朝5時に起きる。6時過ぎ、ジョギングに出る。知らない町を走るのは新鮮で、どこまでも走れそうな気がする。途中で川が見えた。せっかくだからと踏切を越えて河川敷を走ると、そこから先は踏切がなく、最初は一本だった線路が三本、四本、五本と増えていき、もう帰れないのではないかと不安な気持ちになる。迷子になりながらもホテルに戻り、コンビニで買ってきた春雨スープで朝ごはん。7時50分、コンサートホール前から高速バスに乗る。コンサートホールというのはパチンコ屋の名前だ。昨晩その前を通りかかって驚いたのは、コンサートホールの入り口は二重扉になっているのだが、一つ目の自動ドアを入った先にベンチがあり、そこで高校生たちがバスを待っていたこと。もう少し都会になると文教地区は区分けされるけれど、ここでは溶け合っていてとてもよい風景だった。

 今日は八戸を出て、まずは仙台に向かう。4時間ほどの距離だが、運転手さんがふたりいて驚く。高速道路に入るまでは、もうひとりの運転手さんも運転席のすぐ近くに座っていて、楽しそうに会話している。4時間ということは、休憩は1回だけかと思っていたけれど、2回休憩があり、そのたびに運転を交代している。十和田観光電鉄、良い会社だ。車内では『月刊ドライブイン』の原稿を書く。12時少し前に仙台駅に到着。友人のU.Mさんと落ち合って、常磐線に乗って南を目指す。平日のお昼だから空いているだろうと思って缶ビールを買っていたのだが、常磐線は結構混雑していて、立っている人も多く、缶ビールを開けられる雰囲気ではなかった。亘理を過ぎたあたりで空席が出てきたので座り、缶ビールで乾杯。終点の原ノ町まで結構な乗客が乗っていたが、そこから先に乗り継ぐ人はほとんどいなかった。

 13時52分、小高に到着。駅から少しだけ歩くと、「フルハウス」が見えてくる。昨日オープンしたばかりの本屋さんだ。居場所になれるように配慮されたのだろう、店の前にはテーブルとベンチが置かれている。中に入る。自宅を改装した本屋さんなので、玄関のように段差があり、一瞬躊躇しそうになるが、それより先に「靴のままどうぞ」と暖簾の向こうから声がする。本棚を眺めていると、ご近所の方なのだろう、お客さんがひとり、またひとりとやってきて、『きょうの料理』を買って行ったりする。気になる本はいくつかあるけれど、ああ、これはでも、この町に暮らすこどもたちが手にとって欲しいなあと思うと悩ましく、文庫を1冊だけ購入する。ちょうどテレビの撮影が入っており、一面だけ見れない棚があったのが心残りだが、お店をあとにする。

 Uさんも僕もお昼ごはんを食べていなかったので、どこか食堂でもあればと思ったのだけれども、この時間だと営業している店はなさそうだ。駅近くの仮設店舗で営業している復興商店に入り、僕はポテトサラダと缶ビールを購入し、店の前に設置されたベンチで食す。食べ終えたところで少し歩いていると、さきほど店内で撮影していたスタッフのひとりに声をかけられる。「今、撮影していたものなんですけど、どちらからいらっしゃったかだけ教えてもらえますか?」と言われ、腹を立てる。なぜ自分が何者であるかぐらいのことを名乗れないのか。さっきあなたたちが取材していたとき、柳さんは「取材というのはどこか暴力的で、『材料を取る』わけですからね」と答えていたけれど、その言葉についてあなたは何も感じなかったのか。ムカムカしたので、「県外からです」とだけ答えて立ち去る。

 復路の電車は16時40分なので、せっかくだから町を散策することにする。いつだか皆で四ツ倉(いわきから数駅の場所にある、海水浴場のある町)に出かけたときにも感じたことだが、商店街というほどではないけれど、駅前の大通り沿いにぽつぽつと商店が立ち並んでいて、良い町だ。どうして常磐線沿いにはこんなこじんまりとした感じの良い町が成立していたのだろう?――と過去形で書かなければならないのは悲しいことだけれど、避難区域が解かれても還ってきた人は決して多くはなく、町は静かだ。しばらく歩いていると川に出た。ここではまだ桜が咲いていた。リュックの中に赤ワインのボトルが入っていた――酔っ払った帰り道、コンビニでワインのボトルを買ってしまうことが多く、昨晩も購入して一口だけ飲んで眠っていた――ので、それを取り出して花見をする。本当に素敵な町だ。そう思うのは、場所に左右されない仕事をしているからだろうか?

 帰りの電車には学生の姿もあった。ウトウトしながら仙台まで引き返し、Uさんに案内してもらって居酒屋に入る。Uさんは生ビールを、僕は墨廼江を注文して乾杯。思うままにいろんなことを話した。この春まで続いた連載のおかげで日本全国出かけてきたけれど、何も積み重ねてこれなかったような気がする。毎晩のように酒を飲んできたけれど、それは気の赴くままに飲み散らかしてきただけで、たとえば「下町エリアのおすすめの居酒屋☆」なんてふうに紹介できるほど店をコレクションしてきたわけでもなく、そりゃ原稿の依頼もないわな、という気持ちになる――そんなことを話していると、「橋本さん、そういう原稿書きたいの?」と言われる。言われてみれば、そんな原稿を書きたいと思ったことは一度もなかった。あの対談連載の中で、坪内さんと福田さんから教わったことの一つは、店に通うということの意味のようなもの、だ。ライターであれば、もっと自分の体験を切り売りしなければならないはずなのに、そんなこととは無関係に酒を飲んでこれたのはあの対談があったからこそだ。改めて、この6年というのはありがたい時間だったなと仙台で感じる。