朝8時になっても、ロビーには誰の姿も見えなかった。昨日はこの時間になると誰かが朝食を取っていたけれど、公演2日目にしてケルン公演最終日となるこの日は、送迎車の第一便が13時半、第二便が14時半に設定されているから、皆ゆったり過ごしているのだろう。僕は少し早めに起きてきて、尾野島さんが起きてくるのを待った。30分ほど経ったところで、尾野島さんがロビーに姿を現す。ただし、尾野島さんがやってきたのは部屋のほうからではなく、玄関の外からだった。ケルンにやってきてからというもの、尾野島さんは毎朝ジョギングしていた。今日はまず、その姿を写真に収めるところから始めようと思っていたのに、もうジョギングを終えてしまっていた。

 もちろん、ジョギング姿を撮るためだけに待ち構えていたわけではなかった。尾野島さんには、昨日の公演を観終えたときから――いや正確には出発直前に横浜・急な坂スタジオで行われた通し稽古を観たときから――訊いてみたいことがあった。

 昨日の日記にも書いたように、『てんとてん』という作品が海外で上演されるのは今年で3年目だ。1年目と2年目は大幅な変更が加えられていたのに対し、2年目と3年目を比べると、台詞と演出はそのままである箇所が多かった。ただ、1年前からそのままである台詞が、今年は違う響きを持っていたのだ。それは、僕の受け取る印象が違うというだけでなく、音として違っていたのである。特に違って聴こえたのは、吉田聡子さんの声と、尾野島慎太朗さんの声だ。一体、何が声の響きを変えたのだろう――?

「たしかに変更はそんなになかったんですけど、でも、今年追加されたシーンで、ちょっと震災のことを言ってるじゃないですか」。尾野島さんはそう話を切り出した。「去年までは、僕はどちらかというと“あやちゃん”にフォーカスを当ててたじゃないですか。他のことに関わってないわけじゃないですけど、“あやちゃん”のことを通して『忘れていく』ってこととかに向かって行ったんですよね。でも、今年は津波の話を加えてることで、実子ちゃんの言ってる台詞とか、聡子ちゃんの言ってる台詞がもっと身近にくるというか」

 尾野島さんが演じる“しんたろう君”というキャラクターは、彼が中学校を卒業して10年経っても、家出をして森の中でキャンプをしていた“あやちゃん”のことを振り返っている。2011年になっても、10年前の2001年の記憶を、ビデオカメラ片手に訊いて回っている。同級生のひとり“じつこちゃん”とは、こんなやりとりをしている。

「2001年か。えーっと、なんだろうな」
「うん」
「いや、まあ、あやちゃんのことは、そうなんだけど」
「うん」
「3歳のおんなのこが殺されたのも、そっか、10年前か」
「そうなんだよ」
「いや、忘れてたなあ、そんなこともあったよなあ」
「うん」
「え、しんたろうくん、なにがしたいの、それ撮って」
「や、なんだろう」
「まあ、いいけどさ」

 また別のシーンでは、10年前のことを振り返りながら、“しんたろう”と“じつこ”はこんな会話を交わす(本当はもう少し様々な階層が入り混じったシーンなのだけれども、わかりやすくするために、二人の会話だけを抜き出して記す)。

「いまのこともさあ、10年後にはさあ、これくらい、忘れられているってことだよ。2021年にはさあ、2011年のことなんて、これくらい薄くなってるってことだよ」
「うん」
「だからさあ、記録しておこうとおもってさ。せめて。あやちゃんのこと、こうやって忘れてしまっているように。こないだのことも、10年後には――」
「うん」
「だからさあ、記録しておこうとおもって」

 このシーンが、2015年版では、次のように変更されていたのだ。

「いまのこともさあ、10年後にはさあ、これくらい、忘れられているってことだよ。2021年にはさあ、2011年のことなんて、これくらい薄くなってるってことだよ」
あやちゃん
「だからさあ、記録しておこうとおもってさ」
学校。波。あやちゃん
「あやちゃんのこと、こうやって忘れてしまっているように、こないだのことも、あゆみちゃんのことも、10年後には――」
あゆみちゃん
「だからさあ、記録しておこうとおもって」
学校。波。あやちゃん。あゆみちゃん。私、もう、この町に――

