2月1日

 朝7時に目を覚ますと、隣で寝ている知人が「後藤さん殺されたよ」と言った。それからまた眠りについて、目を覚ましてはまた眠るを何度か繰り返した。夢をたくさん見たが、知人が話した内容は夢ではなく、ほとんどの番組ではその事件を特集していた。何か考えのようなものが浮かんではすぐに消えていく。この4年間はずっとそんなふうに過ごしているように思う。チャンネルを回していると、『ワイドナB面』(フジ)に出くわした。武田鉄矢が理想の夫婦について語っている。「100点満点の20点で上等じゃん。今日も生きてる、明日も生きてる、ありがたい」「一番幸せな女の人ってどんな人かわかる? 一番幸せな女の人はね、誰とでも結婚できる人。いちいち選ぶからどんどんややこしくなる」と。それを受けて、松本人志が語る。「でもね、結局僕も思ったんですよ。やっぱ男の理想の女性は何なのかというと、まだ出会ってない女なんですよ。だから、もう無理なんですよね。だってもう無理なんですもん、不可能なんですよ、出会ってない女が理想の女なわけですから、出会ってしまった時点でもう理想の女じゃないんです。それをわかっちゃうと、極論を言うと誰でもいいんですよね」。

 昼はトマトクリームパスタを作った。少し前にミヤネ屋でやっていたのを思い出して、レシピを調べて作ってみた。知人はやけに塩を振って食べていた。15時過ぎ、雑司ヶ谷に出かけて、友人のY田さんと「キアズマ珈琲」で待ち合わせ。Y田さんは引っ越しをしてご近所さんになったので、ちょっとお茶をすることにしたのだ。Y田さんとももう10年の付き合いになる。僕が知り合った頃、Y田さんは世界を旅する人という印象が強かった。今もその印象は強く残っている。彼は、大学が休みの時期になると、大陸を横断したり縦断したりする旅によく出かけていた。いくつかの話題があって、僕はY田さんに「そういえば、シリアのあたりは避けて旅してたんですか?」と訊ねてみた。Y田さんは「悪いけど」と口にして、少し間を置いて、「俺が旅してた頃は、シリアはすげえ安全な国だったからね」と言った。彼は中東のある国で睡眠薬強盗にも遭っているのだし、決して危機意識が欠如した能天気な意見ではないだろう。「俺が旅してた頃は、バックパックで海外をまわると言えばまずは東南アジアが多いけど、その次にどこがいいかって話になると、トルコからシリア、ヨルダンを抜けてエジプトに出るってコースが勧められる感じだった」と。Y田さんによれば、たとえばイランを旅していると政権批判をする若者に出くわすこともあったが、シリアではそんな声に触れることもなく、人々は幸せそうに見えたし、実際旅もしやすかったという。もちろん、バックパックで通過するだけでは見えないものはあるだろうし、アサド政権下で抑圧されていた人も大勢いるのだろう、いるのだろうけれども、たった10年近くでそんなにも情勢が変わったのかと驚く。知らない事は本当に山ほどある。

 Y田さんと別れて、「古書往来座」で数冊買い物をして帰宅する。しばらくテープ起こしを進めて、20時に夕食。今日は寄せ鍋だ。もう満腹になっているのに、つい〆の麺まで食べてしまう癖をどうにかしなければ。鍋が空になると、テレビを消して読書をした。知人はずっと西さんの『サラバ!』(小学館)を読んでいる。せっかくのサイン本なのに、知人はそれにワインをこぼしてしまった。僕は今日買ってきた遠藤周作『私にとっては神とは』(光文社文庫)を少しだけ読んだ。入口のあたりにこんな一節があった。「後年になり、いろいろと思想遍歴をしたのちにキリスト教徒になった人を、非常にうらやましく思うようになったこともありました。でもいまの心境としては、どっちでも同じだという気持です。親が定めてくれた許嫁と結婚しようが、自分で選んだ、つまり恋愛結婚をしようが、どっちでも同じだという心境です」。ふと、朝の『ワイドナB面』のことが思い浮かんだ。それから隣で読書する知人を見た。中々にちんちくりんだ。ちんちく、と声を掛けると、知人はこちらを振り返った。彼女がここを出て行かない限り、こうして過ごしていくのだろう。