10月4日

 7時過ぎに目を覚ます。冷凍うどんを解凍し、釜玉みたいにして平らげる。風呂に湯を張り、『G』に寄稿した原稿を複写してもらったものを読み返す。書籍化に向け、気になるところに赤を入れる。書籍の担当編集者の方も「構成がしっかりしている」と言ってくださったが、かなり細かく構成を考えてから書き始めているので、大幅に手を入れられるところはほとんどなく、細かな点だけ赤字を入れる。でも、その細かなところが、この本がたくさんの人に届くかどうかの分岐点だという気がする。言葉の強度。部屋のチャイムが鳴り、出ると日本郵便だ。あとで取りに行くので、インターホンの下に置いておいてもらえますかと伝えると(最近は荷物が届くたびにそう繰り返している)、「え? 外にですか?」「ここに置くんですか?」と配達員の人に何度も聞き返される。「じゃあ、置いておきますので、早めに受け取ってください」と言われ、濡れていた体をしっかり拭き、服を着て1階まで降りてみると、A3サイズの封筒がてろんと置かれていた。え、これ、と思ってポストに入れてみると、少しはみ出した状態にはなるけど、ポストに入らないサイズではなかった。これなら投函しておいてくれたらよかったのにと思いつつ、もう一度湯につかる。

 お昼も冷凍うどんで済ませる。卵ばかり食べてもと、すうどんにした。14時過ぎに家を出て、新宿へ。15時過ぎ、思い出横丁の「T」に向かい、お久しぶりですと挨拶をしてカウンターに座る。常連のお客さんがひとり、先に飲んでいる。まずは瓶ビールを注文。久しぶりにカウンターでビールを飲んだ。緊急事態宣言があけても、新規感染者数がゼロになったわけではなく、怯えて過ごしている。ただ、自分がよく足を運んでいたお店には、そこが営業している限り行っておきたいという気持ちがあるので、こうしてオープンまもない時間を狙って飲みに行くほかない。落ち着いたところでつくねも頼んだ。

 ビールを飲み干したところで、次は何にしよう。臨時休業に入ってしまう前は、「お店の利益になりやすいものを頼むべきでは」と余計なことを考えてしまっていたけれど、メニューをみているうちにホッピーが頼みたくなる。ここにくるといつもホッピーを飲んでいた(ホッピーセットだと、わりとリーズナブルだ)。今日は余計なことは考えず、ホッピーセットにする。自宅にキンミヤは常備しているけれど、それは炭酸で割って飲むだけで、ホッピーを自宅で飲むことはほとんどない。酒とは別にホッピーも買ってきて冷やしておくという手間も、ホッピーの瓶がスペースをとるというのも億劫だからだろう。だからホッピーは外で飲むものという感じがあって、久しぶりに飲めて嬉しくなる。

 常連さんはしばらくすると帰ってゆく。誰もいなくなったカウンターに佇んで、マスターが流す音楽(ぼくは音楽に詳しくないので大抵知らない曲だけれども、いいなと思う音楽)を聴きながら、横丁を行き交う人を眺めて過ごす。まだ時間が早いこともあって、行き交うのは横丁で働く人が主で、挨拶しながら通り過ぎてゆく。向かいの寿司屋の大将が、客席でひとやすみしている。そういう風景の中に自分を置いていると、いま考えている原稿のことがまとまってくるような感触がある。つくねを食べ終えたところで、もう一度メニューに目をやる。たたみいわしという文字が目に留まる。ああ、今日はもう絶対これだと注文。家で晩酌していると、どうしても「腹をそこそこ満たすこと」という前提がついてきてしまうけれど、外で飲んでいると、特に腹の足しになるわけでもないけれど、酒のあてになるものをつまみにできる。なんと贅沢な時間だろう。

 16時半にお店を出る。会計を済ませたあと、最近こんな本を出したので、押し付けるようで恐縮ですけど、よかったらと手渡すと、喜んでくれる。表紙とタイトルをみて、すごい、橋本くんぽいね、とマスターは言ってくれた。なぜかデヴィッド・ボウイを聴きながら新宿を歩く。ニュウマンの前で、閣僚の写真を並べたボードを手にした撮影クルーが、若者に取材している。その脇を通り抜け、タカシマヤへ。受付で何階にあるか尋ねて、3階のモンブランを目指す。今日は名刺入れを買おうと決めていた。いま使っている名刺入れは壊れかけていて、わりとみっともない状態になっていた。そして、薄手のカードケースなので、20枚も入らないのと、自分の名刺ともらった名刺を分けて入れておけないのも不便だった。2018年、公演に同行してパリに出かけた折に、Fさんがハイブランドの店舗で(ほとんど使わなかった日当の残りを精算するように)名刺入れを買っているのをみて、ああ、ああいう名刺入れいいなあと思っていた。ただ、自分が知っているファッションブランドの名刺入れを検索すると、ちょっとブランドの主張が強いものが多く、「これ」というものには出会えずにいた。それが先日、ふと「あ、モンブラン」と思い立って検索してみると、カードケースを出しているようで、わりとよさそうな雰囲気だ。今年はもう少し経費になるものを買っておかないと大変な気がして、このタイミングで買っておくことにする。「酔っ払いがきた」と匂いで思われてしまうだろうか、まあそんなこと気にしたって仕方がないなと開き直り、黒の名刺入れが欲しいんですけどと単刀直入に尋ねる。店頭には3種類の在庫があり、そのうちの2つで迷う。使っていくうちに出てくる変化ってどんなもんですかと尋ねると、皮だからどちらも脂を吸うので、使用していただくうちにちょっと光沢が出てくる、ただしこちらのモデルのほうが若干傷が入りやすいところはあります、と店員さんが言う。傷が入ったら嫌だよなあ、名刺入れをそんなに丁寧に持ち歩く気もしないし、と思いかけたものの、その傷が入りやすいモデルはモンブランで最初に扱った革だかなんだかという話をしていたので(酔っ払っているので記憶が雑だ)、やっぱりそっちにしようと購入する。会計を待っているあいだに、顧客情報のシートに記入する。酔っ払っていて不審だから書かされているんだろうかと思いながら書く。

 時刻は17時半、ほくほくした気持ちで新宿三丁目へ。なかなかの賑わいだ。「F」の前にたどり着くと、扉が開け放たれている。地下へと続く階段を降りると、数組先客がいる。お久しぶりですと挨拶して、焼酎のボトルを出してもらって水割りを飲んだ。カウンターには数席ごとにアクリル板があり、その間隔ごとに1組、ということになっているのだろう。ほどなくしてママのHさんもやってきて、お久しぶりですともう一度挨拶する。『G』での連載、2回目まで読んでくれていたらしく、その内容を褒めてくれる。読んでくれている人ってどこかにいるのだなあ。小一時間ほどでお店をあとにして、都営新宿線南北線を乗り継ぎ帰途につく。さっそく名刺入れを箱から取り出し、自分の名刺を入れてみる。ああそうだと、知人に声をかけ、名刺交換をする。酔っ払って適当に名刺を差し出そうとすると、違う、そんな雑な出し方じゃダメやろ、と社会人として駄目出しされる。