 『てんとてん』という作品の中で、振り返られている記憶は――“てん”は――2001年という年に比重が置かれていた。作品の中のキャラクターたちは、10年前、森の中でキャンプをしていた“あやちゃん”のことを振り返っていた。また、その年に起きた出来事として9・11のことも大まかに振り返られる。劇中にはこんなやりとりもある。

「ねえねえ、きのうの夜の、見た?」
「なになに」
「ビルに飛行機が突っ込んだやつなんだけど」
「なにそれ」
「なんか、すごかったんだよ。見ていた番組が中断されてさあ」
「えー、へー」
「いきなり画面が切り替わって、そしたら、ビルに飛行機が突っ込んで」
「え、なにそれ」
「いや、最初、ウソかとおもったよ。なにかの冗談かとおもったよ、ほんと。そしたら、ほんとうに起こったことらしくって」
「へー、そうなんだ。帰ったらニュース見てみよう」

 このやりとりには、ある悲劇に対する現実感のなさが現れている。このやりとりをしているのが中学生だということもあるだろう。でも、彼らが中学生であることをのぞいたとしても、海の向こうの出来事に対する距離感というものはあるし、いかに悲惨な出来事であろうとも私自身が傷ついたり、身近な誰かが傷ついたわけでもないという距離感はある。1年目にフィレンツェで公演したとき、藤田さんは「悲劇を描きたいわけじゃなくて、悲劇と自分との距離を描きたい」と話していた。

 『てんとてん』という作品における、悲劇と私との「距離」――それは、9・11だけでなく、3・11の取り扱い方にも表れていた。2013年版と2014年版では、3・11を想起させる言葉を口にするのは召田実子さんだけだ。その言葉というのは、いくぶん唐突に――そしてそこだけ客席に向かって――こう語られる。

「この町の、この土地の地面は、おおきく揺れた。2011年、春。町が、土地が無くなるくらい、おおきく揺れた。あれから、10年経った、2011年である」

 その語りの唐突さもまた、その悲劇に対する距離を感じさせた。それに、「この町」と言っているが、作品の中で描かれる町が地震津波で被害を受けたことを思わせる描写は、これの他には出てこなかった。

 前置きが長くなってしまった。ここまでが、2013年と2014年の公演の話だ。

 今年ケルンで上演された『てんとてん』という作品では、震災を想起させる台詞が増えていた。以前は“じつこちゃん”だけが語っていたそれを、今年は“しんたろう君”や“はさたに君”、それに“さとこちゃん”も口にする。たとえば、こんなやりとりだ。

「あんな小さかったっけ、うちらの学校?」
「え?」
「いや、うちらの学校」
「そう思うよね」
「でも、やっぱり全然違うね。っていうか変わり果てたよね。まあそりゃそうだけど」
「うん」
「だってここまで来てたわけだよね。だって波が」
「波」
「そう、あれは、10年前。2001年、だから今は、2011年」
「ここまでくるわけのない、波」

 ここで興味深いのは、単に震災について言及する登場人物が増えたということだけでなく、作品世界の町もまた、震災の影響を受けているということだ。たとえば、実子さんの台詞。

「この町の、この土地の地面は、おおきく揺れて、おおきな波にも、のまれた。この町は、この土地は。その揺るぎない事実が、のしかかる、のしかかる、のしかかる、のしかかる……」

 この台詞は、今年のバージョンではこう加筆されている。

私たちが住んでいるこの町は、海に面している。海に、海に、面している。あやちゃんがテントを建てていた場所からすぐのところには、川が流れていて、だから、この川は、海まで、海まで、繋がっている。この町の、この土地の地面は、おおきく揺れて、おおきな波にも、のまれた。波は、学校も、森も、全部、飲み込んだ。その揺るぎない事実が、のしかかる、のしかかる、のしかかる……」

