4月16日

 6時過ぎに目が覚めてしまう。ケータイをいじりながら、そのうち二度寝するかと思ったが眠れなかった。7時半にジョギングに出る。「バー長谷川」の前を通りかかったところで、ハッと立ち止まる。相変わらず貼り紙が出ているのだが、そこには「新型コロナウィルス感染拡大防止のためしばらくの間休業致します」と書かれている。先週とは文言が変わっているのだ。閉店しているあいだに店にきて、掃除をしたりしたのだろうか。不忍池まで出ると、草刈作業中である。帰り道、「ベーカリーミウラ」に立ち寄り、コーンチーズのパンを2個買い求める。税別380円で、けっこうな贅沢であるのだけれど、ここのパンはずば抜けて美味しい。店主のTさんと少しだけ立ち話。言うまでもなく飲食店は大変そうだ。「橋本さんも、健康に気をつけて」。そう見送られて、袋を片手にジョギングを続ける。僕の懐具合だと毎日はこれないけれど、ときどき買いにこなければ。

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 アパートに戻り、シャワーを浴びる。コーヒーを淹れながら高田渡を聴く。読むのを楽しみにしている日記のひとつ、見汐麻衣さんの寿司日乗を読んで、今日が高田渡の命日だと知り、追悼、なんてことでもなく、なんとなく聴きたくなって再生する。起きてきた知人が、どうして高田渡をと聞くので、今日が命日だって読んだからと答える。「それで言うたら、昨日、4月15日も命日みたいなもんやけどの」と知人が言う。4月15日という日付にはおぼえがなかった。何か大事なことを忘れてしまっていたのかと不安になり、問いただすと、「2年前、渋谷すばるが脱退会見した日やろ!」と知人が言う。あの日もたしか「ベーカリーミウラ」に行き、同じ物件の中で営業していた「平澤剛生花店」で渋谷すばるのテーマカラーである赤色の花を買って帰ったのだった。

 昼、久しぶりに押入れからチノパンを取り出す。今月に入ってからというもの、スウェットで出かけることしかしておらず、なんだかずいぶん久しぶりの履き心地である。自転車こいで後楽園に出て、なんとなくの方角に向けて走り、12時半に神楽坂にたどり着く。「かもめブックス」の前で、友人のA.Iさんが立っている。こうして誰かと待ち合わせをして会うのも、今月に入ってから初めてのことだった。もしかしたら休業に入っているかと思っていたが、「かもめブックス」は営業していたので棚を眺めて、2冊ほど購入する。コンビニにも立ち寄り、黒ラベルのロング缶を2本買っておく。

 「小さい公園か、大きい公園か、どっちがいいですか?」と提案され、小さいほうの公園に向かう。ベンチが二つあり、ちょうどソーシャルディスタンスを保てそうな距離なので、ひとりずつ腰かける。この距離で橋本さんの声聴き取れるかなとAさんが言う。話したいことは山のようにあり、ひとつずつ話をする。Aさんは「今回の座組の皆で稽古してる夢を見る」と言っていた。出演者オーディションでしかまだ顔を合わせてなくて、そこから半月以上会っていない人たちだというのに、そんな夢を見るのかと印象に残った。

 2時間ほど経ったところで、公園から移動する。「かもめブックス」でコーヒーを買って、トイレを借り、今度は大きい公園に行ってみる。こちらは子供で一杯だ。今日が平日とは思えないほど賑わっている。真ん中には山のようになった遊具が置かれていて、小さい頃わたしはあの山に夢中になっていたけど、今思うと何がそんなに楽しかったのか思い出せないとAさんが言う。お父さんはよその子供とすぐに仲良くなってたから、知らない子と一緒によく野球をやっていたのだ、と。

 ここでも隣り合ったベンチにそれぞれ座りながら、話を続ける。鬼ごっこをやっているのか、こどもがときどき大声を上げながら僕のベンチの後ろに回り込んで、そこから何かしゃべり続けている。近いなキミ、と思うけれど、この公園の中で違和感を表出するわけにはいかない気がして、素知らぬふりで話を続ける。自分の性格からすると、こんな状況でなくとも「近いなキミ」と思っていただろう。でも、そこに「キミ、マスクしとらんな」という意識がちらついてしまうのが余計だ。こんな状況で、ひとり暮らしの皆は何してるんでしょうねとAさんが言う。共通の知り合いで一人暮らしの人はたくさんいるけれど、連絡を取っている相手はいなかった。なんでしょうね、オンライン飲み会とかですかねと返すと、何それ!とAさんが驚く。ひとしきり説明すると、そういうのは私はいいや、とAさんが言う。こうやって公園で会って話したいと思える人もそんなにいないけど、オンラインでって、そんなの何を話したらええの、と。

 あれこれ話しているうちに、気づけばこどもたちの姿が少なくなっている。時計を確認すると16時半だ。日も傾き始めており、今日はなんだか寒くて手がかじかんできたので、そろそろ帰りましょうかと立ち上がる。沖縄、行きましょうねと約束して、帰途につく。自転車をこいでいると冬みたいに感じる。アパートにたどり着き、いくつかメールの返信をしたあとで、晩酌の準備に取りかかる。コールスローを作っているうちに知人が帰ってきたので、回鍋肉は作ってもらう。20時に晩酌を始める。あんまり観たい番組が残っておらず、Amazonプライムビデオを開くと、アニメ『笑ゥせぇるすまん』があった。知人は小学生の頃に夜更かしして観ていたらしく、懐かしいというので再生する。いやあ、おしゃれよね、話が面白いとかっていうよりも、このおしゃれさが好きで観よったんかもしれんわと、知人はずっと独り言を言っている。

 何話か再生したあとで、映画でもという話になる。無料で観られる映画を探していると、『レオン』があり、知人がまたしても「懐かしい」と言う。僕はいちども観たことがないので、『レオン』を観ることにする。画面に登場するジャン・レノに、「やっぱ似てるわ」と知人が言う。これまで伊吹吾郎勝新太郎と言われたことがあったけれど、ジャン・レノが加わった。数ヶ月前に買ったコートも、どことなくこの映画でジャン・レノが羽織っているコートに似ており、「似せにきてんのかと思ってた」と知人は笑う。映画をほとんど観ない僕は、ジャン・レノはたまにCMで観かける人でしかなかったけど、そうか、俳優だったのか。映画を観終えたあと、布団を敷いて眠りにつこうとしたところで、やっぱり全然似てないわ、ただの平たい顔族の人やね、と知人が言う。