6月19日

 7時過ぎ、カメラを片手にホテルを出て、工事中の場所や、空き店舗になっているところ、古い看板を写しておく。小学生が登校してゆく。せんべろをやっている魚屋で、登校前のこどもがテレビを眺めている。「上原パーラー」は惣菜を台に並べ始めている。ジューシーおにぎりができるのは9時頃だというので、「セブンイレブン」(新天地浮島店)でたっぷりハムとタマゴのサンドとアイスコーヒー(L)を買う。ぼくが代金を支払っているあいだ、すぐ後ろに若者が並んでいた。間隔を空けて並ぶことに慣れているので、その距離にはっとする。7時55分、公設市場に立ち寄る。換気のためか、ガラス戸が開け放たれている。外からは中の様子が見えにくいガラスなので、戸を開けていると中の様子がはっきり見える。ホテルに引き返し、朝食。RBCをつけると『グッとラック!』が流れている。相変わらず「移動が解禁」と報じている。思わず「馬鹿が」と言ってしまう。移動するもしないも、その日にちまで国に決められる謂れはない。ぼくからすれば、近所のコンビニに出かけるのも、こうやって沖縄までやってくるのも、外に出るという点では同じことだ。

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 ケータイにちょこまか通知が届く。昨日のツイートが何度もリツイートされる。普段ぼくのツイートを読んでいる人たちに向けて「どう思う?」と伝えたかっただけなので、君らは誰や、リツイートしてないで自分でひとつひとつ考えてくれよという気持ちになる。11時45分、シャワーを浴びて部屋を出る。ロビーにはスーツケースを脇に置いた二人組がいる。半分寝転がってケータイをいじっていて、ロビーのソファーでそんなにリラックスできるものかと感心する。仮設市場へと続く坂を下ってゆくと、いつもこの坂で見かける茶トラが建物に向かって鳴き続けている。餌をねだっているのだろうか。「市場の古本屋ウララ」で少し立ち話。「上原パーラー」で300円のお弁当を、「セブンイレブン」(新天地浮島店)でオリオンビールを買って、パラソル通りで食べる。食事を終えると、パソコンを広げて原稿を書く。

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 ここに座っていると、いろんな会話が聴こえてくる。近くのテーブルには、オリオンの発泡酒を飲みながらラジオを聴いている二人組がいる。移動が「解禁」され、旅行客を乗せた飛行機が那覇空港に到着したと報じられている。「さっそくきてるよ」とひとりが笑う。「ビジネスはいいけど、観光は困るね」ともうひとりが言う。近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいるお客さんが、「明日から大変よ。ヤマトからいっぱいくるって。当分こっちは通らないようにしようね」と話しながら笑っている。それを受けて、また別の誰かが「怖いね。ナイチャーが通ったら、こっちはもう座らない」と言う。ぼくはオリオンビールを着て、その会話を聴いている。これは、なかなかに大変な時代になりそうだ。はっきり書くがこれは差別だ。「これまでヤマトが沖縄にしてきたことを考えろ」と言われるかもしれないが、それとこれとは別だ。ここでは5月に入ってから新規感染者は出ていないのだから、「外から持ち込まれさえしなければ、もう感染者は出ない」と思うのは仕方のないことだけれども、それと「内地からやってきた人を、その人が内地に住んでいるという理由で避ける」というのは別の話だ。しかし、どんなに「差別は駄目だ」と言ったところで、その感情は広がってゆくだろう。

 「大変な時代になりそうだ」と思ったのは、それとは少し別の問題もある。「当分こっちは通らないようにしよう」「ナイチャーが通ったら、こっちはもう座らない」と言っていたのは、普段からまちぐゎーで過ごしている人たちであるはずだ。この界隈は、この20年のあいだに、地元客よりも観光客で賑わう場所になった(そのことに対して「地元相手の商売をしていない」と批判する声もある)。これからきっと、また観光客がやってくるようになるだろう。そうして観光客が集まる場所を、沖縄に暮らす人たちはきっと遠ざけるだろう。「あのあたりは観光客が多いから、行ったらコロナを移される」と。那覇から離れた場所に暮らす人たちは、余計にそう感じるだろう。でも、まさにまちぐゎーの中で過ごしている人たちがそう感じているのだとしたら、いよいよこの場所は遠ざけられることになる。だとしたら、これからこの一帯はどうなってしまうのだろう。那覇にくるまで、ぼくは「まちぐゎーに再び地元客がやってくる時代が到来するかもしれない」と感じていた。観光客が減った今こそ、地元の人たちも楽しめる場所になっていくチャンスではないか、と。でも、このままでは、地元と観光の分断がより一層進んでしまう。

 13時50分、仮設市場の様子を眺める。2階は各店舗を合計すると10組くらいのお客さんがいる。これでも前に比べれば空いているほうだけれども、昨日に比べるとちょっとだけ戻ったほうだ。2時間ほどホテルで原稿を書いたのち、もう一度仮設市場の様子を眺めにいく。1階にはまだお客さんが少なかった。グループ客が1組だけいて、肉屋の前でなにやら盛り上がっている。ぐるりと歩き、新天地市場中央通りに出る。通り会が消毒を呼びかける貼り紙を配ってまわっている。婦人服の店の店頭に布マスクが並んでいるのが目に留まる。5月にネット通販で買った布マスク、ゴムがだるだるになってしまっているので、ここで買っておく。おまけも入れておきましょうね、と店員さんが言う。あとで取り出してみると、塩飴が2個とポケットテッシュが小さな袋に入れられており、そこには「本日はお買い上げ頂き、誠にありがとうございました。またのご来店心よりお待ちしております」と手書きのメモまで同封されていた。

 市場中央通りを歩いていると、「市場の古本屋ウララ」に研究者のAさんの姿があり、挨拶して少しだけ立ち話。16時過ぎ、ひとりで「パーラー小やじ」のカウンターに座り、墨廼江を注文し、福田和也乃木希典』を読み返す。昨日もここで本を読みながら飲んでいた。今日の読んだ本も、今日の本も、びっしり付箋が貼ってある。墨廼江を2杯飲んだところで会計をお願いすると、店員さんが「その付箋って、どういうところにつけてるんですか?」と尋ねられたけれど、そうやって話しかけてもらえると思っていなかったのでうまく答えられなかった。ホテルに引き返し、原稿を書き進める。この調子なら明日には書き終えられそうだ。

 20時15分、ホテルを出る。ゆるゆると歩く人たちの姿。「これ、短パンやなかったら死んでたな」という声が聴こえてくる。国際通りの入り口まで歩く。あかりが灯っているのは2割程度だろうか。客引きの女性から声をかけられたワイシャツ姿の二人組が、するすると階段をあがり、二階の居酒屋に入ってゆく。営業しているお店はそれなりにお客さんが入っている。県外からの客がほんの少しだけ戻ったけれど、まだ制服姿の高校生が多く目に留まる。市場のあたりに引き返すと、せんべろの店はどこも大賑わいだ。今日は金曜日だからというのが大きいのだろう。このタイミングでわざわざ那覇を訪れる観光客はきっと、リゾートを満喫しようとするだろう。わざわざ那覇の路地にあるせんべろで飲むだなんて、そんなシブい選択をする人も少ないだろうから、きっと地元のお客さんのほうが多いのだろう。