 「この町」とだけ言うときと、「私たちが住んでいるこの町」と言うときとでは、あきらかに距離感が変わっている。しかもここでは、“あやちゃん”がキャンプをしていた森も波に飲まれたことが暗に語られている。それからもう一つ、こうして震災のことが語られるシーンで、“あゆみちゃん”は皆とはテントを挟んだ彼岸に――津波に飲まれてしまったテントの向こう側に立たされている。具体的に語られるシーンはないけれど、どうやら“あゆみちゃん”は震災で亡くなってしまったようなのだ。

 悲劇に対する距離感が変わっている――そのことを考えると、今年の『てんとてん』は、変更された点が少ないとはいえ、大きな変更が加えられているとも言える。

「やっぱり、時間が経ってるじゃないですか」と、すっかり朝食を食べ終えた尾野島さんは言う。「去年の公演からも1年ぐらい時間が経ってるし、震災のことも、感触が今と全然違ってるし……。そういうことを考え始めたら――そうですね、作品をやってても去年とは感じが違いますね。いくつかシーンを加えて、日本でも何回か通し稽古をやったじゃないですか。あのときも違和感があって、ちょっと戸惑いながらというか、『これでいいのかな』っていう感じがあったんですよね。違和感っていうのは別に、作品としてどうってことじゃなくて。1年前に『てんとてん』をやったときとは出てくる感情が違うから、この感情でやっていいのか、ちょっと戸惑いましたね。でも、どんどん距離感が変わってきてるってことはやっても思うし、それを隠さずにというか、今の自分がその作品をどう考えるか、今その瞬間になにを思っているのか、そういうことが大切なのかなと思ってやってますけどね」

 尾野島さんもまた、「距離感」という言葉を口にした。

「こないだも、日本で事件があったじゃないですか。今、日本に帰ったらその話で持ちきりなんだろうけど、でもその前にもいっぱいあったし、過去にも凄惨な事件があったけど、それは忘れられていくっていうことが、結構リアルに自分の中にもあるから。その距離感っていうのは、初演でやってきたときよりもずれてきてますよね」

 しかし、今年の『てんとてん』において、震災のことが(前に比べると少し)前面に出てきたのはなぜだろう?

 マームとジプシーの作品はよく、「リフレイン」という言葉をもとに語られるし、藤田さん自身もその言葉を通じて自分の演出を語ってきた。彼の作品では、同じ台詞や同じシーンがしばしば繰り返されるが、それは単なるリピードではなく、リフレインである――と。同じシーンが繰り返されたとき、役者の中には何か蓄積しているものがあるし、そこで発露される感情も嵩を増している。また、観客のほうでも、リフレインされたシーンを観るときに浮かぶ感情や気分は1回目と違っているというわけだ。

 僕は、今年の『てんとてん』を観ていたときに、あらためてリフレインということを考えた。この作品は、1年に1度のペースで現在のところ上演されている。ただ、1年前と同じ音、1年前と同じ動きで精密にリピートすることは、ハナから想定されていなかった。昨日のミーティングでも話があったように、役者たちは「この1年」ということを踏まえて舞台に立つようにと言われている。1年ごとのリフレインというのは、舞台に立つ人にとって、どういう感触をもたらすのだろう?

