アパートに戻ると、今日の夜のトークイベントでどんなことを話そうか考えて、メモを作っておく。なんとなくつけていたテレビでは、『スッキリ!』の占いコーナーが放送されている。それが目に留まった瞬間から嫌な予感はしていたけれど、12月生まれは最下位だ。それだけならともかく、「意思の疎通がうまくいかない1日…根気強く取り組もう」と、今日のイベントを見透かしたような占いで、少し動揺する。

 12時半、セブンイレブンの中華丼を食す。今夜のメモを完成させたのち、週刊『A』から依頼された原稿を書く。1時間ほどで完成。別パターンの原稿も書いて送るつもりでいたけれど、書き始めてみるとそちらはうまく書けず、そもそも「2パターン書いて欲しい」と依頼されたわけでもないので、1パターンだけで送信した。テレビで池江選手の話題で持ちきりだ。その流れでオリンピック担当大臣の発言も紹介されている。いくらなんでも酷い発言だ。

 今の政権になってからというもの、いよいよ言葉が崩壊しつつあるように感じる。それは政治家の放言が酷いなどという話ではない。放言なら昔からある。そういうことではなく、言葉が通じないという感じがする。もちろん政治家がひとりひとりの声に耳を傾けるなんてことはいつの時代だってないだろう。でも、そこには何かしらの身振りがあったように思うのだ。以前、どこかの農家が政治家――それは民主党政権時代の話で、大臣を務めていた政治家だったように記憶している――に嘆願書を渡そうとする場面をドキュメンタリーで見た。その嘆願書を受け取ると、それに対応しなければならないということで、SPたちが行く手を阻んで、その政治家も視線を逸らし続けていた。その身振りには、無視せざるを得ないという呵責が滲んでいたように思う。でも、今の政権になってからというもの、そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか、と笑顔で返されてしまう恐ろしさがある。

 メールをチェックすると、『S!』誌から書評の依頼が届いていた。書棚を眺めてみたけれど、直近に刊行された書籍の中で、書評欄で取り上げさせてもらえそうな本は見当たらなかった。「往来堂書店」に足を運んで考えてみたけれど、締め切りのことを考えると、読んで執筆する時間はなさそうだ。ほどなくして電話がかかってきたので、お力になれず申し訳ありませんとお詫びする。アパートに戻り、来月に予定しているトークイベントの告知文を考えて、メールで送信。ジャケットにスチームアイロンをかけ、髭を剃り、17時半に再びアパートを出た。時間帯のせいかバスの進行が遅く、そわそわしながら車窓を眺める。18時15分、バスは終点の浅草寿町に到着する。セブンイレブンで赤飯おこわを買って、食べながら「Readin’Writin’BOOKSTORE」へと走る。店の外にはもう開場待ちのお客さんがいる。中に入ってみると、今日のゲストのM.Sさんはすでに到着されていて、どこに椅子を置いてトークをするか試している。

 椅子の位置と客席の配置が決まったところで、18時半、開演まで近くの酒場で過ごそうと飲みに出る。徒歩1分の場所にある「福や」に入り、キリンラガーで乾杯。まぐろのぶつ、それにあさりの酒蒸しをMさんが注文。「もう何回かトークイベントをやっとるんやろ?」とMさんが言う。まだ一個だけですけど、先週、芸人のMさんと「B&B」でトークをしましたと伝える。「ああ、毎回今日の場所でやるとかじゃないんだ?」とMさん。どうして浅草でトークをすることになったのか、「吉祥寺とかじゃなくて浅草なんだ?」とMさんが笑う。これまで『月刊ドライブイン』を扱ってくれていたお店の何軒かはトークイベントを開催できるスペースがあって、「もしよければうちで」とお声がけをいただき、そこで開催している旨を伝える。そして、浅草でトークをするのであれば、真っ先に浮かんだのがMさんだったこと、前に何度か浅草で飲んだときのことが印象的だったことを伝える。

 Mさんは「そうか」とつぶやいてビールを飲み干すと、「このあとトークと、歌うわけやからな」と言いながら、メニューを眺める。しかし、やはり日本酒が合うと思ったのか、「この、広島の本醸造を熱燗で頼もう」と言う。それと一緒に赤貝の刺身も追加する。そんなに貝は好きでもなかったけれど、魚を捌く動画見るのが好きで、そこで赤貝の動画を見て、近所の寿司屋で注文したところ大層ウマく、最近はよく注文するのだという。今日の夕方頃、Mさんは「現在レコーディング中」とつぶやいていたので、そのあたりの話も伺う。ベーシストが変わり、Mさんが入ってからというもの、客席から観ている印象としてはバンドの雰囲気が変わったように感じると伝えると、「それは、変わるね」とMさんが言う。「雰囲気も変わるし、それによって浮かんでくる曲ちゅうのもある。振り返ってみれば、ドラムがAさんになったときも、すぐにマキシシングルを出して、ベースがY.Iになったときもすぐに『I D W B W Y』を出してるわけで。今回も、Mが入ったことで、その体制になったサウンドをレコーディングしようってことになったわけよな」。