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 21時、「うりずん」へ。ここはガイドブックにもよく掲載されているので、今日から観光客が増えるかと思っていたけれど、思ったほどの賑わいではなかった。白百合を2合飲んで、22時、「東大」の扉を開ける。「あ! 昨日、『片付けるから待ってて』って言ったでしょ!」と怒られる。3回も探しに行ったんだからと言われて、謝る。今日は貸し切りだ。おでんを注文して、残波の水割りを飲んだ。他にお客さんがいなかったから、ここ数年のお店のこと、話してくれる。ある時期からそんなにお客さんを呼ばないように営業をされているように感じていたけれど、なるほどそういうことだったのか。ボトルを飲み干して、新しいボトルを入れて会計をお願いする。ここはいつも帰り際に飴を2個くれるのだけれども、今日は4個も手渡してくれる。

6月18日

 9時、洗濯物を抱えてホテルを出る。浮島通りにあるコインランドリーに入ってみると、洗濯から乾燥まで、まとめてやってくれるマシンがある。いいじゃないかと値段を確認すると、洗濯+乾燥は「60分1200円」とある。1200円て。結局「金壺食堂」の近くにあるコインランドリーまで歩き、200円を投入して洗濯を始める。残り時間が「38分」と表示されたので、ケータイでタイマーを設定しておく。「上原パーラー」でじゅーしーおにぎり2個入り(150円)を、セブンイレブンでアイスコーヒーを買う。ここには除菌スプレーが置かれておらず、ポケットから自分のを取り出して擦り込んだ。浮島通りの電柱に、張り紙があることに気づく。通りの歩道にある花を模したブロックの柄が約2メートル感覚で配置されているので、そのぶん距離をとるようにと呼びかけたものだ。

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 パラソル通りでパソコンを広げ、日記を書く。次第に日差しの角度が変わってきて、首がじりじり焼かれる。タイマーが鳴ったところでパソコンを閉じて、コンランドリーに戻ると、まだ残り「3分」と表示されている。このタイプの洗濯機は、いつも時間がゆっくり進む。乾燥機に移し、200円入れて、再びパラソル通りで日記を書く。乾燥が終わり、ホテルに引き返すころにはもう汗をかいていて、今日2度目のシャワーを浴びる。洗濯機がないホテルは不便だ。残りの滞在日数を数えて、もう洗濯せずに済ませられないかと、持ってきたTシャツの数を数えてみる。Tシャツは替えがあるけれど、火曜日、帰京してそのまま読書委員会に参加しなければならず、そこに汗くさいズボンを履いていくわけにはいかないから、もう一回は洗濯する必要がありそうだ。

 昼は「上原パーラー」で買っておいたネパールカレーを食す。昼はホテルで原稿を書いて過ごす。16時半、界隈の様子を眺めに出る。仮設市場を覗くと、7割の店がもう閉まっている。界隈には少しだけ(ほんとに少しだけ)観光客が増えつつあるような感じがする。コンビニで新聞をコピーする。先日Uさんからもらった、「まちぐゎーひと巡り」が掲載された琉球新報。3月27日付のもので、一面トップには「知事 旅行自粛を要請」と見出しが打たれている。このコピー用紙を渡して取材依頼をしたかったけれど、お店が賑わっていたのであきらめる。「上原パーラー」で天ぷらを2個買って、引き返す。冷やしてあったオリオンビールを取り出し、開ける。オリオンビールはつい最近リニューアルされたらしく、今は新旧両方が店頭に並んでいるから、飲み比べてみることにする。コップに注ぎ、今後に飲んでみる。キンキンに冷えていて、ウマイという感想しか浮かんでこなかった。

 テレビをつける。RBCでは『Nスタ』が放送されていて、「明日から県をまたぐ移動が可能になるわけですが」と、パネルをつかって説明している。「バスツアーも“新様式”」「国内旅行“可能”に」という見出しとともに流れたVTRでは、「観光バスの換気能力テスト」の映像が流れる。外気を取り込むエアコンを設置することで、煙で真っ白になっていた車内が、5分ですっかり換気される映像だ。しかし、最初の3秒だけは通常の速度で再生され、そこから5分近くを早送りし、最後の数秒だけまた通常の速度で再生される。ニュース番組で5分まるごと流すことはできないのだろうけれど、再生速度が途中で変化するせいで、全体を早送りするよりもスピーディーに感じられる。今のは大丈夫なのかと思っているうちに、画面が切り替わり、官邸からの中継が始まる。総理大臣が記者会見をおこなうらしかった。

 画面には赤と黄色に彩られた大きなテロップが表示され、「速報」「県境越える移動“解禁”へ」と書かれている。会見の冒頭で総理大臣は、「先般改定した基本的対処方針にのっとり、明日、社会経済活動のレベルを、もう一段引き上げます。具体的には、都道府県をまたぐ移動については、一部の首都圏や、北海道のあいだも含めて、制限がなくなります」と語った。何を言っているんだお前は。お前はいつ「移動」を「制限」していたんだ。日本がロックダウンに踏み切れなかったのは、憲法二十二条が定める「移動の自由」に抵触することが大きかったはずだ。都市封鎖がおこなわれていたわけではなく、あくまで「自粛」を「要請」するという、おかしな日本語がまかりとおっていただけなのに、「制限がなくなります」とはどういうことだ。そして、その言葉遣いにメディアが違和感を表明することなく、「”解禁“へ」と報じる。大本営発表の時代と何が違うというのか。

 どうしても怒りがおさまらず、原稿を考えられそうにもないので、18時にホテルを出る。ロビーに何組かお客さんの姿があった。このホテルに滞在し始めてから、他のお客さんの姿を目にするのは初めてだ。「パーラー小やじ」の前を通りかかると、わりと空いていたので、カウンターに座って墨廼江を注文。席ごとに携帯用の除菌スプレーが置かれていたので、手に擦り込んでおく。ここはオープンエアーな酒場で、猫が通りかかる。それを見かけたお客さんが、「名前はあるんかな」と言う。「名前はないんじゃないですかね?」と店員さん。「じゃあ、小やじにしたら」とお客さんは笑う。のどかな時間が流れている。こどもたちの叫び声が響く。露地で遊びながら駆け回っていて、パンツ一丁の男の子の姿もあった。こんな風景、今まで目にしたことがなかったような気がする。今は観光客がほとんどいないから、こんな時間が流れているのだろうか。「昔はまちぐゎーが遊び場だった」と、いろんな人から聞いたことを思い出す。こんな風景は、もうすぐ見られなくなってしまうのだろうか?

