4月7日

 韓国を訪れるのは初めてだった。バタバタと飛行機に乗ったせいで、せっかく買ったガイドブックを持って来るのを忘れてしまった。ホテルと会場の場所だけはプリントしてきたけれど、まず空港からソウル市内までどうやって移動すればいいのか、わからない。

 周りの日本人観光客の流れにくっついていくと、「KORAIL」という鉄道があった。これに乗ればソウル市内まであっという間にたどり着けるようだ。

 ガイドブックなしで歩いていると、都市のコードに敏感になる。エスカレーターの乗り方は関西と同じだ。電車の中で通話している人がいる、これは韓国ではマナー違反ではないようだ。歩きタバコも問題ない、電子タバコを吸っている人のこともよく見かけた。電車の中で電子タバコをふかしている人もいた。街中を、軍服を着た若者が歩いている。いたってくだけた雰囲気だ。ユニクロの袋にバドミントンのラケットが2本、にゅっと顔をのぞかせている。駅前のタクシーのりばでは、案内係だろうか、おじさんが急き立てるようにタクシーを発車させている。

 繁華街では英語や日本語表記も見かけるけれど、会場の最寄り駅の一つである新里門駅は、ソウル駅から地下鉄で30分近く離れた場所にある。がらんとした駅前広場には、屋台が3つ並んでいた。一つは天ぷらの屋台。一つは肉まんの屋台。もう一つは果物屋だ。当たり前だけれど日本語は通じないし、英語も通じないけれど、指差し会話で肉まんを買ってみる。売り子のお姉さんは指で「1」と数字を示す。おそるおそる千ウォンを差し出してみると、まんじゅうを一つ差し出してくれた。キムチまんだった。

 プリントアウトしてきた地図を頼りに、街を歩く。看板はハングルばかりで、本当にこの道で合っているのか、心細くなってくる。人通りも少ないし、街灯も段々減ってくる。最後の信号を過ぎると、本当に、荒野という言葉がぴったりくる風景が広がっている。そこには何も建物がなく、ただただ丘のような風景が広がっているのだ。そこをひとりで歩いていると、本当にこの先に会場があるのかと不安な気持ちになってくる。荒涼とした風景をしばらく歩いていると、桜の花が咲いているのが見えた。桜の樹の下では、花見らしきことをやっている。彼らが着ているジャンバーの背中には「K-arts」という文字があり、ああ、ここが僕の目指していた場所で間違いなかったのだとホッとした。「school of arts」とも書かれているから、どうやらここは美大のようである(そんなことも調べずにここまでやってきてしまった)。野原をさらに歩くと、いかにも演劇祭をやっていそうな建物が突然現れる。ここが、今晩チェルフィッチュの「地面と床」が上演される場所だ。

 まだ開場前らしく、ロビーには大勢の人がいた。これも当たり前のことかもしれないけれど、観客としてこの場を訪れた人は僕だけらしかった。テイクアウトしたコーヒーを片手に佇んでいる人が大勢いる。僕が電車を降りた新里門駅からこの会場までは20分ほどかかるが、もっと大学に近い駅もある。僕が歩いてきた道にはカフェなんて見かけなかったから、もう一つの駅のほうに歩いてみると、カフェが数軒建ち並んでいた。僕の前に並んでいた学生は、皆カフェ・アメリカーノを注文していた。「アメリカーノ」ではなく、「アメリカの」と発音している。僕もカフェ・アメリカーノを注文し、テイクアウト。きっと韓国の学生たちはコーヒーを飲みながら演劇を見る習慣があるのだろう。そんなことを考えながら劇場に戻ってみると、もう開場してお客さんはホールに入り始めていた。入口にいたスタッフに、おぼつかない英語で「コーヒーは持ち込めますか」と訊ねてみると、若い女性は少し困った顔をして首を横に振った。猫舌の僕は、そのコーヒーをほとんど飲まずに捨てるしかなかった。

 客席の照明が落ちると、舞台が始まる。そこで発語される日本語を聞いたとき、本当にベタな話ではあるけれど、その言葉がわかるということに妙にホッとした。

 「地面と床」で扱われているテーマの一つは、言語の問題だ。たとえば、こんな台詞も登場する。
 「ところで、わたしの、わたしだけじゃないですけど、わたしたちみんながここでしゃべってる言葉は、日本語なんですけど、でも、わたしたちは全員それをすごくよくわかってるんですけど、わかってるというか、意識してるんですけど、この言葉、日本語は、今やほとんどの人にはわかられない言葉じゃないですか」

 あるいは、途中で字幕が台詞に追いつかなくなり(追いつかないように台詞を言い)、字幕を待ってはしゃべり、とうとうストレスを爆発させるシーンもある。「でも待たなきゃほかにしょうがないから待ちますけどね、待たせていただきますけどね」――そう語る役者に、会場からは笑いが起こっていた。僕はこの「地面と床」を横浜で一度観ているけれど、同じ芝居でも、観る場所によって響きが違うものだなと思う。

 そんな場所までやってきたのは、この舞台に青柳いづみさんが出演しているからだった。