 熱燗を2本飲んだところで19時半、開演時刻だ。お手洗いを済ませて、水を一杯飲んで、店を出る。会計はMさんが支払ってくれた。近くのセブンイレブンでMさんはフリスク的なものを購入して、口をすっきりさせ、会場に戻る。もうお客さんが一杯になっている。少し気圧されつつ、そのまま席に座り、「記憶を探す、街を彷徨う」と題したトークイベントが始まる。あ、そうか、マイクがないのかと気づく。「今日はお越しくださってありがとうございます」と説明を始めながらも、これはもしかすると、後ろの席には声が届いてないのではと焦る。「あの、僕はあんまり声が大きくないんですけど、聞こえてますかね」と言うと、やや後方に座っているムトーさんの顔が目に入る。少し眉間にしわを寄せて、大きく首を振る。マイクがないので、声を張る必要があり、細かくMさんの話に相槌を打ったり割って入ったりするのではなく、僕がある程度話してそれを渡して、それに対するMさんの答えをじっくり聞く。僕が質問を向け始めると、Mさんはじっくり聞いて、答えてくれる。朝の占いに動揺していたけれど、それは杞憂に終わる。聞きたいことをひとしきり聞き終えたあたりで、「今どれぐらい経った?」とMさんが言う。店主のOさんに尋ねると、ちょうど1時間ちょっと経過したところだ。「じゃあ、ちょっと休憩を入れよう」とMさんがおっしゃって、休憩となる。

 ビールを追加で注文しようと思ったのだが、もう在庫がなくなってしまったらしかった。外で煙草を吸っていたMさんに「ビール、まだ飲みますか」と尋ねて、コンビニまで走り、アサヒスーパードライを3缶購入する。僕が走って戻ってくるのを観て、Mさんがフハハと笑う。20時50分、ギターケースからギターを取り出し、チューニングを合わせ始める。ここからはもう、僕もひとりの客のようなものだ。缶ビールを開けて、一つはMさんに手渡し、一つは自分で飲み始める。今回のトークイベントは、「1時間ほどトークをして、そのあとで2、3曲歌っていただけたら」と図々しいお願いをしていたのだけれど、Mさんは2、3曲どころか8曲も歌ってくれた。それも、今日のトークイベントのテーマとリンクする曲たちだ。そして、途中で松鶴家千とせ師匠の話を語ってくれる。その話は、今日のトークで持ち出したいと思いながらも、結局聞けずじまいになっていた話だった。普段Mさんのライブを観るときは、バンドであれ弾き語りであれ、後ろのほうの端っこで観る。それが今日は、目の前の特等席だ。こんな贅沢な時間があるだろうかとしみじみした気持ちに浸りながら、缶ビールを呷り、耳を傾けた。

 21時半にイベントは終了となる。ありがたいことに『ドライブイン探訪』を買ってくださった方も多く、サインを求める列が出来て、不思議な気持ちになる。宛名を聞き、誤字があると恐ろしいのでそれを手の甲にメモして、宛名を書く。何人か友人が来てくれていたはずだが、サインが終わる頃にはお客さんは誰もいなくなっていた。Mさんにお礼を言って見送り、店主のOさんにもお礼を述べる。もしかしたらMさんと飲みに行くかなと思っていたけれど、さて、どうしよう。友人にメールを送ってみたところ、もう帰ったとの返信があり、浅草で飲むのは諦めることにする。知人にLINEを送ると、終バスを逃したところだというので合流し、タクシーを捕まえてアパートに帰る。もっと話に割って入ったほうがよかったんじゃないかと駄目出しを受ける。それともう一点、知人は松鶴家千とせ師匠とMさんの話をすでに知っていたので、「Mさんが自分から話してくれたからよかったけど、あの話は絶対しておくべき話でしょ」と、こちらも駄目出しを受ける。こんな日はどこか素敵な店で飲んで帰りたいと、バー「H」に立ち寄るつもりでいたけれど、今日は水曜日だから定休日だ。しかし、水曜日ということは『水曜日のダウンタウン』が放送されている日だ。セブンイレブンでツマミと安い赤ワインと買って帰り、録画した『水曜日のダウンタウン』を再生し、オープニング曲を聞きながら小躍りする。