 墨廼江を2杯、シークヮーサーモヒートを1杯飲んで、栄町市場を目指す。20時、「うりずん」に入り、白百合を2合注文する。何組かお客さんの姿があるけれど、それなりに距離を保って座れる程度だ。しかし、今は地元のお客さんのほうが多いから、他のお客さんがマスクせずに話していても気にならないけれど、観光客が戻り始めるとそうもいかなくなるだろう。明日以降はもう、ワクチンが完成し行き渡るまでは飲みに出られないかもしれないなと思う。白百合を飲み干したところで店を出て、「東大」をのぞく。昨日までとは違って忙しそうなので、今日はあきらめることにする。暴力的なものが食べたくなって、浮島通りのセブンイレブンに立ち寄り、豚骨ラーメンを買ってホテルに引き返す。

6月17日

 6時に目を覚ます。ゲストハウスに滞在しているときも、今回のようにホテルに泊まっているときも、朝はいつもぐずぐずケータイを眺めて過ごしてしまう。9時45分になってようやく外に出る。てんぶす那覇の前にある広場はがらんとしている。その広場に立つと、大型ビジョンに自分の姿が映し出されるから、いつも誰かがそこに立っていたのに。今は大型ビジョンも真っ暗だ。10時ちょうどに、カネコアヤノさんが「一番好きなハンバーガー屋さん……」とツイートしていた「BABY BABY」(牧志店)にたどり着く。表に「HUMBURGER & BOOKS」の文字がある。どうして今までこのお店のことを知らなかったのだろう。さんざん歩いた気になっているけれど、見落としているものはたくさんあるのだと思い知らされる。

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 扉を開けようとすると、鍵がかかっている。早く来すぎたかもしれないなと思っていると、店員さんが扉を開けて、中に入れてくれる。ハンバーガーのコンボとオリオンビールを注文。ハンバーガーが焼き上がるのを待ちながら、本棚を眺める。そこに青柳いづみさんが表紙の『en-taxi』があり、自分が関わっていた雑誌があることに嬉しくなる。15分ほどでハンバーガーが運ばれてくる。コンボにはマッシュポテトとかりかりに焼いたベーコンがついてくる。豪華な朝食だ。最初のうちは口の周りにソースがつかないように、気を使いながら食べていたけれど、途中から何も気にせず頬張る。食事をするとき、体裁を気にしてしまうのは悪い癖だ。夢中になって食べ終えたところで、プレートの下にハンバーガーを包む紙が添えられていたことに気づく。このお店はもうすぐ閉店してしまう。ただ、どこか移転先を見つけて再開予定だというから、その日がきたらまた食べにこよう。

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 帰り道、てんぶす那覇の前を通りかかると、大型ビジョンは画面がオンになっていた。ただし、そこにはあいかわらず人の姿はなかった。界隈を歩き、前に取材させてもらった「三芳商店」にご挨拶。市場の解体工事が終わり、そこを囲っていた壁が取り払われたせいで、暑くて仕方がないという。何か対策をしてもらえないかと市に問い合わせたところ、もう少ししたら建設工事が始まるから、それまで待って欲しいと言われたとのこと。建設事業に入札がなく、事業者が未定の状態だったけれど、ようやく入札がおこなわれたらしかった。「だから、こんなふうに更地の状態が見られるのも今だけですよ」と店主の方が言う。たしかにその通りだ。昨日もフェンス越しに写真を撮ったけれど、今日はいろんな角度から撮影しておく。まだ10時台だというのに、汗が滴る。「市場の古本屋ウララ」はもうオープンしていた。マスク、思っていた以上に暑いですねとぼくが言うと、浮島通りを越えた先にフェイスシールドを売っているお店があると教えてくれた。

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 ひとしきり写真を撮ったところでホテルに引き返す。昨日の日記を書いているうちにもう14時だ。再び外に出て、「ザ・コーヒースタンド」でアイスコーヒーを買う。コーヒーを淹れながら、「3週間くらい前に聞いた数字でも、店を閉めるところがかなり出てきてるみたいですね」と店主が教えてくれる。「大きな区画で貸してたところが、たとえばその家賃が50万だとすると、貸してたお店が閉店してしまうと、50万の家賃収入が一気になくなってしまいますよね。そこを小さな区画に分けて、10万ずつで貸した方がリスクヘッジになると考える大家さんが出てくれば、若い人も新しく商売を始めやすくなって、面白い店が出てくるかもしれませんよね。ここは地元の人がわざわざ行こうと思える店が少ないけど、魅力のあるものが増えれば、お客さんが増えるんじゃないかと思うんですけどね」

 アイスコーヒーをテイクアウトして、パラソル通りで企画「R」の原稿を書く。宇田さんから「あとでサインをお願いします」と頼まれていたので、15時過ぎ、「市場の古本屋ウララ」に向かう。宇田さんも「ザ・コーヒースタンド」のアイスコーヒーを買っていて、「私が買いに行った時に『さっき佐藤さんがきた』って言われて、佐藤さんって誰だろうと思ってたんですけど、橋本さんだったんですね」と宇田さん。顔はおぼえてもらっていても、そんなに何度も名前を名乗るわけではないから、内地っぽい名前でおぼえられている――ということはたまにある。「これ、よかったら使いますか」とボディペーパーを差し出してくれる。「もしかしたら匂いが好きじゃないかもしれないけど、スーッとするから」と、セトさんが送ってきてくれたのだという。これを首に置いておくだけでも涼しいんですと言われて、腕や首を拭いたあと、首にひっつけておく。扇風機の風が当たるとひりひりするほど涼しく感じる。そして、高校生の頃が懐かしくなる匂いだ。

 サインをする前に、こっちにきてから考えたことをぽつぽつ話す。今月の取材は、「今こそ公設市場に」という記事になればと思っていたけれど、事業者の方は心が折れている感じがして、そこで「今こそ公設市場に」と書くのは無理やりになってしまう――と、そんなことを話していると、「心が折れてるっていうことで、いいんじゃないですか?」と宇田さんが言う。無理やりなにかのストーリーを作らなくても、「心が折れてるけど、それでも毎日開けている」ってだけでもいいのではないか、と。自分の目が曇っていたことを痛感する。

 話しているうちに、「橋本さん、3月にこられたときはマスクしてなかったですよね」と宇田さんに指摘される。ぼくは「マスクをしていなかった」という意識がなく、うろたえる。え、マスクしてませんでしたっけと聞き返すと、「はい、私はマスクをしてて、橋本さんはマスクをしてなくて。このあたりのお店の人も、3月はマスクをしてる人が多かったんです」とUさんが言う。あのとき、飛行機に乗るときにマスクをつけていたことは記憶にある。ということは、飛行機の中ではマスクをしていたけれど、那覇のまちなかを歩くときは外していたのだろうか。3月下旬に、海外にいくはずだった卒業旅行の行き先を石垣島に変えて、酒を飲みながらはしゃぐ大学生をテレビ画面越しに眺めて、「おいおい、感染が拡大するだろ」と思っていたはずなのに?