「どうなんですかね。ここまで長くやる作品もなかったんで。初演がもう2年前とかですからね。今年3年目ですよね。そんなに長い期間作品を考えるってこともなかったですし。藤田君が言うところの『再演はできない』って話で言えば――再現しようとしたら初演に近くなると思うんですけど、過去に起こったことがある一方で、今っていうのはどうしてもリアルタイムに進んでいくから、過去の事件はどんどん過去になっていくというか……。リアルな時間が、どんどん過去と離れていくから、感触が変わってるんですかね」

 2013年。

 2014年。

 2015年。

 それぞれのバージョンを比べたときに、僕の中で印象的なことがある。それは、最初の年に劇中で使用されていたキース・ジャレットの曲が――かなり印象的に使われていたし、ある意味では象徴的な意味を持っていたこの曲が――、2014年には一度姿を消したものの、2015年には再び使用されていたということだ。

 その曲は、『ケルン・コンサート』に収録された曲である。1975年にケルンのオペラハウスで収録されたライブ音源だ。その曲を再び劇中で使用したことには、まさにそのケルンで上演するからということもあるだろう。でも、それだけが理由ではないはずだ。

 藤田さんのお父さんは、キース・ジャレットの『ケルン・コンサート』をずっと家で流していたという。藤田さんは、幼い頃から何度も何度も繰り返しその音源を聴いてきた。1年目のフィレンツェ公演のとき、藤田さんは「この劇は記憶っていうモチーフを扱ってるわけだけど、その劇に僕が小さい頃から音楽を流すっていうことでも、『ケルン・コンサート』が良かったんだと思います」と語っていた。

 では、2013年の劇中で聴く『ケルン・コンサート』と、2015年の劇中で聴く『ケルン・コンサート』は、同じ響きを持っていただろうか? もっと言えば、彼が幼少期に聴いた『ケルン・コンサート』と、今この年で聴く『ケルン・コンサート』は、同じだろうか?――昨日のミーティングを引き合いに出すまでもなく、それは違う音であるはずだ。

 どんどん日記ということから離れて行ってしまうけれど、この日僕が思い浮かべていたことではあるので、もう少し続ける。
 
 『てんとてん』という作品で――いや、マームとジプシーの作品において――重要なモチーフになるのは“記憶”だ。たとえば、作品の終盤にはこんな台詞が登場する。

「この街から出ていったら、おもいださないだろう。わすれてしまうだろう。でも、わすれてしまっても、いいのかもしれない。こんな時間のことなんて。記憶っていう“てん”なんて、そんなもんなのかもしれない」

 作品の中で、6人の登場人物はいろんなことを振り返り続けている。森の中でキャンプをしていた“あやちゃん”のこと。あのときもらった手紙のこと。殺された3歳の女の子のこと。飛行機が突っ込んだ映像のこと。学校の休み時間のこと。10年経っても、彼らは思い出している。「この街から出ていったら、おもいださないだろう」という言葉とは裏腹に、思い出している。

 そのことを考えると――この作品で扱われているのは、“時間が経つにつれて記憶が薄れ、忘れてしまうこと”ではなく、“時間が経つことでますます記憶が強烈になってしまうこと”なのではないだろうか。あの曲のことだって、あの事件のことだって、あの地震のことだって、少しずつ時間としては遠ざかってゆく。でも、その瞬間に感じた何かは薄れてしまったとしても、その出来事がより大きなものとして自分にのしかかってくる――そうした“記憶”をテーマとしているからこそ、最初に作品を発表したときに比べてあの自身は過去として遠ざかっているはずなのに、作品の中では以前より近いものとして描かれることになったのではないだろうか。

 今年の『てんとてん』を観ていると、本当にいろんなことが頭に浮かんでくる。昨日の本番を観ているとき、「こんなにいろんなことを考えてたっけ?」と、客席でひとり動揺したくらいだ。

「ね。そうですよね。私もそう思いました」。そう話してくれたのは荻原さんだ。この日、尾野島さんの他にもう一人、話を聞いておきたいと思っていたのが荻原さんだった。

 尾野島さんの声が1年前に比べて違う響きを持っていたということは既に書いた。それとは反対に、去年と近い響きを持っていたのが、(特にあるシーンにおける)荻原さんの声だった。荻原さんは、1年ぶりにやる作品に何を思ったのだろう――そのことを聞いておきたかったのだ。ただ、尾野島さんが一足先にジョギングに出てしまっていたのと同じように、荻原さんは散歩に出かけてしまっていた。その帰りを待って話を聞こうと待ち構えていると、散歩を終えてロビーに戻ってきた荻原さんは、「じゃあ、散歩しながら話しますか」と言った。

