9月21日

 5時過ぎに目を覚ます。朝から余計な反応をしてしまって、気持ちがざわざわする。いい加減なことを書いている人を見たときに、「まあ、勝手に言ってればいいさ」と超然とした態度をとるのが大人なのかもしれないけれど、ぼくはそういうタイプでもなく、陰でああだこうだ言われるのはともかくとして誰もが目にすることができる場所でいい加減な言葉が綴られているのを目にしたら反応せずにはいられない(いい加減な言葉が流通するのをほったらかしておくのであれば、文章を書く、ということに取り組む意味はどこにあるのか、わからなくなる)。

 9時40分にアパートを出て、千駄木駅へ。最初にやってきた電車はぎゅうぎゅうだったので、一本見送り、そこそこ空いていた次の電車に乗る。新御茶ノ水に出て、「おにやんま」でうどんを平げ、中央線で武蔵小金井へ。バスで「古書みすみ」に向かうと、お店の前に小型トラックが停車していて、カーゴで本が運び出されている。市場に出す品を引き取ってもらっているところだという。またしても調べが甘く、緊急事態宣言の影響で13時からの営業になっていたけれど、中に入れてもらい、本棚を眺めながらぽつぽつ話す。『東京の古本屋』、面白かったと言ってもらえて嬉しくなる。寝る前に最初の「古書往来座」のところだけ読もうと思ったら、一気に読んでしまった、と。知っている古本屋さんのところは、ほんとにその人がしゃべっているみたいでびっくりした、とも。構成や聞き書きの仕事をしている身として、とても嬉しくなる。

 2冊だけ買って、お店をあとにする。今日はよく晴れていて、先日買ったばかりの白い長袖シャツを着てきたのだけれども、これなら半袖でよかった。西荻窪まで引き返し、「盛林堂書房」をのぞく。5冊を手にして帳場に向かい、その節はお世話になりましたとお礼を言う。いやいや、本になってよかったと思いますと言ってくれる。特に岡島さんのところと、それにみすみさんとトロワさんの回は、経営員の仕事がしっかり書かれていて、今まで例がないんじゃないか、と。うちでもしっかり売らせてもらいますと言ってもらって、ほくほくした気持ちでお店を出る。せっかくこのあたりにきたのだからと、「Title」ものぞいていこうかと思ったものの、今日は定休日のようなので、駅に直行する。

 東西線直通の電車で飯田橋に出て、駅の構内のスターバックスでアイスコーヒーを買い求め、有楽町線に乗り換えて護国寺へ。時刻はまだ13時40分で、打ち合わせの約束まで20分ある。時間をつぶすためにもアイスコーヒーを買ってきたのだけれども、外だと暑いので、K社の1階にあるベンチで過ごすことにする。勝手に座ってアイスコーヒーを飲み始めると不審がられるだろうなと、受付の方に声をかけ、「すみません、14時から打ち合わせがあるんですけど、あそこのベンチに座っていてもいいですか?」と尋ねる。もちろんでございますと言われて、ちょこんと座る。くすりと笑われたような気がした(馬鹿にして笑われたというのではなく、そんなふうに聞いてくる人は珍しいなという感じの笑いだった)けれど、時間までぼんやり考え事をしているあいだ、入れ替わり立ち替わりベンチに腰掛ける人があらわれたけれど、わざわざ断って座る人は誰もいなかった。出版社に自分がいる、ということに、ぼくはいまだに慣れないところがある。

 14時に受付を済ませて入館し、21階へ。勝手に編集部がある奥にまで進んだら「誰だお前は」と怒られるような気がして、担当の方がきてくれるまで、エレベーターホールに佇み続け、そこに貼られているポスターを読んでいるふりをし続ける。連載担当のSさんと、単行本担当のHさんと打ち合わせ。大掴みなところから話を始めて、ここから先の書籍化の作業について話す。なにが求められているのか、どんなことが必要なのかを、ふわふわと掴む。ぼくのほうとしては、本文については(指摘が入らない限り)あまり触るつもりはないので、やはり肝心なのはまえがきになるのだろう。まえがきのところで、「この本を読まなければ」というふうに、ギアを噛ませなければならない。

 1時間半ほどで打ち合わせは終わる。地下鉄で東池袋に出て、路地を歩く。連載の相談をする打ち合わせをしたあとにも、このルートを歩いた。かつてIWGPや、僕は観ていないけれど『ちゅらさん』のロケ地にもなった界隈は、もうすぐ再開発が始まってしまうらしく、一部に白い囲いが立てられている。その道を歩きながら、まえがきのことをぼんやり考える。昨日ウェブで読んだ、平民金子「神戸の、その向こう」のことを思い出す。「好き」という感情でないのだとすれば、どうして自分は「再訪」を重ねるのか、「空白」を見ようとするのか。それを他の誰かにも伝わる言葉で書けなければ、本にしたところでたくさんの人に届けることは難しいだろう。

 「古書往来座」をのぞく。退屈さんが帳場に立っていて、奥にセトさんがいて、ほどなくしてムトーさんもやってくる。つい最近、今度久しぶりに飲みながら、ぶつぶつ本の感想を話したいとやりとりしていたところだったので、じゃあ月曜日の閉店後にこの場所でと約束する。ここなら扇風機もたくさんあるし、距離をとって、と。それにしても、誰かとお酒を飲む約束をするなんて、一体いつぶりか。池袋駅に出て、西武のデパ地下をのぞく。途中の地下通路のエアポケットのような場所(従業員出入り口の手前)で、制服姿の二人組がひっそりとマスクを外して自撮りで記念写真を撮っていた。何にしようかと迷った挙句、「アジャンタ」でチキンビリヤニと、「サイゴン」でサイゴンセット(生春巻きと蒸し春巻きとチャーハンとビーフンが少しずつ入ったセット)を購入し、千駄木に帰ってくる。

 家に帰る前に、「やなか珈琲」でコーヒー豆と、ちょっと上等な八百屋さんに立ち寄ってシャインマスカットも買っておく。団子やを探す気力がなく(団子坂上に住んでいるのに)、なにか十五夜にちょっと贅沢なものを考えたいたときに、シャインマスカットが目に留まった。家に帰り、ハンドソープで頭と顔と首筋を洗ってシャワーを浴び、横になるとくたくただ。1時間ほど休んだのち、F.Yさんから頼まれていた原稿は今日あたりまでにお送りすると伝えていたのだったと思い出し、どうにか原稿を書き始める。19時過ぎに帰宅した知人と一緒に、近所の坂まで月を眺めにいく。あんまり明るくてびっくりする。同じように月を見にきている人を数人見かけた。