 来月はどこに取材するつもりなんですかと尋ねられて、そうだ、来月のことも考えないといけないんだったと気づかされる。すでに取材させてもらってあるお店はあるのだけれど、そこはまだしばらく休業を続けるらしく、休業中に掲載するのは申し訳ないことだ。Uさんから「太平通りのお店も、いつか橋本さんに取材してもらいたい」と言われて、気になっていたお店の存在を思い出す。コロナで営業を自粛するお店が続出するなかで、太平通りには生活を支える惣菜屋さんも多く、営業を続けられていたお店もたくさんあるらしかった。今回の滞在中に取材させてもらうか、あるいは来月もう一度くるか。一番心配なのは、これからの季節、飛行機に乗ることだ。今はまだ空いているけれど、これから先は混み始めるだろう。そこさえ避けられたらと考えていると、「前に高松から乗ったとき、ちょうど修学旅行生がたくさん乗ってたんですけど、修学旅行生がいなかったらがらがらだっただろうなと思います」とUさんが言う。そうか、羽田か成田から飛ぼうとするから混雑するけれど、どこか小さな空港まで移動すればよいのだと気づく。

 そうだ、サインだと思い直し、ペンをお借りする。これまでは識語を入れてきたけれど、今この状況で何か言葉を添えようとすると、わざとらしい言葉になってしまう気がする。「言葉はなしでもいいですか」と尋ねてみると、言葉がないってことですか、でも、これまで書いてきたのだし、あれから一年経った今の言葉を、と言われて、しばらく考える。アーケードが撤去されて、囲いも取り外された今、そこにはブルーシートが張られている。市場が解体されてから、西日がもろに射し込むようになって、何度か市にお願いしたもののどうにもならず、許可をとって自分たちでブルーシートを張ったのだという。西日が挿し込む市場中央通りにて、と書いて、その下に日付とサインを入れる。

 17時15分、「喫茶スワン」。クーラーが効いていて快適だ。ハンバーガーを食べたきりだったので、ミックスサンドとアイスコーヒーのセットを注文。食事を終えて原稿を考えていると、常連のお客さんが「すいません、ちょっと歌いましょうね」とこちらに断りを入れる。もちろんです、どうぞどうぞと答える。そのお客さんがひとりで何曲か歌ったあと、店主の節子さんと交互に歌った曲がある。それは八代亜紀の「もう一度逢いたい」で、「うらむことさえ/出来ない女の ほつれ髪」という歌詞に、インタビューしたときに聞かせてもらった節子さんの半生を思い返す。18時45分になって店を出て、居酒屋「信」の前を通りかかると、カウンターに組合長の粟国さんの姿があった。このお店に飲みに立ち寄るのは申し訳ないかなと思っていたのだが、粟国さんにちょっと相談したいことがあって、扉を開ける。すると、店主の信さんから「はい、座って」と促され、テーブル席に座る。注文しなくとも、ビールと、お通しが運ばれてくる。「セットで作ってるからね。このあと餃子も出るから、食べてよ」と信さん。テレビでは新型コロナウイルスのニュースが流れる。「年寄りが旅行に出られるのは来年になるだろうね」と信さんに言われ、うまく返すことができなかった。ビールを3杯飲んで、粟国さんに取材させてもらう時間のことを相談して、お店をあとにする。ホテルに帰る前に、国際通りの土産物屋「おきなわ屋」に立ち寄り、シーサー柄の扇子を購入しておく。

 ホテルでしばらく原稿を考えて、21時、栄町市場に向かって歩き出す。あちこちで写真を撮っていたせいで、「うりずん」にたどり着く頃には21時半になってしまった。ラストオーダーぎりぎりの時間になって申し訳ない。扉を開けると、もうお客さんの姿はなかった。すいません、白百合を1合だけお願いしますと注文。扇子で口元を隠しながら注文していたのだけれども、これはこれでやっぱり気恥ずかしかった。お通しと一緒に、よく注文するクーブイリチーも出してくれる。一昨日は表に比嘉さんだけいたけれど、今日は下地さんひとり(もちろん調理場には他にも店員さんがいるけれど)。営業を再開してからというもの、滞在時間の短いお客さんが増えたという。早ければ30分、長くても1時間くらいの滞在で帰っていくそうだ。栄町市場は営業を再開した店が多いけれど、市場の中だけでも数十軒の酒場があり、周辺も合わせれば2、300軒はあるだろう。観光客が戻ってこなければ、どこも大変だろう。

 22時、「東大」に流れる。今日はカウンターのはじっこに座らせてもらう。カウンターには大きな泡盛の瓶が置かれていた。ずっと寝かせておいた山川酒造の古酒を、この機会に開封したのだという。ぼくにもサービスで一杯出してくれる。ワイングラスに花を近づけると、ぐわっと泡盛の香りが駆け巡る。匂いだけで飲んだような心地がして、嗅いでいるだけで楽しめる。度数の強い泡盛だからこそ、寝かせることで豊潤な香りになるのだという。ちろりと舐めるように飲んで、チェイサーのように残波の水割りを飲んだ。普段はぐびぐび飲むことが多いけれど、初めてちびちび飲む楽しみに触れたような気がする。今日はおでんも頼んだ。帰り際、昨日から感じていたことを伝える。客席と客席のあいだには飛沫防止のビニールカーテンが敷かれているけれど、カウンターの向こう側とこちら側のあいだには遮るものがなく、沖縄では1ヶ月以上新規感染者が出ていないけれど、これからぼくのように県外からの客が増えてくると、もしかしたらカウンター越しに(そこにある食材に)飛沫が飛び、感染させてしまうのではないかと、どうしても不安になってしまう。クレームのように受け取られないかと心配しながら、そのことを伝えて、帰途につく。

 

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6月16日

 9時過ぎ、ジョギングに出る。国際通りのヤシの木が大きく揺れている。普段なら朝でも観光客がノンビリ歩いていたりするのに、今日はほとんど人通りはなく、行き交うのはほとんど地元の人たちだ。2組だけ観光客らしき姿を見かけた。スーツケースを引いていなくても、佇まいでなんとなく観光客だとわかる。ぼくもきっと、地元の人からそう見られているのだろう。国際通りを走り抜け、安里十字路に出る。そこから大道、松川と走る。「ファミリー居酒屋」という看板が目に留まる。ファミリー居酒屋。走っていると「坂下」という文字が見えて、どこに坂があるのだろうと思っているうちに上り坂になった。松川の交差点で右に逸れると、首里寒川町になる。Googleマップを眺めながら、金城町石畳道の入り口までたどり着いたところで南に曲がるつもりでいたのだけれど、そこから先は猛烈な上り坂だ。あきらめて違う道を走ろうかとも思ったけれど、その坂の上にある景色が見てみたくなって、駆けのぼる。坂の勾配は10パーセントだと標識が出ている。すぐに走れなくなって、坂の頂上までヨタヨタと歩く。頂上からはあたりが見渡せた。Googleマップによれば、正面に見える茂みの中に首里城があるはずだ。

