5月8日

 8時に出勤する知人を、布団の中で見送る。10時半頃までゴロゴロして、カップヌードルナイスを食す。テレビではロシアの航空機事故の話。乗客が手荷物を持って脱出しようとしたせいで遅れが生じ、犠牲者が増えてしまったのではとコメンテーターが語っている。とても恐ろしい気持ちになる。僕は荷物を諦められるだろうか。買い直せるものであれば放っておけるけれど、たとえば自分がこれから半世紀かけて集めた資料のデータが詰まったパソコンを持ち歩いていたとして、それを諦めて脱出できるだろうか?――僕自身はそこまで思い入れのあるものはなく、ドライブインも沖縄も「自分が好きだから」という理由で取材しているわけではないけれど、好きなものにまっすぐ向かうのはとてもおそろしいことだ。その人が大切に集めてきたものが、何かのきっかけで損なわれてしまう瞬間のことを想像してしまって、おそろしくなる。神社の御神木が何者かによって枯らされてしまった事件が起きたときも、同じようなおそろしさをおぼえた。「ものはやがてなくなってしまうのだから、仕方がないよ」。そんなふうに言えるだろうか。それは、「何かを大切にしたところで、すべては徒労である」というのと同じことではないか。

 12時半にアパートを出る。連休明けだから、まとめて郵便物が届くかもなと思っていたけれど、昨日も今日も何も届かなかった。そういえば千代田線のほうが近いんだったと思い出して、千駄木から新御茶ノ水に出て、駿河台下へ歩く。新緑と学生が眩しく感じられる。13時に「伯剌西爾」に入り、喫煙席の一番手前の席に座り、レアチーズケーキと神田ブレンドを注文。ケーキを食べながら念校に目を通す。昨日受け取ったときは「ほとんど赤は入れないと思います」と言ったのに、やはりどうしても気になるところがあり、ちょこちょこ赤を入れてしまう。気づけば約束の15時をまわっていたので、8割ほど目を通したところで本の雑誌社へ。助っ人の方達が作業をしているところだ。ああ、これが噂に聞いた風景かと感慨深くなる。大学時代の友人であるA野さんは助っ人としてアルバイトをして、何度か話を聞いたことがある。途中までを手渡して、残りに目を通す。15時45分に作業が終わり、念校を戻す。帯まわりの文言もチェックして、すべての作業を終える。

 組版をしてくれる会社まで念校を届けに行くTさんと別れ、「東京堂書店」をのぞく。気になった本を4冊と、それに『文學界』を購入して、「ランチョン」へ。窓際の席に座り、ビールとメンチカツを注文。ビールを飲みながら、『文學界』を読み始める。「昭和最後の日、あなたは何をしていましたか?」という特集が組まれていたので、今月は『文學界』を買った(同じような理由で先月は『新潮』を買っている)。まずは坪内さんの「昭和が終わった頃」を読む。1月7日はまだ「正月休み中」で、「私は朝からずっとテレビを見ていた」と坪内さんは書く。特別番組が放映され続けるなかで、「この種の歴史番組の好きな私は、少しウキウキしながらテレビをザッピングしていた」と。僕は坪内さんから学んだと言えるほど博識でもなければ文学に明るいわけでもないけれど、態度についてはいろんなことを学んだと思っている。4月30日、ツイッターをひらけば「改元で騒ぐテレビに辟易とする」とつぶやく人がたくさんいたけれど、僕はテレビをザッピングしつつ、録画できる限り録画もしている。ところで、昭和最後の日にテレビをザッピングして、何が印象に残ったのだろうとページを繰ると、そこには保坂和志のエッセイが掲載されている。坪内さんの文章は、僕が学生だった頃に比べると、とてもストンと終わる。

 ぱらぱらめくっていると、編集者のTさんがやってくる。僕がこのあと「ランチョン」に行くつもりだと言うと、「今日くらいはご馳走させてください」と言ってくれたのだ。僕が『文學界』を読んでいるのを見て、えらいですね、とTさんが言う。いえいえ、毎号読んでいるわけではなくて、毎月気になったどれか一誌を買っているだけですと答える。いつ頃から神保町に足を運ぶようになったのかを尋ねられて、しばらく考えてみたけれど、それもやはり坪内さんに出会ってからだろう。「ランチョン」だって、いきなり自分で訪れるには大人の場所だという印象があって、神保町でのトークイベントのあとの打ち上げに混ぜていただくときや、対談の収録のときに僕もお邪魔するくらいのものだった。今でもまだ自分が訪れるには早いと思っているけれど、もう自分でくるほかないのだった。

 まだ仕事があるTさんは、ジンジャエールを飲み干すと、そこまでの会計を済ませてくれて、会社に戻っていく。それで帰るのははしたない気がして、ビールを1杯追加して、ぼんやり窓の外を眺めながら飲み干す。時計を見るとちょうど17時になったところだ。せっかく本の作業が終わったのだから、パーッと飲みに出たいところだけれども、行きたい店の半分くらいは昨日訪れてしまったし、好きな店の何軒かは水曜が定休日だ。誰かを誘おうにも、真っ先に思い浮かぶふたりは稽古期間中で、飲むどころではないだろう。おとなしくアパートに戻ることにして、新御茶ノ水駅の改札そばにある成城石井で惣菜を買って、谷中ぎんざの「越後屋本店」で一杯だけビールを飲んで、ちよだ鮨でパック寿司を買って帰途につく。『CITY』に向けて、マーベル作品をすべて観ておこうと『アイアンマン』を観始める。買っていたパック寿司、ヨレヨレにヨレてしまっていた。今日の『水曜日のダウンタウン』は、とても楽しみにしていた企画がある。知人が帰るまで待つかと、これまで興味を持てずにいた『ドキュメンタル』のシーズン5を観ていると、22時半頃になって知人から「飲んで帰る」と連絡が入る。