8月13日

 ここ数日はずっと、夜中に何度も目を覚ましていた。「暑い」と思って目を覚ませばエアコンをつけ、「寒い」と思って目を覚ませばエアコンを切るを、夜中に何度も繰り返していた。昨晩は29度に設定した上で、扇風機をサーキュレーターがわりに動かして眠りについたところ、まあそれでも何度か目は覚ましたものの、からだを起こしてスイッチを操作することもなく朝まで過ごすことができた。8時に起きてゴミを出し、コーヒーを淹れ、たまごかけごはんを平らげる。排水溝を掃除する前にこれをやっておけばよかったなと思いつつ、バケツにお湯を入れて洗濯槽に注ぐ作業を繰り返し、湯が溜まったところでシャボン玉石けんの洗たく槽クリーナーを流し込んで、「洗い」だけひとまわし。みるみる汚れが浮かんでくる。これまで使った洗剤の中で、これが一番汚れが取れる。洗濯物に臭いが移るのが気になるというのもあるけれど、剥がれた汚れが浮かんでくるのが楽しく、定期的に洗濯槽を掃除している。3、4時間放置する必要があるので、そのあいだは湯に浸かり、『夏物語』を読んだ。

 昼は納豆オクラ豆腐そば。13時になったところで洗濯機の蓋をあけ、表面に浮かんできた汚れを掬いとる。たのしい。ひとしきり汚れを取ると、再び「洗い」コースのみを選んで洗濯槽を攪拌させる。すると再び汚れが浮かんできて、これを掬いとる。クリーナーの混じったぬるま湯を流し捨ててしまうのが惜しく、何度もそれを繰り返す。途中で郵便受けを覗きにいくと、メルカリで注文した「日記」が届いていたので、居間に寝転がって読んだ。気づけば時刻は15時過ぎ、外でなにやらゴロゴロ音が鳴り始める。雨雲レーダーを確認すると、昨日と同じように埼玉上空に無数の雷マークが点滅している。今日は洗濯槽のことしか考えてなくて、テレビの天気予報をチェックしそびれていた。電灯が何度か点滅する。今日はこのあたりでも雷が落ちるのかと思っていると、激しく雨が降り始める。これはみものだと呑気なことを考えて、台所の大きな窓のカーテンを全開にして、外の様子を眺めて過ごす。空が何度もひかる。ひときわ大きなひかりが瞬き、はっきりとした雷の筋が見えた。通りを歩いていた二人組の女性がひゃあと高い声を上げ、困ったような、おかしいような顔で通り過ぎてゆく。ふたりとも折り畳み傘をさしている。天気予報で「今日もにわか雨に注意」とは言っていなかったのかもしれない。

 雨と雷とを眺めているうちに、あ、と思い出す。午前中に湯につかっているあいだ、ケータイをぽちぽち触り、「カクヤス」にビールを箱で注文していた。今日はずっと家にいるつもりだったので、特に時間の指定はせず、選択できる一番早い時間帯で配達をお願いしてあったのだが、もしかしたらとメールを読み返してみると、やはり「16-17時」で指定してある。今はまさにその時間帯だ。そのメールに記載された電話番号はネットショッピングお問い合わせセンターのものしかなかった。店舗に電話をかけようかとも思ったけれど、この時間で指定してある以上、配達員の方はもう出発してしまっているだろう。こんな雷雨のなかを配達にきてもらうと、申し訳なさすぎてどんな顔をすればよいのかとはらはらしていると、見知らぬケータイから電話がかかってきた。もしかしたらと出てみると、やはり配達員の方からで、「すみません、今日この時間の指定でご注文いただいていたんですが……」と向こうが言う。「いやいや、ぼくはこのあともずっといますので、何時でもいいんです、特に急ぎの注文でも何でもないんで、都合のいいときに持ってきていただければ」と伝え、電話を切る。

 さすがに人通りは少なかった。そんななかを、新聞配達の男性がカッパも羽織らずやってきて、ビニールでくるんだ新聞を投函していくのが見える。正面には小さな広場があり、広場と道路の境目は少し窪んでいるのか、水溜りができている。その境目にはタイルが敷き詰めてあり、けっこう黒ずんでいるのだが、それはこうやって水溜りができるからだったのだなと今更ながら気づかされる。17時になった途端に雨は弱まり、さらに10分が経過するころには西日も射し始める。雨はまだ降っているようだが、ほとんど気にならない程度だ。ちびっこが坂下から歩いてくる。ふたりとも傘は持っていなくて、荷物といえば一人は襷掛けにした水筒だけ、もうひとりはリュックだけ。雨が降っているあいだはどうしていたのだろう。広場と道路の継ぎ目にできた水溜りに、ぴちょんぴちょんとビーチサンダルをつけながら通り過ぎてゆく。蝉も鳴き始める。雨上がりを待っていたのか、高校生たちが下校してゆく。ほどなくしてチャイムが鳴り、ビールが届いた。少しずつ部屋が暗くなっていくなかで、『夏物語』を読み終える。去年の夏に読んだときにはあまり気に留めていなかった一文が、決定的な一文として印象に残る。

 知人は何時に帰ってくるのだろう。冷蔵庫の中にはこんにゃくとちくわ、昨日買っておいたさばのみりん干しが2枚、冷凍餃子にプリックのレトルトカレーもあるから、買い物に出かけなくてもツマミには事足りるだろう。日が暮れ始めた頃から、名前を呼びかけるだけのLINEが30分おきに届くけれど、返信する気にはなれなかった。とりあえずこんにゃくの麺つゆ煮だけ作っておき、企画「R」の原稿をぼんやり考え始める。19時に最初の缶ビールを開け、こんにゃくの麺つゆ煮をツマむ。あいかわらず名前を呼びかけるLINEが届くだけで、何時になるのか検討もつかなかった。名前だけが並ぶと、何かトラブルにでも巻き込まれたのかとも思うものの、だとすればもっと違う文面を送ってくるだろう。知人は21時近くになってようやく帰ってきた。別に仕事で遅くなったわけではなく、怒ってるだろうなと名前を呼びかけて様子を伺っていたのだという。さばのみりん干しを焼き、プリックのレトルトカレーを温めて、『水曜日のダウンタウン』の録画を観ながらビールを飲んだ。