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 道はすぐに下り坂になった。下った先は繁多川だ。名前は知っているし、地図でもなんとなく目にしたことがあるけれど、こうして走っていると地図が体感できる。7キロほど走って、10時にホテルの前まで帰ってくる。急坂があっただけでなく、那覇の歩道は細かい起伏が多くて、くたくたになる。「ファミリーマート」(国際通り中央店)に寄り、アイスコーヒーを買う。マシンのそばに消毒液が置かれていて、「手指の消毒にご協力ください」と大きな貼り紙がある。ホテルに戻ってシャワーを浴びて、昨日の日記をこまかく書く。今の風景をメモしておきたいという気持ちもあるけれど、もしもぼくがウイルスを保有していた場合に、行動経路が辿れるようにという気持ちもある。12時過ぎ、ドアをノックする音が聴こえる。マスクをつけて扉を開けると、清掃係の男性が立っていた。ゴミ捨てとタオルの交換だけお願いしますとお願いして、ゴミ箱と使い終えたタオルを持っていくと、素手で受け取ってくれる。そして、新しいタオルを持ってきてくれる。沖縄ではもう一ヶ月以上新規感染者が出ていないけれど、ホテルに泊まっているのは基本的に県外からやってきた人たちだ。「素手で触らないほうが安全ですよ」と伝えたくなったけれど、クレームをつけているように思われそうなのと、国籍を理由にそうやってケチをつけられているのだと思ってしまわないだろうかと考えて、結局何も伝えなかった。感染を拡大させるリスクを最小限にした行動をとった気になっているけれど、もしもぼくの中にウイルスがいれば、こうしてタオルを交換してくれる彼にうつしてしまう。

 13時頃になってホテルを出て、界隈の様子を写真に収めながら歩く。昨日は通りの静けさに気を取られていたけれど、あきらかに空き店舗が増えている。ある場所で写真を撮り、画像を確認していると、少し離れた場所からこちらに近づいてくる人の姿が視界の隅に見えた。その軌道から、ああ、これはぶつかりにきているのだなと察知する。「避けた」という格好になってしまうと面倒なことになってしまう予感がしたので、ぼくはケータイを見ながら歩き、あと三歩でぶつかるところで「あ、こっちか」と方向を転換し、そのまま路地に入って姿を消す。外からやってきた人間が呑気に写真を撮って歩いていることを、気に食わないと思う人だって当然いるだろう。人が暮らしている土地に出かけて取材をするということは、そう受け取られる可能性を常に孕んでいる。

 ひとしきり歩いてから、仮設市場に向かった。買い物客の姿はなく、閑散としている。動揺しながらも二階へ上がる。仮設市場に移ってからというもの、満席というほどではないにしろ、お昼時であればそれなりに賑わっていた。でも、どのお店にも、ほとんどお客さんの姿はなかった。前に取材させてもらった「道頓堀」に入る。店の一部で陶器が販売されている。マスクをつけたままメニューを吟味して、生ビールと揚げ島豆腐、天ぷら三種盛り合わせを注文。ビールを運んできてくれた佐和美さんが「今日は暑いからね。このビールはよく冷えてますよ」とジョッキを差し出してくれる。ビールを飲みながら、フロアを眺める。そこには外貨両替機が設置されている。今ではもう、どうしてここにこんな機械があるのか不思議なくらいだ。どこかの店員さんが台車を押しながらやってきて、エレベーターのボタンを押す。エレベーターを待つあいだに、思い出したように除菌液を手に取り、擦り込んでいる。それを見ていた「きらく」の店員さんが「潮くさいよ」と声をかけると、店員さんは手を嗅ぎ、笑っている。買い物袋を提げたおばあさんがやってくると、店員さんがすすすすとエレベーターのところに行って、ボタンを押してあげている。信じられないくらいゆったりとした時間が流れている。

 2杯目のビールを注文する。一階の魚屋さんが、観光客とおぼしき二人組を連れてやってくる。観光客が買ったワタリガニを「道頓堀」まで届けると、魚屋さんは一階に引き返してゆく。以前の公設市場では、魚屋さんはせわしなく一階と二階を往復していたけれど、今日はゆっくり、ゆっくり階段を降りてゆく。その姿を見送っていると、佐和美さんが僕に気づいてくれて、「あれ! マツモトさん!」と声をあげる。「あらー、女性は髪を切ると変わるって言うけど、男性もこんなに変わるのね」。アゴのところにずらしていたマスクを元の位置に戻して、しばらく話す。聞けば、店の一部に並べられた陶器は佐和美さんの作品だという。定期的に個展を開催しているのだが、この時期だとギャラリーを借りてもきてもらえる自信がないからと、お店の一部でやることにしたのだという。公設市場自体は5月中旬から営業を再開していたものの、二階の食堂の大半は5月末まで休業していたそうだ。しばらくして、料理が運ばれてくる。3杯目のビールを注文する。天ぷらの盛り合わせの皿にはナイフとフォークが添えられていて、「よかったら、切り分けるのに使ってね」と言ってくれる。佐和美さんがかつてフランス料理店で働いていたことを思い出す。「紅生姜の天ぷらにはね、ソースも合いますよ」とおすすめされて、訝しがりながらもソースをかけて食べてみる。ウマイ――と思うのと同時に、焼きそばに紅生姜が合うのだから、訝しがることもなかったなと反省する。

 食事を終えて店を出たところで、組合長の粟国さんと出くわす。「いや、大変ですよ」。第一声で粟国さんはそうつぶやいた。フェイスシールドをつけて、マスクもしている。日曜日に取材させてもらう約束をして、一階に降りる。「長嶺鮮魚」で刺身の盛り合わせを買う。「ご無沙汰してます、髪型がずいぶん変わってますけど――」。そうやってご挨拶しようとすると、皆まで言わなくてもわかってる、といったそぶりで次江さんが応じてくれる。缶ビールもありますかと尋ねると、ちょっと用意するから、座って待っててと次江さんが言う。イートインのテーブルに移動すると、近くの魚屋さんが休憩しながらお昼ごはんを食べているところだ。仮説市場に移転してからも、外国人観光客の姿があった頃は常にテーブルが埋まっていたから、これも前だと考えられないことだ。市場の外に出かけていた次江さんが、ビニール袋を提げて帰ってくる。別の魚屋さんに「何かいいもの買ってきたの」と声をかけられている。わざわざ外までビールを買いに行ってくれていたのだった。

 テーブルのすぐ隣にある魚屋さんは早仕舞いするらしく、片付けを始めている。営業を続けているお店も、買い物客はほとんどやってこなくて、店員さんたちはただ立ち尽くしている。想像していたよりずっと大変な状態だ。しかし、観光客がストップしているとはいえ、こんなに閑散とするものなのか。一年前の今日、公設市場の一時閉場に詰めかけた人たちはどこに行ってしまったのだろう。

