7時に起きる。リンスが切れていることを思い出し、駅前のドンキホーテへ。リンス、ボディソープ、歯磨き粉、洗濯槽クリーナー、拭き掃除用の洗剤・マイペット、それにマジックリンを購入する。あれこれ買ったせいで4千円近くかかってしまった。まだひと気のない街をバスが行く。フロントには小さな国旗がはためている。近所の美容室にはもうお客さんがいた。

 昼、納豆オクラ豆腐入りうどんを食す。15時、新宿に出て「らんぶる」に入り、ブレンドを飲みながら原稿を書く。タイムラインはデヴィッド・ボウイの訃報で溢れている。1時間ほど経った頃、ふと顔をあげると、よく知った顔が目に留まる。Aさんと、その娘のKちゃんだ。「らんぶるにいるってつぶやいてたから」とAさんが言う。街で誰かとバッタリ出くわしたりしないものかと思って、最近僕は居場所をつぶやいているのだ。二人は別の席に座ったが、Kちゃんはちらりと僕の席に戻ってきてフェリックスのガムをくれた。嬉しかった。

 しばらく原稿を書いていると、再びKちゃんが僕の席に遊びにくる。今日はハリネズミを見てきたのだと言う。ショーウインドウの中にいるハリネズミはお腹に赤ちゃんがいるから販売できないけど、奥にもう3匹いて、その3匹であれば販売できると言われたそうだ。鳴かない動物ならうちでも飼えるということで、あとはお母さんの許可が降りれば飼えるのだという。鳴かない動物の中で、どうしてハリネズミを選んだのだろう。「その3匹の中で、手を入れたときに近づいてきた子がいたら、その子を飼う」とKちゃんは嬉しそうに言う。本当に楽しみなのだろう。Kちゃんがハリネズミに手を近づけるところを見てみたかった。

 17時、紀伊国屋書店へ。そういえばと『演劇ぶっく』を探す。巻頭に藤田さんのロングインタビュー、飴屋さんのインタビューと続いている。3階に上がり、『共和国か宗教家、それとも――十九世紀フランスの光と闇』(白水社)と中田考『私はなぜイスラーム教徒になったのか』(太田出版)、それに東理夫『アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅』(作品社)を購入する。新宿三丁目駅から丸の内線に乗って移動する。まだしばらく時間があるので、ドトールに入ってミラノサンドBを食べた。

 19時、ライブハウスに入ると、客席には振袖姿の女性も見えた。ちょうどカウンターの椅子が空いていたので、ドリンクチケットをビールに交換して開演時刻を待つ。追加でハイボールを頼んだところで、ほぼ定刻通りに開演となる。1組目のバンドが僕の目当てのバンドだった。このバンドのフロントマンを務めるのが、数日前に思い出横丁で出くわした女性だ。僕はその歌声の透明さが好きだ。単に綺麗だとか、ピュアであるというのではなく、いろんな風景を知っているからこその透明さだという感じがする。2組目のバンドは、名前は昔から知っていたバンドだ。さすがにグルーヴがあり、客の反応も良い。多くの客はこちらが目当てだったのだろう。確かに聴いていると心が弾む歌ではあるのだが、これは完全なる好みの問題として、僕が聴いていたい歌ではなかった。こちらの目を見てくれる表現より、目線の合わない表現が好きだ。

 新宿の思い出横丁でホッピーを1セットだけ飲んで、アパートに帰る。さて、そろそろ寝るかと布団を敷いたところで電話が鳴った。Mさんからだ。すぐに出ると、「おお、はしもっちゃん。今、馬場で飲みよるから」と誘われる。すぐに身支度をして指定された店に出かけると、Mさんは一人ではなく、何人かで飲んでいた。3時過ぎにお開きとなり、他の人たちは帰ってゆく。Mさんは「もう1杯飲もうや」と僕を誘い、近くの酒場に入った。何を話せばいいのか、わからなかった。この人を相手に世間話をするわけにもいかないだろう。だが、無言で目の前にいるMさんに対して、こちらも無言でいることもできず、「お正月は九州に帰られたんですか」と声を振り絞る。

 Mさんはハイボールを一口呷り、「そんなことより、自分の話をしようや」と言う。「最近、ライヴにきよらんやろ」――そう言われてキグリとする。「そんなことないですよ、去年の国際フォーラムのライヴも観てましたよ」。そう答えたものの、そういうことではないのだということは、僕もわかっていた。「いや、でも、きよらんやろ」「……はい、そうですね」「それで、自分は最近何をしとるんよ」。Mさんは別に、僕のことを責めているというわけではなく、ハイボールを飲みながら僕の話を聞いていた。僕はこの3年くらいの自分の「仕事」のことを話して、とにかく来月上旬に出る雑誌を読んでくださいと伝えた。僕に言えるのは、それだけだ。原稿に書いていること以外、誰に会って、何を話しても仕方がないのだという気持ちになった。Mさんは「わかった、じゃあ読んでみるわ」と言ってくれた。