1月5日

 昼過ぎまでぐるぐるした気持ちで過ごす。酔っ払った次の日はいつもこうだ。酔うと、普段は抑えている感情が露わになってしまったのではないかと恥ずかしくなる。そして酔って帰ると、些細な事で知人に当たり散らしてしまう。何でそこをわかってくれないのかと我儘になるのだろう。典型的な末っ子だ。

 夕方になってアパートを出た。東西線総武線を乗り継いで高円寺に向かい、まずはガード下にある酒場でホッピーを注文する。外が暗くなったあたりで河岸をかえて、北中通り商店街にある「藪そば」で燗酒とツマミを注文する。お酒が届いたところで、隣からギターの音が鳴り始める。今日はお隣の「コクテイル」で前野健太さんのライブ「今年のことは忘れるだろう2015」があるのだ。へえ、この曲をやるのか、意外と隣の店にいても聴こえるものだななんて思いながら、〆にざるそばを食べた。このお蕎麦屋さんには初めて入ったけれど、実家のような雰囲気があって妙に落ち着いた。

 19時、駅前に戻ってルイーサとビアンカと合流する。ふたりに大阪を案内したとき、「コンサートに行ってみたい」と言っていたので、今日のライブに誘ってみたのだ。昨日になって「イタリアの若人に通じるだろうか」という気持ちになり、念のため「全部日本語だし、もし他にやりたいことがあるなら他の人を誘うけど」と本人たちにもう一度確認したのだが、むしろ日本語のうたを聴いてみたいというので、一緒に行くことにしたのである。ふたりは少しお腹が空いたというので、再び「藪そば」。僕は申し訳程度にお新香を注文しようとしたのだが、「いいよ、さっき山ほど頼んでくれたんだから」と言われてしまった。

 腹ごしらえをしているうちに開場していて、僕らはほとんど最後に入ることになった。しまった、と後悔した。会場の構造的に、最後に入った人が最前列になってしまう。最前列に知り合いがいるのも、外国人がいるのも、少しやりづらいかもしれないなという気がした。僕はその気持ちを振り払うように何度も何度もビールをお代わりした。散々飲んで揺れながらうたを聴いている僕に、少しふたりは引いていたかもしれない。

 会場にはTさんがいた。ルイーサとビアンカと別れたあと、僕はTさんと飲みに出かけることにした。あまり記憶はないのだが、僕は女優としてのTさんを褒めていたという。昨日後悔したばかりなのに、また同じ轍を踏んでいる。飲んでいるうちに、「love」という曲が聴きたかったという話になった。ライブ中、前野さんが「じゃあ、リクエストある方?」と客席に問いかけるTさんはその曲をリクエストした。僕もその曲が聴きたいと思っていたので、いいぞいいぞ、と心の中でつぶやいていたのだが、前野さんは「love」を歌ってくれなかったのだ。

 「前野さん、きっとまだコクテイルで飲んでますよ。今から行ってリクエストしたら、歌ってくれるかも」ーーそう話して、ふたりで店に戻ってみると、店にはまだまだ大勢の人がいた。前野さんもいた。「love」、歌ってくださいよ。そう本人に伝えると、「歌いますよ」と言ってくれた。ただ、その言い方から感じ取ってはいたけれど、前野さんがもう一度ギターを手にすることはなかった。