 15時にホテルに戻って、企画「R」のことを考えだす。ただ、ホテルで過ごしていても、言葉は浮かんでこなかった。シャワーを浴びて、18時過ぎにホテルを出る。公設市場の外にあるテーブルで原稿を考えようかと思ったけれど、大量の缶を並べて酒盛りをしているシニアの男女の姿があり、そこにいるとこっちも酒が飲みたくなってしまいそうなので、「スターバックスコーヒー」(那覇国際通り牧支店)に入店。入り口近くのカウンター席に座って、ノートを広げ、原稿を書き始める。ガラスの向こうにはむつみ橋の交差点があり、居酒屋の客引きが何人か立っているのが見えた。スターバックスには次から次に制服姿の子たちがやってきて、真っ赤な飲み物をテイクアウトしてゆく。何組か目の高校生が店を出ると、交差点にいた客引きの子がそちらに手を振った。同級生のようだ。ぼくがスターバックスで原稿を考えているあいだ、彼女を含めて、客引きは誰もお客さんをつかまえることができなかった。

 一度ホテルに引き返して、ノートに手書きした原稿をパソコンに入力する。20時過ぎ、再び外に出て、「足立屋」でせんべろセットを注文。前は1000円で「ドリンク3杯+おつまみ1品」だけだったが、「ドリンク4杯」も選べるようになっている。外の立ち飲みはわりと空いているけれど、店内はお客さんで埋まっていた。外のカウンターでは常連風のお年寄りが飲んでいて、店員さんを呼んでスプレーをかけ、「すーっとするだろ?」と笑っている。虫除けスプレーなのだろうか、こちらで飲んでいるビールまでミントの匂いになってしまう。お年寄りは店員さんをひとりずつ近くにこさせて、スプレーをかけている。調理場に立つ店員さんまで呼び出して、マスクを外させて、そこにもスプレーをかけている。当然ながらそんなマスクをつけられるはずもなく、調理場に戻ると、店員さんはマスクをゴミ箱に捨てていた。こっちに流れてくるミントの匂いに腹立たしく感じる一方で、「こんなふうに迷惑をかける年寄りになってしまったら」と自分の老後を想像する。

 ビールを3杯飲んで、今日も栄町市場を目指す。ハイアットリージェンシーを見上げると、客室にはいくらか灯りがともっていた。21時、おそるおそる「東大」の扉を開ける。昨日通りかかったときに、「新型コロナの影響のため営業時間を変更します」と貼り紙が出ているのを確認していた。以前は21時半過ぎからの営業だったのが、今は18時から23時の営業に変わっているようだ。この時間だとまだ混雑しているのでは――そして、混雑した状態だと、東京からやってきたぼくは入店を断られるのでは――と心配になり、おそるおそる扉を開けたのだ。坊主頭になっているのと、マスクをしたままであるのとで、店員さんはぼくのことをしばらくじっと見て、「ああ、はしもっちゃん!」と声をあげる。「入って、入って。髪型が違うから、三度見したよ」と、入り口近くのボックス席に案内してくれる。

 お客さんはカウンターに2人、奥のテーブル席にひとり客が2組いるだけだ。そして、店内のいたるところにビニールカーテンが設置されている。店員さんが残波のボトルを持ってきてくれる。そこに書かれた日付は「3/17」だ。洗いやすいように買い揃えたのだろう、氷はアイスペールにではなく、小さなザルに入れて運ばれてきた。「大変だったよ」。店主の美也子さんは一言、そう話した。3月の終わりから、お客さんの流れに違和感があり、「これは危ないかもしれない」と感じていたという。4月の初めのある日、いつものようにシャッターを上げたものの、「これは危険だ」と察知して、数分だけ営業してすぐに閉めて、仕込んでいたおでんも近所の人たちに分けて、それから6月になるまで店を閉めていたのだという。待ち時間なしで注文できることもあって、焼きてびち(特ミニ)を注文し、ゆっくり味わいながら平らげる。

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6月15日

 5時半に目を覚ます。上のフロアから子供が駆け回る音が聴こえてくるまで待ってから、洗濯機をまわす。テレビでは一昨日の『王様のブランチ』の様子をイラストで再現し、報じている。佐々木希によるコメントも紹介され、そこに「主人」という言葉があることを知り、暗い気持ちになる。天気予報では「今日は猛暑日」としきりに報じられているが、朝はまだ肌寒いくらいだ。洗濯したのは、沖縄に持っていくつもりの部屋着たちで、早く乾くよう、ハンガーには掛けず、物干し竿にでろんと引っ掛けておく。炊飯器で米を炊き、たまごかけごはんを食べるつもりでいたのに、冷蔵庫を開けてみると卵がなかった。ツナ缶を開け、ツナごはんにして平らげる。コーヒーを挿れているうちに、知人が起きてくる。「そっか、しばらくコーヒーも飲めんのか」と知人が言う。

 ここ数日のあいだに洗濯物が溜まっていたので、もう一度洗濯機をまわす。何気なくケータイアプリから預金残高を確認すると、確定申告の還付金が振り込まれていて、ワッと残高が増えている。還付金があるということは経費を差し引くとほとんど儲けが出ていないことの証であり、その還付金も支払いが遅れてしまっていた区民税や保険料の支払いで大半が消えていくというのに、やっぱり嬉しくなる。洗濯物を干して、10時過ぎにアパートを出た。スーツケースを転がす音が、以前にもまして大きく響いているような気がしてしまう。あきらかに「わたしはこれから遠出をします」と宣言しているわけで、どんなふうに見られているのかと不安になる。ましてや今日はハープパンツで出かけてしまったから、呑気に観光に出るようにしか見えないだろう。

 千代田線で大手町に出て、東西線日本橋に、そこから都営浅草線快特に乗って羽田空港にたどり着く。空港はとても静かだった。臨時休業中の店舗も多く、書店も閉まったままだ。まずはトイレで長ズボンに履き替えて、チェックイン手続きを済ませ、荷物を預ける。身軽になったところで、空港の様子を眺めて回る。土産物うりばには、どこもビニールカーテンが貼られていて、ほとんど全員フェイスシールドをつけている。知らない世界にやってきたみたいに思える。人影はまばらで、巡回中のスタッフの姿が多く目に留まる。若い女性スタッフがふたり、連れ立って歩きながら、「歯ブラシと千枚通しの違いは……」と話しているのが聴こえた。何の会話をしていたのだろう。乗客らしき人の姿よりも、客室乗務員とおぼしき人たちの姿を多く見かけた。好むと好まざるとにかかわらず、働きに出なければならなかった人たちのことを思い浮かべる。

