1月18日

 8時半、ジョギングに出る。もっとペースを上げて走れるようになったら楽しいだろうなと、1キロゆっくり走ると、次の1キロは息が切れるスピードで走り、インターバル走。シャワーを浴びてクノールカップスープを啜りながら、毎週録画に設定してある『夜の巷を徘徊する』を再生する。雑誌の見出し大賞という企画で、プレゼンテーターのひとりが宮田珠己さんだ。番組で取り上げられた「見出し」は、見出し大賞というほどインパクトはなかったけれど、そこで取り上げられていた、国東半島にある、「鬼が築いた」という伝承の残る石段が気になる。日本各地にいろんな伝承が残る石があり、そうした石をめぐる連載をいつかやりたいと思っている。

 お昼に焼きそばを食べて、原稿を書く。洗濯槽の臭いが少し気になり始めたので、シャボン玉石けんの洗濯槽クリーナーで掃除する。これを投入すると、洗濯槽の裏側についてしまった汚れがみるみる浮かび上がってくるので、10分おきに蓋を開けて様子を眺めてしまう。そうして集中力が途切れるたび、カメラのことを検索してしまう。フラッグシップ機を買うと、値段はもちろんネックではあるのだけれど、サイズのことが不安ではある。今のカメラより一回り大きく(そして重く)なるので、持ち歩くのが億劫になってしまわないだろうか。それならいっそ、ソニーのα7Sⅲがよいのではないか――と。ソニーのミラーレスの中でも好感度が売りのカメラだ(薄暗いシチュエーションでもバシッと撮れるというのがぼくとしては理想的)。しかし、ソニーのミラーレスは基本的には動画撮影向けのカメラであるらしく、ネットにアップされている、α7Sⅲで夜に撮影されたスナップショットを見ると、理想的までとは言えない仕上がりだ。これだと「もっとバシッと撮れたらいいのに」と思ってしまいそうだ。でも、このカメラならコンパクトだし、もしかしたら「映像撮影をお願いしたい」と誰かに頼まれる可能性もある――そう考えたところで、「いや、『誰かに』って誰だ?」と我に返る。ただ、どんなカメラを買うかによって、これから自分が何を撮るのかは変わってくるのは確かで、ああでもない、こうでもないと考える。

 と、そんなことを考えながらも、原稿はぼちぼち進んだ。19時に知人が帰ってきたところで仕事は切り上げて、湯豆腐で晩酌。白菜が余ったので、これは明日の朝食にしようと、鍋を火にかけ煮込むだけ煮込んでおく。しばらくテレビを観ていると、鼻先を焦げた臭いがかすめる。すっかり満腹になっているせいで、鍋を火にかけていたことを忘れていて、「え、なんで焦げた匂いが漂ってくるんだろう?」と他人事のように思ってしまう。白菜はすっかり焦げていて、キッチンには焦げた匂いが充満している。コンロに自動停止センサーがついているからと油断してしまった。すぐに窓を全開にして換気をする。同じ部屋にコートを吊るしてあるから、全部焦げくさくなってしまったのではないかと不安になる。今日の朝に見た夢を、今になって鮮明に思い出す。ぼくは祖母の家にいて、ガスコンロの前に立っている。そこにはなぜか4、5台のガスコンロがあり、すべての口から青い火が勢いよく噴き出している。ガスコンロがすごい熱を放っていて、このままだと爆発してしまうのではないかと火を止めようとするのだけれど、古いタイプのガスコンロで、ぼくは止め方がわからない。しかも、ツマミもものすごい熱を持っているので、触るに触れず、爆発する不安に怯えておろおろしている。そんな夢だった。