4月7日

 7時過ぎに目を覚ます。つけっぱなしのテレビから、ボリス・ジョンソン首相が集中治療室に移されたと速報が流れる。画面の中、時刻の横には「やめよう!買い占め」という文字がずっと表示されている。コーヒーを淹れて、日記を書く。朝はたまごかけごはん、昼はセブンイレブンで105円のレトルトカレーを買ってきて、米を炊き、メークインを1個レンジで温めて、具沢山カレーにして平らげる。午後、気合いを入れ直して、原稿を書く。昨日のうちに9400字まで書き進めていたけれど、終盤に大きく手を加えて、書き進める。16時半に書き終える。しかし、これは、面白いだろうか? 友人であるFさんに向けた「手紙」ではあるけれど、たくさんの人が読むに耐えうるだろうか? ウェブで公開するのに13000字という長さが何よりネックになりそうだと、ショートバージョンも編集して、一緒に送信する。

 午前中に届いていた宅急便を開封する。金曜日にあるはずだった取材に向けて、購入していたリングライトだ。以前、『AMKR手帖』で取材したとき、商品を撮影しようとしたところでリングライトを持ってきてくれて、商品を照らしてくれたことがあった。飲食店を取材して、料理も撮影するのだから、あれくらいの簡易的なものでも持参したほうがよいだろうと、数日前にAmazonで注文していたのだ。今のところは使い道がなくなってしまったライトを取り出す。あまりキチンと調べずに買ってしまったけれど、常にUSBケーブルを繋いで充電しながら出ないと撮影できないようだ。2千円もしなかったから、このくらいのものだ。インスタ映えのお供にと買う人が多いのだろう。ライトでじゃがいもを照らしてみたり、自分を照らしたりしながら何枚か写真を撮る。

 テレビ画面には「緊急事態宣言」という文字が大きく表示されている。これから記者会見があるようだ。知ったことかと部屋を出て、自転車のタイヤに空気を入れ直し、走り出す。不忍通りをひた走り、池袋に出る。「古書往来座」をのぞく。しばらく前から新入荷の棚に置かれていた『河上音二郎と貞奴』、(今日描き終えた原稿からの流れで)なんとなく今読むべきような気がして、買い求める。「ジュンク堂書店」(池袋本店)に移動し、他の棚は見ずに『文學界』だけ手にとって、レジに向かうと長蛇の列だ。「最後尾」の看板を持った店員までいる。こんなに列が伸びているところに初めて出くわした。

 駅の近くを自転車で通り抜ける。「ジュンク堂書店」の向かいにある「みつぼ」は、いつもは満席になる時間だけれども、ソーシャルディスタンスが保たれる程度の客入りだ。近くの「バシトン」も空いている、「一杯目無料」の看板に後ろ髪を引かれながら通り過ぎる。ファミリーマートに入り、黒ラベルのロング缶を2本と、トリスハイボールを買い求め、南池袋公園。まだ桜が残っている。あまり人がいない場所に腰かけ、缶ビールを開け、『文學界』を――というより平民金子「バイバイ」を――読む。どうしてこの書き手に原稿依頼がもっと殺到しないのだろう。この1年くらいで初めての著書を出した(広めに見積もって)同世代の書き手は何人かいて、ぼくもそのひとりであるけれど、かなわないなと思うのはこの書き手だけだ。

 5人組の若者がやってきて、何枚かゴザを敷き、花見を始める。にわかに公園が騒がしくなる。今日は気温が低く、座っていられなくなったのか、立ち上がって駆け回っている。そして15分と経たないうちにゴザを畳み、ゴミ箱に放り投げ、去ってゆく。公園は再び静かになる。ひとりで芝生に寝転んでいる人。ひとりでベンチに腰掛ける人。二人組でも、しゃべるでもなく、ぼんやり過ごしている人もいる。なんて優雅な世界だろう。大きな月が出ている。今日が満月なのだろう。満月から、友人のA.Iさんのことを思い出す。「今から公園で飲みませんか」と誘ってみようかと思ったけれど、さすがに――と躊躇していると、「今日はスーパームーンですよ!」と、そのAさんからメールが届いて驚く。

 しかし、さすがに誘うのは憚られるので、今日は大人しく帰ることにする。さきほど立ち寄ったファミリーマート、除菌スプレーとキッチンペーパーが並んでいたことが、ずっと焼きついていた。引き返して、棚を見る。除菌スプレーはキッチン用のものだ。ただし「付け替え用」で、スプレーの部分はついていなかった。成分表示にアルコール濃度が書かれておらず、しばらく悩んだけれど、買わずに棚に戻す。キッチンペーパーはもうすぐなくなりそうなので買っておく。キッチンペーパーも、ドラッグストアであまり見かけなくなってしまった。帰り道、雑司ヶ谷霊園に立ち寄る。Googleマップを頼りに、永井荷風の墓かを探す。自転車のライトを取り外し、小道に入ると、樹々に囲まれた場所に「永井荷風墓」という文字を見つけた。ライトで照らしてしまって、申し訳ないような気持ちになる。最近いくつか読みまして、あの、誕生日が同じなんです。と、そんなことを心の中でつぶやいていても仕方がないので、一礼してその場を去った。

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