7月16日

 7時過ぎに目を覚ます。インスタグラムを眺めていると、もしや、という写真に出くわす。インスタグラムを――それも本人以外のインスタグラムを――介して知りたいことと、インスタグラムを介して知りたくないことがあり、それは後者に属する事柄であったので、ぼくの思い過ごしであることを願う。天気予報を確認すると、今日は雨が降らないようだ。シャワーを浴びて、洗濯機をまわす。洗濯が終わり、ベランダに干しているうちに10時過ぎだ。急いでアパートを出て、地下鉄に乗ったところで乗り換え案内を検索し、「洗濯物を干しているうちに時間が経ってしまったので、10時50分着になりそうです!」と、制作のK.IさんにLINEで連絡しておく。ほどなくして(Kさんからではなく)F.TさんからLINEが届き、そこにはURLだけがある。リンクを踏んでみると、漂白剤の通販サイトだ。大塚駅で山手線を降りて、途中でセブンイレブンに立ち寄り、アサヒスーパードライの6缶パックを買う。ここ3週間、毎週水曜日に食事をご馳走になっているので、せめてものお礼にと、それを持ってM&Gの事務所を尋ねる。

 玄関を開けると、突き当たりの部屋、卓袱台の向こうにFさんが座っているのが見えた。東京23区が描かれた大きな地図を前に、さけるチーズをかじっている。「さっき送った洗剤使うと、部屋干しでも臭くなんないっす」と教えてくれたので、どんな匂いですかと聞き返すと、「匂い?――洗剤の匂いです」とFさん。普通のドラッグストアに売っているやつだというので、今度匂いをかいでみよう。洗濯物の匂いが変わってしまうことが不安で、正月やお盆に知人が帰省するたび、実家の洗濯槽と洗剤の匂いも一緒に持ち帰られるので、いつもそれが気になってしまう(そしてそれを口にするたび、知人から白い目で見られる)。制作のK.Sさん、映像担当のM.Jさん、それにFさんと一緒に地図を囲んで、これまで企画「R」で歩いたルートと、それがどう関連しているのかを確認し合う。「でも、やっぱめちゃくちゃっすね」とFさんが言う。「内堀とか外堀とかでめっちゃ守ろうとしてるけど、そんなふうに街を作り上げて、結局はひとりのひとを守ろうとしていて、それを信じてきた人たちがいるってことですもんね」と。

 ケータイが何度か鳴る。確認すると知人からLINEが届いており、東京の新規感染者数が280人を超えるらしいと書かれていた。それを伝えると、Fさんが「もう無理だな」とつぶやく。昨日の夜に、これまでそしらぬ顔をしていた都知事がなにやら会見をしていたようなので、これは動きがあるのだろうと思っていたけれど、このタイミングで過去最多の数字が出るのか。12時20分に事務所をあとにし、西武百貨店の屋上を目指す。街を歩いていると、「それはそうだろうな」という感想しか浮かんでこなかった。屋上庭園に出てみると、ランチを楽しんでいる人の姿もあれば、パソコンを広げて仕事をしている人の姿もある。かるかやうどんの大盛りを注文し、すする。そういえば4月にもM&Gの事務所を尋ねたことがあった。あのときに比べると、街の緊張感は薄らいでおり、この感じだと1000人くらいまであっという間に増えるのだろう。

 「古書往来座」まで足をのばすと、のむみちさんが店番をしていた。何冊か購入し、帳場の前で少し立ち話。電話しながら店内に入ってくる人がいて、びっくりする。そういえば昨日「往来堂書店」に立ち寄ったときも、ハンズフリーで通話しながら入ってくる人がいたので驚いた。帳場の向こうに視線をやると、少しずつ中身の残ったメガサイズのアイスコーヒーのプラカップが3つ、パソコンの前に並んでいた。「ジュンク堂書店」(池袋本店)の棚を眺めながら、何を書評しようかと考えを巡らせる(夏休みになると「夏の一冊」という企画があり、それは絶版でなければ近刊でなくてもよいとのことだったので、どの本が入手可能なのかを眺めながら、考える)。山手線と千代田線を乗り継いで、千駄木まで引き返してくる頃には16時をまわっていた。下校してゆく高校生たちと何度もすれ違う。あずきバーを頬張りながら談笑する男女とすれ違う。ぼくは心の中で神経症を発症させながらも、こんな状況でなければ向けられることがなかったはずの視線を感じながら、今のこどもたちは過ごしているのだなとも思う。すれ違いざまに、男子高校生のほうがケータイを取り出し、「そうだ、今日の感染者、何人だろ」とさらりと口にした。