朝6時に起きる。枕元には未開封ビーフジャーキーが置かれている。昨晩は外で飲む気にならず、ホテルで缶ビールを開けたのだが、くたびれてしまっていたのかツマミを開ける前に眠ってしまったようだ。シャワーを浴びて7時45分にチェックアウトし、坂出駅に向かう。寂れている。昨晩坂出駅に到着した時の印象も「寂れている」だった。もちろん坂出より寂れた町はいくらでもある。でも、坂出という町の名前は昔から知っていて、それなりの規模の町であるはずだというイメージがあるから、どうしても「寂れている」と感じてしまう。

 駅舎に入っている喫茶店でコーヒーをテイクアウトし、青春18きっぷ1日目のところに判を押してもらって改札をくぐる。予讃線は丸亀まで混んでいたけれど、そこを過ぎると座れるようになる。瀬戸内海が見える。観音寺で乗り換えて、さらに西に移動する。四国中央市の某駅で下車。ドライブインまでタクシーで移動しようかなと思っていたけれど、そこは無人駅で駅舎もなく、当然タクシーのりばなど存在しなかった。大変だからスーツケースを放置して行こうかとも思ったけれど、(盗まれるかもという心配からではなく)「スーツケースを引きずって入店したほうが『お兄ちゃん、どこから来たん?』と話しかけられるきっかけになるだろう」という理由で引きずって歩く。

 農道を30分ほど歩くと国道が見えてくる。そしてその角に目当てのドライブインがある。10時半に店に入ると、お店のお母さんが「お兄ちゃん、すごい荷物じゃねえ」と話しかけてくれる。まずはコーヒーを注文。お母さんはエアコンをつけてくれる。店の奥では常連とおぼしきお父さんがお酒を飲んでいる。ほどなくしてコーヒーと一緒にトーストと目玉焼き、サラダが運ばれてくる。ゆっくり食べ終えたところで、「すみません、お酒も頼めるんですか?」と話しかける。お店のメニューにはお酒が表示されていないのだ。

 「ビールじゃと、瓶と缶があるけど」。「じゃあ瓶でお願いします」。そこで運ばれてきたのもビールだけであなく、突き出しも一緒だ。しかも、最初の一杯だからということではなく、瓶を追加するたびに違うツマミが運ばれてきた。ツマミはメニューにないのに、こんなに用意していることに感服する。どのタイミングで相談を切り出そうかと思っているうちに14時になり、「ごめんねえ、そろそろ出かけにゃならんのよ」とお母さんが言う。無理を言って最後にラーメンを作っていただき、『月刊ドライブイン』を手渡し、今度改めてお手紙をお送りしますが、お話を伺えないかと思っているんですと伝えて店を出た。

 再び30分歩いて駅まで引き返し、予讃線でさらに西を目指す。瀬戸内海が見える。海が見えると浮かれてしまうけれど、周りの乗客は毎日目にしているものなので特に関心がなさそうだ。松山で乗り換える。少し混んでいたが、伊予市を過ぎるとほとんど貸し切りだ。窓の外は真っ暗で景色を楽しむこともできないので、ひたすらテープ起こしをする。

 20時、八幡浜という駅にたどり着く。今日の目的地だ。駅の掲示板をみると、どうもちゃんぽんが名物であるようだ。駅のセブンイレブン――最近は駅のキオスクではなく駅のセブンイレブンだ――で缶ビールを2本買って、タクシーでホテルへ。1時間ほどテープ起こしの続きを進めたところで、飲みに出ることにする。昨日は飲みに出なかったけれど、今日は良い店に出会えそうな予感がしたのだ。

 ホテルのロビーで「この近くでちゃんぽんを食べられるお店はありますか」と尋ねてみると、「この時間だと、確実に食べられるのは『みなと』というお店です」との答え。「みなと」ねえ。さてどうしようかと街に繰り出し、ホテルの近くを散策してみると、何軒か飲み屋があったのだが、たしかに「みなと」が良さそうだ。昔から営業しているような風情があり、団体も入れるけれどカウンターもあり、渋い雰囲気だ。

 暖簾をくぐり、カウンターに腰掛ける。カウンターは僕だけだ。まずは熱燗と、適当なツマミを注文する。と、「お客さん、皮ちくわって食べたことあります?」とマスターが言う。まったく見落としていたけれど、よくよくメニューを見ると「皮ちくわ」という謎のメニューがある。「これはこの地域ならではのもので、魚の皮を使ったちくわなんです。お酒が好きなら、きっと気に入ってもらえると思いますよ」。その勧め方にまったく嫌味がなく、ああ、食べてみたいという気持ちになって、注文を変更した。

 運ばれてきた皮ちくわを一口食べてみる。ウマイ。ここは間違いなく良い店だと確信して、そこからはマスターのおすすめに従って注文する。じゃこ天がこのあたりの名物であろうことは察しがついていたけれど、あったかい状態で出てきて少し驚く。焼き鳥は味噌ダレにつけ込まれている。この甘さは瀬戸内の味だという感じがする。二杯目からは焼酎のお湯割を飲んだ。「梅かレモンを入れられますけど」と言われて、普段はお湯割に何も入れたことがないのに、つい「梅で」と答えてしまう。さて、シメにちゃんぽんを食べようかと思っていると、「お客さん、さつまめしって食べたことあります?」とマスターが言う。冷汁に近い、このあたりの郷土料理だという。せっかくだからそれをいただく。

 さつまめしもまた非常にうまかった。ただ、どうしてもちゃんぽんも諦めきれず、麺はいいからせめて汁を飲んでホテルに戻りたくなった。無理を承知で、「料金はそのままでいいから、ちゃんぽんの汁だけいただけませんか」とお願いしてみると、快く提供してくれた。なんて素敵な店なのだろう。通いたくなるほど良い店だ。あんまり楽しくて予定よりも早いペースで酔っ払ってしまって、22時半にはホテルに戻り、眠りにつく。