7月12日

 今日も雨だ。しばらく前にネットから注文したMacBook Air、今日届く予定だと連絡があったので、楽しみに待ちつつ、古いパソコンからデータを外付HDDに移す。まだ今のMacBook Airは使えているのだけれど、動きが遅くなっていたところに、バッテリーがほとんど持たなくなってしまった。バッテリーは1万円もあれば交換してもらえるらしいが、ときどきノイズみたいな画面が表示されることもあり、突然壊れてしまうかもしれない。分納にしてもらっている税金や保険料やを考えると、印税が入ったとしても余裕はないのだけれど、少しでもまとまったお金があるときに買っておかなければほんとうに立ち行かなくなってしまうので、思い切って購入したのだ。Retinaディスプレイのモデルがよいのだろうけれど、それは割高である上に充電器のタイプが今までと違うらしく、非Retinaのモデルを注文していた(現行の充電器は何個かあって、部屋ごとにコンセントに挿してあるので、どの部屋でも充電しながら使える)。

 届かないうちにお昼時になり、セブンイレブンへ。昨日、ついに沖縄にセブンイレブンが出店したこともあり、沖縄フェアをやっている。油味噌のおにぎりと、沖縄で食べたことないけれど、冷しタンメンというのを買って食す。そうしているうちにパソコンが届き、開封し、トートバッグに詰めてアパートを出る。西日暮里を経由して、代々木に出る。路地を歩いていると、屋台村みたいな場所があり、驚く。こんなところがあったとは。コンビニでペットボトル入りのアイスコーヒーを買って、13時過ぎ、F.Yさんのアトリエへ。F.Yさんが手がけるレーベルを発信するための取材(一年間をめどに毎月)を、僕に依頼してくださったので、その打ち合わせをする。謝礼をどのくらいお支払いすればいいのかわからなくて。そう言われて、別にいらないですよと答えたものの、さすがにそれでは気が引ける様子だったので、じゃあ、僕にふさわしいシャツを作ってください、とお願いする。これを着ていればと思えるような、一張羅になるシャツを。そうお願いしたところ、一枚ではさすがに、でも、だからといって毎月わたしの作ったものを渡してしまうと橋本さんの服がきらきらしたものばかりになってしまうしと迷って、じゃあ、初夏を一着と、秋冬で一着、ということでお願いすることになる。

 Yさんのアトリエをあとにして、時間を潰すようにのんびり明治通りを歩き、15時、同じく千駄ヶ谷にある編集室を訪ねる。取材を依頼したいと思っているので、一度お会いしたいと連絡をいただいていたのだ。30分ほど雑談をして、出る。新宿3丁目に出て、「らんぶる」に入り、パソコンを広げて設定をする。データを移したり何かをダウンロードしたりしているあいだに、『夏物語』を読み進める。17時半、埼京線で恵比寿に出て、荷物をコインロッカーに預け、傘と『夏物語』だけを手にして改札の近くで待つ。ちょうど第一部の終盤、お母さん、ほんまのことを、ほんまのことをゆうてや、と緑子が言っている場面で、待ち合わせをしていた友人のA.Iさんがやってくる。Aさんがその言葉を発語するのを聞いたことがあるような気がする。リキッドルームに移動して、ドリンクチケットをビールに替えてフロアに入る。一段高くなった場所の最前列に陣取ることができた。ライブが始まるまでのあいだ、ここまでの感想を話す。あれこれ話しているうちに、いつか橋本さんに読み聞かせたのは、あの銭湯の、ヤマグの場面やで、とAさんが言う。あれはいつだったか、どこかでお酒を飲んだとき、まだ(『文學界』に掲載された)「夏物語」を読めていないから、その話はしないでほしいと前置きしたところ、でも、どうしてもこの箇所を読みたいから読むと、Aさんはその一部を読んだのだった。あれはいつのことだっただろう。

 マーキームーンが鳴り響き、ZAZEN BOYSのライブが始まる。この日のハイライトを書こうとすれば、40代男性から、ハートウォーミングなお手紙をいただきましたので、それを読みたいと思いますと切り出し、A4サイズの紙を手に朗読を始めた場面だろう。その内容を要約すれば、ある男が、京王線で新宿に出て、鶯谷に出て、「信濃路」で一杯やり、勢いをつけてラブホテルに入り、女性を呼び、二度チェンジし、三人目にやってきた女性と一戦交え、「俺は何をやっているんだろう」と冷静さを取り戻す――こういうものは内容を要約してしまっては元も子もないけれど、そんな話だ。それを講談調に語り終えると、そこから「はあとぶれいく」に、「なんで俺はこんなところでこんなことしてる いつまで経ってもやめられないのね」という歌詞の登場する曲に突入する。手紙の「朗読」は、少し講談ちっくに行なわれた。客席からは笑いも起きていたけれど、その時間もまた、一体これは何であるのか、形容しがたい時間であった。向井さんは、松鶴家千とせ師匠のステージを観たことで、一段階これまでとは違う境地にたどり着きつつあるように思う。今から12年くらい前、弾き語りのライブで童謡を歌い始めたあたりから、それまでとは違う境地に向かおうとしているなと思ったことをおぼえているけれど、それから干支が一回りした今、また違う境地に達しつつある(そう考えると、童謡は松鶴家千とせ師匠にも通じる要素であり、偶然というのは面白いなと思う)。わかるかなあ、わかんねえだろうなあ。そんな境地にたどり着きつつある男が、ライブのアンコールに歌ったのが「Crazy Days Crazy Feeling」だというのも感慨深かった。そこで歌い上げられる「頭どんだけ狂っても 生の実感だけは持っておこう」という言葉は、30代前半の向井秀徳が歌うのと、今、そんな境地に達しつつある向井秀徳が歌うのとでは、響きが異なっている

 しかし、個人的に印象深かったのは、「Cold Beat」――この曲ではMIYAのベースがうなりまくっている――に続けて演奏された「CHIE chan's Landscape」だ。後ろの方から観ていたので正確なことはわからないけれど、仕草をみるに、順番を替えて急遽そこで演奏されたようにも見えた。この曲がとても印象深く、それは『夏物語』の世界にも近いように感じられ、明日はどうにかして『じゃりン子チエ』を手に入れようと、そんなことを思った。ライブが終わり、じりじり出口に向かって歩いていると、Aさんが「あ、K君!」と声をあげた。F.Kさん――僕の数少ないもうひとりの友人であるF.Tさんの弟だ――は、今日ひとりでライブを観にきていたのだ。何百人と観客がいるなかで、ばったり出くわすことができるなんて。思い返してみると、一年前の7月にもAさんを誘ってここリキッドルームZAZEN BOYSのライブを――現在の体制になって東京では初となるライブを――を観にきて、そのときもKさんと遭遇することができたのだった。あれからもう一年が経つのか。7月12日という日付は見覚えがある気がすると思って写真フォルダーを遡れば、1年前の7月12日は那覇にいて、新体制となって初めてのライブを見届けている。去年と同じように恵比寿駅近くの焼き鳥屋に3人で入り、ウーロンハイと白ワインとホッピーで乾杯。AさんはKさんが7月生まれだということをおぼえていて、聞けば昨日が誕生日だったのだという。Kさんが自分への誕生日プレゼントに買ったものの話を聴きながら、杯を重ねる。