5月16日

 朝からどんより曇っていた。コーヒーを淹れて、たまごかけごはんを平らげる。キッチンで今日の「取材」のことを考えていると、知人が起きてきて、雨が降りよると言う。カーテンを開けてみると、ちょうど雨が降り出したところであるのか、広場に母子が立ち止まっていて、こどもの傘を広げてあげているところだ。そういえば沖縄ではもう梅雨入りしているのだなと思いを馳せていると、「もう始めていい?」と知人が覗き込んでくる。始める、というのは、酒を飲み始めるということ。いやいやまだ10時10分だからさすがに早すぎるやろと返事をすると、不服そうに布団に戻ってゆく。昼は知人にサバ缶とトマト缶のパスタを知人に作ってもらって、ビールを飲みながら食べた。今日は一番の出来だと知人は満足げだ。

 14時、「取材」を始めるべくSkypeで発信。iPhoneにダウンロードしたアプリから発信してみると、スピーカー通話に切り替えられず、それだとICレコーダーで録音できないことに気づく。ちょっと待っていただけますかとお願いして、パソコンにSkypeアプリをインストールして再度かけ直し、今度こそ「取材」を始める。お久しぶりですと告げると、ほんとに、お久しぶりですとUさんが言う。いつもUさんのお店をふらりと尋ねて、そのまましゃべることしかないので、通話していることがとても不思議に感じられる。「取材」とはいえ、ぼくは記者ではないので、ふつうに会話をする。

 話しているうちに、「橋本さんは思い切って1ヶ月半ぐらい時間を確保して、2週間ずつこもってればいいんですよ」とUさんが切り出す。現在の県の方針は、来県の自粛を求めており、「県外からやってきた人は、2週間ほど自己隔離をするように」ということになっている。だから「今はその土地に行くことができない」と思っていたけれど、「2週間ずっと外に出ないで過ごしてたら、東京からきた人でも街を歩けるようになりますよ」とUさんに言われ、目から鱗が落ちるような心地がした。こんなふうに徒歩圏内から出ることもなく日々を過ごしているのなら、飛行機に乗って移動して、その先でこもっていても同じことだ。

 2時間ほどで通話を終えて、さっそくテープ起こしに取り掛かりながらも、じゃらんでホテルの値段を調べたり、ウィークリーマンションの価格を調べたりしてしまう。長期割引はないのだろうか。夕方になって近所の八百屋に出かける。空豆が20本以上入った袋に250円の値札が貼られている。19時、知人に塩豚と青梗菜の炒め物を作ってもらって、僕は空豆を焼き、晩酌を始める。昨日途中まで再生していた『ゴッドファーザー』を最後まで観た。『アイリッシュマン』の影響で、いろんな映画を見返している。

 『ゴッドファーザー』は何度か観たことがあるけれど(そして国際線に乗るときは、とりあえずこの映画を再生して、映像だけ眺めている)、今回初めて、それが第二次世界大戦直後の世界なのだと意識する。マイケルが訪れたシチリアに、その影が描きこまれているように感じた。2014年にイタリアを訪れたとき、「祖父は北部の人間だから、山でパルチザンとしてファシズム勢力と戦っていた」という話を聞かせてくれた人がいて、「そうか、北部にはパルチザンが」とぼんやり認識していたけれど、南端であるシチリアはどうだったのだろう。調べてみると、ムッソリーニから派遣された知事がマフィアを壊滅直前にまで追いやったのだと知る。僕が感じた影はそういうことだったのだろうか。

 続けて『仁義なき戦い』を観る。これも太平洋戦争直後の世界だ。警察官に対する反抗的な態度を、これまで「気性の荒い連中だから、そういう態度なのだろう」と頭のどこかで受け取っていた。でも、どういうわけか、今ではまったく見え方が違っている。お国のためにと言われて戦争に取られ、あるいは奉仕させられ、結果として焼け野原となってしまったというのに、どうして国家権力にとやかく言われなければならないのかと、その憤りが伝わってくる。そうか、そういうことか。ひとりごとのようにつぶやいると、早く再生してくれねえかなと思っているのだろう、知人は無言でこちらを眺めながらチューハイを呷る。