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 レストランも一部は休業中だ。北ウイングの端っこに「吉野家」を見つけ、ネギ玉牛丼の並を注文する。飲食店の中には席を間引いてある店舗もあったけれど、ここはそんな対策は施されていなかった。空いているうちに食べきらなければと、妙に焦りながらごはんをかき込んだ。早めに保安検査場をくぐり、ロビーで過ごす。人影はまばらだが、気分は落ち着かなかった。航空券を手配した段階では、JALスカイマークは中央席の販売を取りやめていた。だからスカイマークを選んだのだが、しばらく前に予約の確認をしたときに、中央席も選択できるようになっていた。どうやら6月に入ってからは中央席の販売を再開したらしかった。話が違う。那覇までおよそ3時間、誰かと隣り合って過ごすのはまだ不安だ。それからというもの、毎日のようにサイトにアクセスして、席の埋まり具合を確認していた。空港にたどり着き、隣がまだ空席であることを確認してから航空券を発見したものの、もしかしたら後から誰かがそこを指定したかもしれないと思うと、不安になってくる。ロビーにいると、出発までのあいだ電話をして過ごす人の姿をちらほら見かけた。大抵の場合、マスクをおろして話している。大半はひとり客だが、中には若いグループ客の姿もある。不安に駆られながら搭乗し、6Hの席に座る。隣が空席のまま飛行機の扉が閉じられてホッとした。

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 滑走路が空いているせいか、スカイマーク 517便はあっという間に離陸した。普段はトイレに立ちやすいようにと通路側を指定していることもあって、窓から東京の景色を眺めるのはずいぶん久しぶりだという感じがする。窓の外を流れていく風景を、食い入るように眺める。2時間ほどで、飛行機は那覇空港に向けて降下を始める。冷房の効いた機内にいるのに、暑さが伝わってくる。飛行機が着陸し、飛行機を一歩出ると、むわっとした空気がまとわりつく。空港は静まり返っている。動く歩道を歩いていると、これから飛行機に乗るのであろう人とすれ違う。両手にオリオンビールをつかんでいる。手荷物受取所に出ると、地面に張り紙がある。「感覚を空けてお並びください」と書かれていて、そうか、こういう場所にも影響が出るのだなと思う。スーツケースをピックアップして、ゲートを出る。サーモグラフィーのカメラがこちらに向けられている。モニターを確認している人の他に、もうひとりスタッフが座っていて、じっとこちらを見ていた。当然ながらロビーも静かだ。親類を迎えにきたのか、老人がぽつんとベンチに座っていて、じゅーしーおにぎりを頬張っている。レンタカーの窓口は開いているけれど、閑古鳥が鳴いている。

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 スーツケースを引いて歩くのは気が引けるので、ホテルまではタクシーで移動することにした。中原タクシーという個人タクシーだ。「今年は全国的に暑いんじゃないですか?」と運転手さんが声をかけてくれる。いやいや、空港に着いた瞬間に「沖縄のほうが暑いな」と思いましたと答える。さすがに空港は閑散としてますねと伝えると、「この二週間ぐらいで、ちょっと増えてきたほうです」と運転手さん。「飛行機が入ってきても、3、4名歩くかどうかでしたよ。最近は、波の上ビーチでも、週末になるといっぱいしてますよ」。トンネルを通過し、海が見えてきたところで運転手さんはそう話してくれた。「いっぱいする」というのは、混雑する、賑わうという意味の言葉で、その響きに懐かしくなる。沖縄に生まれたわけでも、沖縄に暮らしたことがあるわけでもないのに「懐かしい」だなんてインチキだと思いながらも、やっぱり懐かしく感じている。タクシーが国際通りに入る、ほとんどの店がシャッターを下ろしたままで、まだこの状態なのかと驚く。それを察したのか、「これでも開いてるほうなんですよ」と運転手さんが言う。「ステーキハウスなんかでもね、どこも弁当、弁当でね。千円の弁当でね、おいしかったですよ」。

 タクシーを降りて、「ホテルランタナ」(那覇国際通り)へ。最近オープンしたばかりのホテルだが、この状況で1泊3500円に値下がりしていた(普段はゲストハウスに宿泊しているけれど、この状況下でゲストハウスに宿泊すると感染を拡大させてしまうリスクが増すので、ホテルに宿泊することにした)。入り口にアルコール消毒液があり、手に塗りたくって、自動精算機でチェックイン。ここは10階建てのホテルで、ぼくの部屋は9階だ。公設市場から程近い立地ということもあり、窓からの景色を楽しみにしていたのだが、窓が磨りガラスになっていて、開けることができなくなっていた。この値段だというのにツインルームだったので、片方のベッドに荷物を広げる。一息ついたところで、16時、散歩に出る。「ホテルランタナ」から坂道を降りてゆくと、すぐに仮設市場がある。角を曲がると、旧公設市場だ。おわー、解体されている。解体工事がすべて終わったと、情報としては知っていたけれど、目の当たりにするとびっくりする。観光客はほとんど皆無で、のんびりした時間が流れている。

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 「市場の古本屋ウララ」に立ち寄る。棚を眺めているうちに、じんわり汗が流れる。堀場清子『イナグヤナナバチ 沖縄女性史を探る』(ドメス出版)、『戦後50年 おきなわ女性のあゆみ』(沖縄県)、『時代を彩った女たち 近代沖縄女性史』(ニライ社)などを買う。「トークをしてから一年経って、あっという間だったような気もしますけど、やっぱり長かったなと思います」とUさん。一年前の今日は「ジュンク堂書店」(那覇店)でUさんとトークイベントを開催したのだ。通りが静かですねと感想を伝えると、「私としては、これでも4月、5月に比べると、明るくなったほうだと思ってました」とUさんが言う。本はしばらく預かっておいてもらうことにして、散歩を続ける。仮設市場に引き返し、中に入ってみる。お客さんの姿はほとんど見当たらなかった。「山城こんぶ店」には和子さんの姿があった。「よくきたね。怖くないの?」と和子さんが言う。「見て、4時過ぎにこの状態って、信じられないよ」。いつもなら18時過ぎまで営業しているのに、あちこちで店じまいが始まっている。「やっぱり、お客さんがいないと気が抜けるんだね」と和子さんが言う。中にはマスクをしていない店主の姿もあり、外からやってきた観光客が感染させてしまわないかと心配になる。

 「ココカラファイン」(ドラッグセガミNaha平和通り店)に立ち寄る。マスクもたくさん並んでいるけれど、マスクは東京から持ってきてある。制汗スプレーと、ポケットサイズの除菌ジェルを買っておく。ぐるぐる歩いているうちに「大和屋パン」の前を通りかかり、明日の朝ごはんを買っておくことにする。「今日は年金支給日だから、あんまり残ってないね」と勝子さんが笑う。くるみレーズンのパンと、一口サイズのチーズ入りのパンを買う。「ウララちゃん、まだいた?」と勝子さん。「あなたに取材してもらって、おかげで友達になったから」。ひとしきり歩いたところで、「市場の古本屋ウララ」で預かってもらっていた本を受け取る。17時、「ファミリーマート」(国際通り中央店)で2リットルのミネラルウォーターとR-1を買って、ホテルに引き返す。

