3月5日

 10時にアパートを出て、千代田線で明治神宮前へ。11時過ぎから対談の収録。気心が知れたふたりなので、あまりこちらで仕切り過ぎないように伺いつつ、最後にいくつか聞いておきたいことも質問する。1時間ほどで終える。Fさんが「橋本さん、今日の夜、よかったら飲みませんか」と誘ってくれた。夜までどこで何をして過ごそう。まずは山手線で高田馬場に出て、金券ショップでVISAギフトカードを買い取ってもらう。クレジットカードのポイントを引き換えたもの。早稲田通りを東へ歩き、久しぶりで「ティーヌン」。馬場に住んでいた頃は、休日になると知人とよく食べにきた。「ヘン」が「汁なし麺」という表記に変わっている。金券ショップに寄っただけなのに、お金を稼いだような気持ちになって、バミーヘンだけでなく生ビールも頼んだ。

 「古書現世」をのぞく。向井さんは『月刊Hanada』で連載されていて、今月号は坪内さんの追悼文を書かれているのだが、そのなかで僕のことにも触れてくださった。だから、というわけでもないし、そのことを直接話すわけでもないけれど、向井さんと話す。早稲田の古本屋街に歩いて行ける場所に住んでいたのに、上京してしばらく、僕はあまり古本屋に足を運ばなかった。きっかけとなったのは坪内さんだった。坪内さんの授業のあと、いつも「金城庵」で飲み会があり、坪内さんの担当編集者の方もよくいらしていた。そこに一度、「古書現世」の向井さんがいらっしゃったことがある。その日のことを、よくおぼえている。向井さんはエプロン姿だった。特に将来の見通しもなく大学生として過ごしていた僕は、その使い込まれたエプロンを見て、自分のハラの座らなさを再確認したような心地がしたのだった。

 さらに足を伸ばして「丸三文庫」ものぞいたのち、グランド坂を下り、「金城庵」を横目に歩く。「モスバーガー」でホットコーヒーを頼んで、パソコンを広げて原稿を書く。近くに座った大学生は5分おきに店のアルコールスプレーで消毒している。そんなにウィルスが気になるのであれば、手を使わずに食べられる店に行ったほうがよいのではと余計な心配をしてしまう。16時過ぎ、都電に乗って「古書往来座」。セトさんとのむみちさんが店番中。「盛林堂の回、面白かった!」と、のむみちさんが褒めてくれる。なんだかうちはいい加減すぎる気がして、恥ずかしくなっちゃった、と。店内の棚を眺めていると、岩波文庫版の『濹東綺譚』を見つけた。この本にまつわるエピソードを、ウェブ連載で書いた。それを買った常連客が誰なのか、わかる人にはわかるように書いたつもりになっていたけれど、今のところ誰にも伝わっていなかった(あんまり誰だかわかってしまうと下品だなと思っていたので、それでよいのだけれど)。この本は僕が買っておこうと、他の何冊かと一緒に帳場に持っていくと、のむみちさんがセトさんのほうを振り返り、「これ、はっちが買ってくって」と笑う。

 「ジュンク堂書店」(池袋本店)をのぞく。資料として探していたちくま文庫を何冊か手にとっていると、棚の近くで、若い二人組が戦前の政治家についてああだ、こうだと話している。まだFさんから連絡がないので、「サンマルクカフェ」でコーヒーを注文し、席についたところで「打ち合わせが長引いていて、お待たせするのも申し訳ないので、また日を改めて」とメッセージが届く。こればっかりは仕方のないことだ。今日は外で飲む気分になっていたので、晩ご飯の献立を考えられず、「みつぼ」へ。ホッピーとウドの芽天ぷら、菜の花の辛子和えを頼んだ。もう春ですね。誰に言うわけでもないけれどそう思う。ナカを2度お代わりして、モツ焼きを4本食べたところで店を出て、バスに揺られて帰途につく。