3月19日

 6時に目を覚ます。からだが重い。どうにか布団から這い出して、少しストレッチをする。シャワーを浴びて、洗濯物を干し――とやっているうちに7時半だ。電車だと間に合わなそうなのでタクシーを拾って、上野駅を目指す。駅のホームで缶コーヒーを買って、8時ちょうど発の特急ひたちにギリギリで乗り込んだ。ひとつ後ろの席に、演出部のMさんと、Jさんが座っていたので、挨拶。先月は満席だった特急ひたちも、東北新幹線が運転を再開したおかげで、かなり空いている。車内では辞書のような厚さの本を読み返しながら、どう書評しようかと頭を悩ませる。「こういう本はなるべくスピーディーに取り上げたい」と思って、発売直後に委員会に諮っていたものの、それでも発売から2ヶ月経ってしまった。このあたりはもどかしいところ。

 10時23分にいわきに到着する。「いわきは寒いので、温かい格好で」と連絡をもらっていて、冬の出立ちでやってきたのだが、それでも少し寒いくらいだ。改札前には資料を手にした人がちらほら立っている。何だろうなと少し様子を伺っていると、運転免許の合宿にやってきた人たちを待っているのだった。薄着でやってきた若者たちは、寒そうに背中を丸めている。合宿ならしばらく滞在するのだろうけれど、大丈夫だろうか。迎えにきてくれていたTさんと合流し、ワークショップが開催される会場まで歩く。ぼくは今日のところはやれることがないので、荷物を預けるだけ預けて、駅に引き返す。10時53分発の常磐線広野行きは、ほとんど乗客がいなかった。車窓から見える景色まではおぼえていないけれど、この車両に皆がずらりと並んでいた風景は今でもよくおぼえている。あれは、「まえのひ」がいわきで上演されたときだから、2014年の3月中旬のことだ。

 四ツ倉駅で電車を降りる。駅舎は新しく建て直されているところだ。駅からまっすぐ延びている道を進んで、歩道橋で国道6号線を越えると、防潮堤が見えてくる。あのころは整備中だったところが、すっかり完成して、風景が変わっている。でも、あそこに見えているマンションは同じだったなとか、ここらあたりに祠のようなものがあったはずなんだけどとか思いながら、砂浜に出る。犬を散歩させている人が遠くに見える。ヤシの木のようなものが、一定の間隔を空けて植えられているけれど、あんな樹木は見かけなかった気がする。そして、何か建てるのか、波打ち際に土が盛られてちょっとした高台のようになっているのが見えた。7年前に皆でここを訪れたとき、防潮堤からA.Iさんが砂浜に飛び降りる瞬間を撮ったことを思い出す。あのときは飛び降りられるくらいの高さの防潮堤しかなかった。そして、あのときはA.Nさんの誕生日で、砂浜でAさんにケーキをプレゼントした。それから1年経った3月に、『まえのひを再訪する』という本を書くために、ひとりでこの砂浜を訪れた。あれからもう6年も経っているのか。

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 帰りの電車は13時7分発としばらく時間があるので、近くにある道の駅まで足を延ばす。2階にはフードコートがあった。寿司屋があったので、一番上等な寿司を注文する。テラス席もあるけれど、そこには誰も座っていなくて、お客さんは全員店内で食事をとっている。風は強いけれど、そこまで寒いとも感じないのと、店内の席は席の感覚がやや狭いこともあり、テラス席に荷物を置く。寿司を待っているあいだに、1階の売店から生ビールも買ってくる。出来上がった寿司を頬張りながら、ビールを飲んで、海を眺めて過ごす。お寿司は美味しかったけれど、福島、いわき、という感じのラインナップでもなく、もう少しリーズナブルなセットを選んだほうが近郊の魚が多かったのかもしれないなと少し後悔する。

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 駅まで引き返すと、電車は13分遅れで運転しているとアナウンスが流れてくる。駅のホームにあるちょっとした段差に腰掛け、書評する予定の本を読み返す。ホームにやってきた若者が、電車を待ちながら、鼻歌を歌っている。あんまり自然に歌い出すものだから、しばらくそちらに視線を向けてしまう。いわき駅に到着して、ワークショップに戻ると、F.Tさんや制作のK.Sさんも到着していた。しばらく会場で過ごしたのち、3時にホテルにチェックインをして、明日からのワークショップに向けて、過去のワークショップでのメモなどを読み返し、ぼくがおこなうインタビューの質問や、撮影のしかたを考えているうちに夜になっている。それぞれの時間は短いとはいえ、1日に10人インタビューするというのは初めてのことだから、今更ながら緊張する。