「なんか、昨日になって気づいたことが結構あって」。森の中を抜ける道を歩きながら、荻原さんは言う。「それじゃあたぶん遅いんですけど――昨日のゲネプロのときに、言われたじゃないですか。そのときに気づいたこともあるし、本番で気づいたこともあります」

 昨日のゲネプロ(通し稽古)が終わったあと、藤田さんから出たいくつものダメ出しの中には、荻原さんの関わるシーンのものもあった。公演が始まるまでの時間、そのシーンを繰り返し稽古していた姿のことがふと思い出された。

「昨日の朝のミーティングで、“誰かの死”ってことが、もっと“一個体としての死”になってしまうって話があったじゃないですか。その中で、『てんとてん』っていう作品は、ちょっと立ち止まって“誰かの死”ってことを考える、そういう作業をしてるって話がありましたよね。それを、あらためて、テントに入ったときに思い出しました。なんか、聡子ちゃんの台詞とか、聴いてたりとかして。『忘れてしまってもいいのかもしれない』って台詞がありますけど、私もよく忘れるし、覚えていられることなんて本当に少ないし――でも、それでも、たとえば亡くなった人のことを思い出したりするときもある。そういう、『忘れないよ』ってことを、やってるのかなって」

 昨日のミーティングで、藤田さんは「6人が6人の頭のまま、この1年近くのあいだに自分たちは何を見てきたのかっていうところでやってほしい」と語っていた。荻原さんにとって、この1年はどういう時間だったのだろう。

「何でしょうね。なんか、『cocoon』を、ずっと観てきて。ほんとに、ただただ観てきて。私はスタッフ側だったから、冷静に観れる部分があったんですよね。ただただ観て、ただただ感じて。でもそれが、言葉にできなくて。ただ、日記をつけたりして――いや、すごいたまになんですけど――思ってることはあるなってときは、書かないと気が済まないから、何かしら書くんですけど。でも、そのときに思ってることはあるんだけど、自分でも何を思ってるのか、その思いが何なのかはわからないんですよね。今もそうなんですけど。でも、考えるとかっていうんじゃなくても、ふっと思うことってあるじゃないですか。そういう、気づきみたいなのがふっとあるんですけど、それを言葉にすることができなくて。大きな塊としてはわかるんだけど、腑に落ちないことが――これは作品のことじゃなくて、自分の日々のこととかですけど――あったりして。だから、台本自体はあんまり変わってないんだけど、2015年の今の言葉みたいなものを考えなきゃいけないんだろうなって思います。それはたぶん、それぞれの2015年があるんだと思うんですけど、橋本さんは2015年、どうですか?」

 そう訊ねられたとき、僕が改めて思い浮かべたのは“あやちゃん”の声の響きの変わらなさだ。

『てんとてん』という作品の中で、去年は“あやちゃん”が死に、今年は“あゆみちゃん”が死んでしまったように、僕の人生においても、年を重ねていくとそういうことが待ち受けている。人に死に限らず、いろんなことが次々に積み重なっていく。僕の人生が何かのリピートではない限り、そこで思い浮かぶ感情というのは――『てんとてん』をやっている役者の皆の感触が去年と今年とでは違っているように――毎回変わるだろう。

 ただ、変わっていく部分もあるけれど、変わらない部分、変わってはいけない部分もあるはずだ。たとえば、“あやちゃん”と“しんたろう君”はこんな言葉を交わしている。

「でも、なんで、みんなそんなに器用に振る舞えるわけ?」
「は」
「いや、あんなことがさあ、あったのに」
「え」
「なんでそんなにみんな、普通に日常に戻れるわけ?
「いや、それはさあ」