 17時半、再び街に繰り出す。「足立屋」は少し混んでいたので、「末廣ブルース」に入店。さっそく除菌ジェルを開封し、手指を消毒する。「末廣ブルース」は数日前まで休業していて、ようやく再開したばかりだという。季節が変わったせいか、メニューも少し変わっている。まぐろの時雨煮と、かしらとハラミの串、それに生ビールを頼んだ。飲み食いするとき以外はマスクをしておく。そうしていると、飲むペースがゆっくりになって、落ち着いて飲めた。ガラス越しに軒先を眺める。旧公設市場の解体工事が進んでいたときはトラックが行き交っていたこの通りも、今はほとんど車が通らず、そこを行き交う観光客の姿もいなくなった。近所の子がふたり、フラフープで遊んでいる。ビールを2杯、生レモンサワーを1杯飲んで、宿に引き返す。夕方のニュース番組では辺野古で抗議活動が本格的に再開されたと報じられている。工事車両が次から次へと辺野古のゲートに入ってゆく。

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 ホテルでしばらく読書をして、21時に再び外に出る。すっかり夜だ。湿度は相変わらず高く、空気はじっとりしているけれど、風が強くて心地よい。那覇はもう夏だ。静かな路地を抜け、姫百合橋に出る。通りの向こうを6人組の男女が歩いてゆく、あれは観光客だろう。栄町市場の飲み屋はそれなりに営業していて、賑わいを取り戻しつつある。21時半、「うりずん」の前に出てみると、ちょうどHさんがお客さんを送り出しているところだ。数秒の間を挟んで、「あれ、橋本さん? 頭どした!」とHさんが驚く。もうすぐラストオーダーだけど、よかったら入ってと言ってもらって、カウンターに座る。「うりずん」も5月末までは休業していたらしく、今は短縮営業で、週末以外は22時までなのだという。混み合った時間だと他のお客さんにも申し訳ないからと、少し遅い時間を狙ってみたのだけれど、もう少し早くくればよかった。カウンターは貸し切りだ。ポケットから除菌ジェルを取り出す。白百合をカラカラで注文。「ようやく東京を脱出できましたね」とHさんが言ってくれる。脱出という言葉に、なんだか申し訳なさを感じる。白百合を飲み干したところで店を出た。隣にある「謝花酒店」で缶ビールを買って、ごんたを眺めたのち、国道330号線を歩く。塾帰りの子たちがバスを待っている。ZAZEN BOYSを聴き、缶ビールを飲みながら歩いているうちに、企画「R」の原稿のことが浮かんでくる。この道をこんなふうに歩いていると、いつも考えがはっきりまとまってくるのを感じる。

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6月14日

 7時半に目を覚ます。『サンデーモーニング』を眺めながら、質問リストを作ってゆく。『サンデーモーニング』が終わると、『サンデージャポン』が始まり、「コロナの影響で、別れた恋人に連絡をとる人が増えている」という話が始まる。チャンネルをフジテレビに替えると、武田鉄矢かまいたちの山内に向かって「山内さんなんかは知らないだろうけどね、吉本の大先輩でやすきよってのがいてね、相方の人でもう、むちゃくちゃスキャンダル多い人がいたのよ。女性の不倫だったらまだいいんだよ、暴力事件とか。でも、そこのコンビの見事さはさ、全部笑いになる。お客さんがもう、出ただけで許してる」と語っているのが聞こえてきて、地上波が嫌になってBSに切り替える。1973年の甲子園、作新学院銚子商業の試合が放送されていた。最後は江川の押し出しで試合は幕切れとなる。

 12時近くになって知人はようやく起きてきた。こんな時間まで眠ってしまったことにうろたえている。札幌一番塩ラーメンを作ってもらって、平らげる。沖縄行きが近づいていて、それまでに片づけておかなければならないことが溜まっているので、料理は知人に任せきりだ。豚バラ肉やもやしがのっけてあるのだが、ぼくが作るよりウマイ。あとで調理後のキッチンを覗くと、コンロの横にあれこれ調味料が並んでいた。午後は湯につかりながら読書。15時にアパートを出て、下北沢へ。改札階の上のフロアにテナントがオープンして、ショッピングモールのようになっていて驚く。久しぶりで「古書ビビビ」を覗き、2冊だけ購入し、某事務所へ急ぐ。16時、『D・V』の取材でOさんにインタビュー。ぼくは『D・V』で仕事をしたことがなく、あきらかにOさんが聞き手として指名してくださったインタビューなので(編集部より先にOさんからLINEで打診があった)、それだけの働きができるだろうかと不安になっていたけれど、1時間しっかり言葉を交わすことができた。取材後、少し雑談しているときに、「あれ、読みましたよ、カネコアヤノ」と言われ、なぜだか申し訳ない気持ちになる。こうやってときどき聞き手として指名してもらっているのに、Oさんに対するドキュメントを、まだしっかり書けずにいる。

 下北沢の駅を目指す。雨はもう上がっている。さすがにマスクをしている人が多いけれど、マスクなしで談笑しながら歩いている若者もたくさん見かけた。君らは怖くないのかと思うのと同時に、じゃあ自分は何をおそれているのかと考えさせられる。18時過ぎに千駄木駅まで引き返すと、地上出口で知人が待っていた。「越後屋本店」であサヒスーパードライを1杯だけ飲んで、明日からしばらく東京を離れるのだからと、「ちよだ鮨」でパッ寿司を買って帰る。通販で買っておいた『ソナチネ』を観始めると、舞台が沖縄で驚く。沖縄に出かける前に観ておこうと思ったわけではない(そもそも観たことがなかった)。ほとんど風景画のような映画を、黒ラベルを飲みながらぼんやり眺めた。画面の中に映るオリオンビールはぼくが飲んだことのないパッケージをしていた。

 

6月13日

 7時過ぎに目を覚ます。知人は丸山ファンなので、チャンネルは『サタデープラス』に合わせておく。その放送が終わると、今週も『王様のブランチ』が始まる。先週のお昼頃に、「児嶋さん、何か言っておきたいことはありますか?」と渡部が相方に雑なふりをして、「なんだよそれ!」と児嶋が返すと、「いや、児嶋さんの出番はここまでってカンペが出たから、何かあればと思って振ったんですけど」と、妙に淡々としたやりとりをしていたことを思い出す。番組を眺めていると、『AMKR手帖』のAさんから電話があり、原稿の修正について話す。「食の雑誌なんで」と言われて、あ、その肝心なところを忘れてしまっていたと申し訳なくなる。午前中は原稿に少し手を加えておく。今日直しきるのは無理な感じがするので、しばらく寝かしておく。知人にサバ缶とトマト缶のパスタを作ってもらってお昼ごはん。郵便受けを覗くと、Oさんの新刊が届いていた。まだ発売前だけど、明日の取材に向けて送ってもらっていたのだ。付箋を貼りながら読み進める。資料としてさらさら読まなければならないのに、ときどき本を閉じて考え込んだりしてしまう。16時、『IPPANグランプリ』の放送が始まったので白ワインをロックで飲みながら眺める。放送が終わったところで読書を再開。19時、『ネタジェネバトル』という特番を観る。「爆笑問題率いる実力派芸人軍団と霜降り明星率いる“お笑い第7世代”の芸人たち」という対決の図式がもはや古ぼけたものに感じられる。何組かのネタは面白かった。21時から『IPPONグランプリ』、ああだこうだと勝手な批評を言いながら、楽しく飲んだ。