4月6日

 自転車で走り回るには不便だからと、租納の宿にジョギングセットなど、ある程度荷物を預けてあった。それを引き取って空港のコインロッカーに預けておこうと、8時過ぎに宿を出て自転車をこぐ。昨晩は電動アシストの充電をしていたかったものの、残り30パーセントと表示されているから大丈夫だろうとたかをくくっていると、空港を通り過ぎたあたりで残り13パーセントにまで減っている。省エネモードで電動アシストを使いつつ、空港に荷物を預け、どうにかバッテリー切れにならないうちに久部良まで戻ってくる。

 9時15分ごろ、3人が泊まっている宿の前を通りかかると、軒先でAさんがコーヒーを飲んでいるところだ。これから船に乗るふたりはもう宿を出発しているらしく、「9時半ぐらいにお見送りに行こうと思ってました」とAさん。自分の宿に引き返し、荷物を片付け、シャワーを浴びて――とやっているうちに9時40分だ。フェリーのりばに向かうと、もうふたりは船の上にいる。「『見送りすると寂しくなっちゃうから、橋本さん来てくれないのかなあ』ってふたりが言ってましたよ」とAさんが笑っていた。Aさんは(まりんに倣って)飛び込んで見送るつもりらしく、タイミングを伺っている。就航時刻は10時だけど、9時50分にはタラップが外される。10時ちょうどに船が動き出し、「橋本さん、『いまだ!』ってタイミングで言ってください!」とAさんがそわそわしながら言う。船がある程度旋回しきったところで、もう大丈夫だと思いますと伝えると、Aさんは海に飛び込んで二人に手を振る。自転車を引き取りにきていたレンタサイクルのお店の方が、飛び込んで見送るっていうのは初めて見ましたと驚いていた。

 われわれの飛行機の出発時間も迫っているので、急いで空港を目指す。ちょうど飛行機が到着したところで、往路とは別の小学校の児童や先生が待ち構えていて、新任の先生を出迎えていた。飛行機で那覇に戻り、空港でAさんとポーたまおにぎりを食べる。僕はビールも飲んだ。2泊3日の与那国滞在は、とても楽しい旅だった。久しぶりに旅という感じがした。あちこち出かけているけれど、基本的には観劇なりライブなり、目的ありきの移動だ。沖縄には毎月のように通っているけれど、それも定点観測に近い。今回は久しぶりに何の目的もなく、気の向くままに過ごした感じがして、楽しかった。

 今回一緒に旅をしたYさんとOさんとは以前から面識はあったけれど、一緒に旅をしてみると性格が出るもんですねと僕が言うと、「橋本さんでもいらいらする?」とAさんが笑う。そんなに付き合いがないからいらいらしないけど、付き合いが深かったらあれこれ口を挟んだかもしれないです、と答える。ただ、僕がふたりのことを「小学3年生の男子みたいだ」と形容してからというもの、Aさんの中では腑に落ちるものがあったらしく、「それからはいらいらしなくなった」とAさんは言っていた。それに、私は私で小学3年生の女子だから、小3の女子って小3の男子にいらいらしますもんね、と。

 次会うのは『てんとてん』のときですかね、とAさんが言う。その言葉で思い出されたのは、今年であの作品が10年目に突入したということだ。2013年の5月にフィレンツェで上演されたあと、6月にはサンティアゴ公演があった。チリに向かう途中、アメリカでトランジットがあり、何人かで空港のバーに入り、ビールを飲みながらフライトを待った。あのとき、「Aは今、ひとりで沖縄を巡ってるみたいです」と、Fさんが言っていたことを思い出す。『てんとてん』が10年目ということは、沖縄に通い始めてからも10年目だ――と、そんなことを話すと、そんなに時間経ってる?とAさんが不思議そうに言う。

 空港で別れ、ゆいレールで県庁前へ。シェアサイクルを借り、コインランドリーで洗濯をする。今月取材させてもらう約束をしているお店「M」、ちょっとオープンしたばかりでお忙しそうで、1時間なら1時間インタビューのまとまった時間を作ってもらうのは大変そうだから、とりあえずお店に向かってみて、そこでお酒をいただきながら、お手隙のタイミングで少しずつ話を聞かせてもらう。

 18時半にUさんのお店の前で待ち合わせ、Uさん、それにNさんと3人で「パーラー小やじ」へ。前に同じメンバーで飲んだとき、ちょうどNさんが社内で表彰を受け賞与をもらったタイミングで、その日はNさんが「自分が払う」と言い、せっかくおめでたい日だからとありがたくご馳走になっていた。今日はあらためて、Nさんのお祝いとして、僕とUさんで会計を割る約束をしておいて、Nさんを誘って飲んだ。Nさんは魚が食べられなくて、旅行に出かけたときに困ってしまうことが多いと言っていた。その話の流れで、Uさんから「橋本さんは苦手な食べ物あるんですか」と尋ねられ、よくよく考えてみるとほとんどないかもしれないなと気づく。

 途中で電話が鳴り、画面を見ると仲地さんだ。すぐに出ると、「今日は嬉しいことがあって、これはショートメールには書ききれないと思って、電話しました」と仲地さんが言う。一体何だろうと思っていたら、M町の教育長が『水納島再訪』を読んでくださって、いたく感激されて、仲地さんのところに「こんどこの方が水納島にいらっしゃるタイミングがあれば、ぜひ自分もご一緒したい」と連絡があったのだという(仲地さんは校長先生まで務められているし、その教育長の方とは高校の同級生でもあって、仲地さんのところに連絡があったそうだ)。実は今週末に、と伝えたところ、その時期は仲地さんが島にいらっしゃらないタイミングだったので、またあらためて日程を相談することにする。

 Uさんとは1軒目で別れ、Nさんともう1軒。Nさんの行きつけのバーに入ってみると、僕たちが口開けの客だ。店内はまだ音楽が流れておらず、お店のママはこちらを眺めて、パフィーをレコードで流す。僕はマスクをつけ外ししながら飲んでいて、隣にいるNさんも同じように過ごしているけれど、もしかしたら僕がこうしていることで気を遣わせてしまっているのかなとも考えてしまう。あとからひとりだけお客さんがやってきて、僕とはほとんど言葉を交わしていないのに、名刺を渡される。それを見ると「議員」の文字があり、ああ、こういう神経の人が政治家になるのだなと思った。

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