“あやちゃん”は、身のまわりで起こったこと、世の中で起こったことに、他の皆より敏感に反応する。その出来事を脇に措いて、普通の日常を過ごすということができない人間だ(だからこそ、家出をし、森の中でキャンプまで始めてしまう)。何かが起きるたびに、「これって一体、どういうことなんだろう」と立ち止まる――そこで頭に浮かぶことは違うにしても、そこで立ち止まるという点において、“あやちゃん”というキャラクターはずっと変わらずにいる。その意味における限りで、“あやちゃん”の持つ声の響きの変わらなさは、すごく大事なことなんじゃないか――。

「そういう意味では、すごく変わらない部分がありますね」。僕の話を聞き終えた荻原さんはそう言った。「これはでも、何歳になっても変わらないんじゃないかと思います。これはちっちゃいときからそうで、自分でも気づいてて、『これじゃいけないな』って本当に反省してるんですけど、皆より出遅れちゃうんですよね。それはきっと、勇気がないからなんですけど、いつも出遅れて――うん。なんか、そういう感じです」

 全員が劇場に揃ったのは、15時半になろうとする頃のことだ。劇場に着くとまず、近くのコインランドリーに洗濯に出かけた(劇場にも、ホテルにも、ホテルの近くにもランドリーはなかった)。コインランドリーから帰ってきた皆は、ソーセージをいくつか手にしていた。劇場の近くでお祭りをやっていて、屋台が出ていたらしかった。

 皆でソーセージをつまんでいると、「俺、もうビール飲んでいいかな?」と藤田さんが言う。
「うん、たかちゃんがいいなら、いいんじゃない?」
「じゃあもうビール飲もう」
 今日は2日目だから、ゆったりとした空気が流れている。昨日の慌ただしさが嘘みたいだ。
「たかちゃん、稽古はやる?」
「ちょっと、どうしよう。基本的に、僕的には稽古をやるべきところはないんだけど。だって、昨日は特にミスってなかったよね。とりあえずさ、稽古っていうより外歩こうよ。皆で外歩いたほうがいいんじゃない? 今、コインランドリーまで行ってきただけだけど、外歩くの楽しかったよ?」

 藤田さんの言葉に従って、全員で街を歩いてみることになった。スタッフも、役者も、全員揃ってケルンの街を歩いた。ケルンの街を散策するのはこれが初めてだった。ジェラートを頬張る子供たち。スケボーを走らせる若者たち。カフェでお茶をする女の子。ビール瓶を手に歩く人とよくすれ違う。パブからは人が溢れ出していて、時折歓声と溜め息が聴こえてくる。ケルンのサッカーチームの試合を中継しているようだ。劇場の近く、石探しをしたときには荒涼としていた場所には屋台が並んでいて、仮設のステージではライブも行われている。多くの若者が道路に座り込み、ビールを飲みながら会話に花を咲かせている。西日が強く、きらきら光っている。

 街を歩いていると、細部は全然似ていないのに、やっぱりどこか日本に似ているような感覚になった。それは、一つには、ヨーロッパにしては古い建物を見かけないせいかもしれないと思った。ドイツは、日本と同じく第二次世界大戦の敗戦国であり、70年前に焦土と化した国だ。ケルンの街も、日本の都市と同じように、空襲で大きな被害を受けている。

 この日は派手な服装の人とよくすれ違った。民族的な衣装をまとった人もちらほら見かけた。あとになってサシャさんが教えてくれたのだが、この日はカーニヴァルだった。カーニヴァルは本来冬の行事だ。でも、今年は初めて夏にもカーニヴァルが開催されたのだという。どうして冬にもカーニヴァルを開催することになったのか、サシャさんに時間のありそうなタイミングを見計らって聞いてみようと思っていたものの、ついにそんな時間を見つけることはできなかった。

 サシャさんも、他のスタッフも、本当によく働く。

 仕込みが行われた日、ちょっとしたトラブルがあった。こちらが要求していた設備が、どこかで行き違いがあったのか、揃っていなかったのだ。そうしたトラブルは、これまでのツアーでも経験したことがある。驚いたのはそのあとだ。現地のテクニカル・スタッフは、それを挽回するべく、昼休みもろくに取らずに作業を続けてくれたのだ。

