7時半に起きる。テレビでは「今日雪が降れば、54年ぶりに都心で初雪が観測されることになる」と言っている。10時半になってジョギングに出たのち、帰宅して昼食を作る。具合の悪い知人にはたまごを溶かしたうどんを、自分には袋麺のラ王(醤油)を作って食す。薬を飲ませて、知人を寝かせる。午後、ドキュメンタリーを観ながら『S!』誌の構成に取り掛かる。

 最初に観たのは『暴かれる王国 サウジアラビア』というドキュメンタリーだ。僕の中では、中東の地図はぼやけている。どの国がどの程度厳格なイスラム主義であるのか、よくわかっておらず、先月もドバイで乗り換える際に「ここで酒を飲んでいても大丈夫なのだろうか?」とドギマギしたのを覚えている。サウジアラビアという国は穏やかなイスラム主義であると思っていたけれど、「もっとも入国しづらい国」として紹介されている(調べてみると、観光ビザは発給されていないという情報がすぐにヒットした)。

 ジャーナリストにも監視なしでの取材は不可能だというサウジアラビアだが、現地の活動家が極秘裏に撮影した映像や、架空の会社を立ち上げて架空の商談をセッティングし、イギリスの取材班が潜入した映像が映し出される。基本的には街中での撮影は禁じられており、映像はすべて隠し撮りだ。広場で音楽を演奏していたところに「宗教警察」がやってきて、怪我を負わされる様子が収められている。サウジアラビアでは、公共の場で音楽を演奏することは禁じられているのだという。そんな馬鹿なと思ってしまうけれど、それが現実なのだろう。

 宗教警察は「勧善懲悪委員会」とも呼ばれ、街中で厳格なイスラム法を執行している。イギリスの取材班は、チョップチョップ広場という場所を訪れる。そこは何度も公開処刑が行われてきた広場だ。サウジアラビアでは、近代的な裁判が行われることなく、イスラム法に基づいて裁きが下される。重罪人は広場で首を撥ねたのち、吊るして晒し者にされる。サウジアラビアはテロリストとの深いつながりを疑われているが、(産油国だからか)欧米とは友好的な関係を築き続けている。

 潜入取材を進める過程で、取材班はサウジアラビア警察のサイバーセキュリティ担当者との“商談”に成功する。担当者はアメリカのアカデミーで研修を受け、さらにはイギリスでも研修を受けたと陽気に語る。この取材が行われた段階では、イギリス政府とサウジアラビアが研修の契約を結んでいるということは公表されていなかった。サウジアラビア政府は、「我々もテロリストの撲滅に協力する」という名目のもと、多くの活動家を逮捕している。ブログに自由や人権を求める投稿をした活動家はむち打ちの刑に処され、中には死刑を言い渡された少年もいるという。

 続けて、「フランスで育った“アラーの兵士”」というドキュメンタリーを観る。フランスに生まれたイスラム教徒のディレクターを主人公に、過激派に与するフランス生まれのイスラム教徒に接触していく映像だ。このドキュメンタリーもすべて隠し撮りで構成されている。技術の進歩が様々な世界を暴いてゆく。取材する過程で、ディレクターが接触するグループは武器を用立て、作戦を具体化させてゆく(そうしたタイミングで、昨年11月の連続テロも起きる)。ある20歳の若者は、「長生きして道を見失うのは怖いから、若くして死にたい」と述べ、彼が夢見る死後の楽園を語る。ドキュメントの最後に、「私が観たのはイスラム教徒ではなく、道に迷った若者だ」と語られるのが印象的だった。

 17時頃になって構成が完成し、メールで送信する。知人はまだ具合が悪いようで、外出は難しそうだ。楽しみにしてたのに、何でこのタイミングで風邪引くんだよ、バカかよと文句を言いつつ支度をし、知人の夕食用にセブンイレブンで肉汁うどんを買ってきておく。ちゃんと食べて薬飲めよと言い残し、去年買った熊手をトートバッグに入れて、最大限暖かい格好でアパートを出た。雨もしくは雪が降るのは深い時間からだと天気予報で言っていたのに、小さな水滴が時々顔に当たる。

 山手線で新宿に出て、まずは思い出横丁をのぞいてみる。祝日だから開いていないかと思っていたけれど、いつも行くお店は営業していた。ただしほとんど満席だ。隙間の席に小さくなって座り、ホッピーを飲む。こういうとき、あるいは飛行機なんかに乗っているときは、「自分の身体の大きさを調整できればいいのに」と思う。すぐ近くには若い女の子のグループが座っていて、関西弁で話している。最近も関西弁の女の子たちがいたけれど、向こうの若い子たちのあいだで横丁ブームでも来ているのだろうか?(しかし関西にも横丁が残っているから、そんなに珍しくもないだろうに)。

 焼き鳥を数本ツマミながら、『落語百選』から「厩火事」と「ぞろぞろ」を読んだ。後者は友人のAさんが「橋本さんが好きだと思う」と言っていた噺だが、どうしてそう思ったのか、ちっともわからなかった。1時間ほどで思い出横丁をあとにして、花園神社に出かけた。今日は酉の市(二の酉)だ。昨日が前夜祭で、今日が本祭である。僕の読みでは、翌日が祝日で比較的暖かい前夜祭のほうが賑わって、翌日が平日で深夜には雪が降るとも言われている本祭は人手が少ないだろうと踏んでいた。が、神社に近づいてみると人で溢れ返っていて、いつにも増して歩きづらかった。

 とりあえずは去年の熊手を奉納する。どこか屋台で酒を飲むつもりでいたけれど一杯で、一旦神社を抜けることにする。新宿3丁目「F」に足を運んでみたものの休みで、新宿5丁目「N」もやはり営業しておらず、結局「日本再生酒場」に入ることにする。チューハイと煮込み、それにおしんこを注文して、しばらくボンヤリする。ここは「そろそろお代わり頼みたいな」という気持ちをすぐに察知してくれるおかげで、次から次へとお代わりしてしまう。今日は4杯お代わりをした。

 少し酔っ払ってきた。花園神社はまだごった返している。入り口近くにある見世物小屋に入る。ここも大賑わいだ。客層はかなり若く、虫を食べるシーンで客席から悲鳴が上がる。見世物小屋が新しいものとして楽しまれているのだろう。一通り観たところで小屋を出て、境内をほっつき歩く。缶ビールを2本購入し、神楽殿のところに佇んでそれを飲んだ。ほどなくして獅子舞が始まり、ぼんやり眺める。雪が降ってくる気配はなかった。境内の人出はますます増えており、屋台に入れそうもない。雪見酒を気取るのは諦めることにして、22時過ぎにはアパートに帰ってしまった。