 同じヨーロッパの国でも、イタリアを訪れたときには3時間近いランチタイムがあり、午後も仕込みは続くというのに、現地のテクニカルスタッフは白ワインを飲んでいた。同じヨーロッパの国でも、こうも国民性が違うものなのかと不思議な感じがする。とにかく勤勉な人が多かった。僕たちが泊まっているホテルでもそれを感じた。受付を仕切っているのは、毎日同じ男性なのだけれども、彼は朝から晩までせっせと働いて、とても親切に接してくれた。

 近代化を推進するにあたり、明治政府はドイツをモデルとした――授業でそんなふうに習った。今から100数十年前の日本人は、ドイツ人のこうした勤勉さに感銘を受け、また、自分たちと近しいものを感じたのかもしれない。

 19時半――会場予定時刻が15分後に迫ったところで記念写真を撮った。役者も、スタッフも、それに現地のスタッフも交えて、皆で写真を撮った。外に出ると、今日の空は一面のうろこ雲だ。表でビールを飲みつつ開演のときを待っていると、少しずつお客さんがやってくる。今日は同じフェスティバルのプログラムの都合で、遅れてくるお客さんを待つことになった。20時18分、開演のときを迎える頃には、満席には少し届かなかったが、昨日に比べるとたくさんの人が客席に座っていた。

 公演中、印象的だったことがある。それは、音楽にノリながら観劇しているお客さんがいたということだ。これまで、食い入るように見入っているお客さんはどの街にもいてくれた。でも、こんなふうにノリながら観ているお客さんがいたかどうか、すぐに思い出すことはできなかった。『てんとてん』という作品では、テンポよく会話が交わされてゆく。外国人の観客は、当然字幕を追うのに必死になる。でも、今日の観客は、字幕を追いながらも、作品の根底にあるグルーヴを感じているようだった。だからだろう、作品が終演のときを迎えると、スタンディングオベーションが巻き起こった。

 『てんとてん』という作品が、スタンディングオベーションをもって迎えられたことはこれまでにもあった。ただ、そこにはやはり、観劇ということに対するヨーロッパ的な習慣がどこか混じっているように感じられた。今日の観客――特に最前列で観ていた若者たちは、とても座ってはいられないといった様子で興奮気味に立ち上がり、歓声をあげ続けていた。

 拍手に迎えられ、4度目のカーテンコールで皆が姿を現すと、舞台袖に控えていた現地スタッフのローラもまた舞台に立った。彼女は手に花を持っていた。その花を、1輪ずつ役者の皆と藤田さんに手渡した。7人に渡し終えると、彼女は客席の後方にまわり、スタッフの皆にも花を手渡してくれた。終演後の楽屋を訪れると、皆、嬉しそうに花を見つめていた。

 すぐにバラシが始まった。僕は劇場の外で風にあたりながらビールを飲んでいた。今日の感想を言葉にすることができそうもなくて、ただビールを飲んで過ごしていた。劇場の隣にはマンションが建ち並んでいる。ケルンの人たちはカーニヴァルの余韻に浸っているのか、あちこちのバルコニーで宴が催されているようだ。見上げると、マンションの窓が妙に眩しく光っているのが見えた。しばらくぼんやりと光に見入っていた。

 ハッと気がついて立ち上がる。マンションとは反対側の方角に目を向けると、空には煌々とした満月が浮かんでいた。この前に満月を見たのは沖縄で、あのときは『cocoon』のツアーをやっていた。考えてみれば、『cocoon』が千秋楽を迎えたのはつい最近のことだ。あれからわずか2週間後にはケルンにいて、その公演ももう終わってしまった。いろんなことが頭に浮かんだけれど、うまく言葉にならないまま消えていった。僕はビールを飲みながら、ただただビールを飲んでいた。