1月13日

 7時過ぎに目を覚ます。昨日寝る間際に頭痛がしていたけれど、起きてみるとすっかり消えていてホッとする。布団に横になったまま、児玉隆也『淋しき越山会の女王 他六編』(岩波現代文庫)を読み始める。表題になっている「淋しき越山会の女王」は、田中角栄の秘書・佐藤昭をめぐるノンフィクション。そこに彼女がホステスをしていた時代の記述があり、そのクラブの給料はいくらぐらいで、指名料はいくらだと書かれてある。こういうところに出くわすたびに、ぼんやり読んでしまう。同時代の読者なら、「それは高級なお店だな」とか「場末の感じがする」とか感じられた箇所を、ただ読み流すことしかできない。

 この本を読もうと思ったきっかけは、坪内さんの『文庫本福袋』で取り上げられていたことにある。「社会派でありながら、ただの社会派の枠には収まらない独特の自己言及性を合わせ持った、その文体」という言葉から、どんな文体なのだろうかと興味を持ち、ネットで注文した。また、児玉隆也の早逝を惜しんだ吉行淳之介が「彼のものの見方、心の在り方、神経の具合に親近感を覚えていた」と追悼文に書いていたということも、『文庫本福袋』で知り、ノンフィクションを書いていくための勉強――というか栄養素――として読んでおかなければという気持ちになったのだった。上の吉行の追悼文を引用する際に、坪内さんは「神経の具合」という箇所に傍点を振っている。坪内さんの追悼文を書いたとき、そのひとつに「神経のふれかた」とタイトルをつけたことを思い出す。原稿を書くとき、タイトルは編集者の方に任せることも多いけれど、あのときは自分でつけたのだった。

 燃えるゴミをまとめて出したあと、三角コーナーや排水溝の汚れが気になり、ハイターで除菌し、たわしで擦って汚れを取り除く。コーヒーを淹れて、昨日のおでんの残りを温めて、知人と一緒に朝食をとる。予約の時間が迫っていたので、根津まで自転車を走らせ、いそいそと病院に出かける。診察室に案内され、金曜から頭痛が、土曜から蕁麻疹が出ていることを伝える。年末年始にお酒を飲む機会が多かったので、その影響かなと思ってここ二日はお酒を控えてみたところ、とりあえず蕁麻疹は治っていることも言っておく。まずは喉をみられ、胸に聴診器を当てられる。喉の腫れから頭痛が起こることもありえるけれど、特に喉は問題なさそうですねと医者が言う。そして肩を触りながら、「肩こりはどうです?」と尋ねられる。肩こりと一緒に頭痛の症状が出ることもある、と(それはネットで調べてあった)。とりあえず頭痛薬と蕁麻疹を抑える薬を出しておきますから、様子をみましょうと言われて、え、もう終わりかと拍子抜けした気持ち。ここは頭痛を専門的に扱う病院でもなく、そして緊急性のある病気であれば、金曜日に症状がで始めたとすれば今頃もっと大変なことになっているということなのだろうかと思いつつ、お金を払って病院をあとにする。別に薬をもらわなくてもと思ったけれど、処方箋をもらっておいて薬を受け取らなかったら面倒なことになるのかもという思いに駆られ、ねんのため薬局で薬も買った。

 その足で上野に出て、ヨドバシカメラの6階まで上がり、ソーダストリームのガスボンベを交換する。そこは炊飯器やレンジ、冷蔵庫などが並んでいるフロアで、お年寄りが店員さんにあれこれ相談している。同じフロアにいるのはお年寄りばかりだった。ついでに買い替えを考えている空気清浄機を物色しておく。実際に現物を前に確かめておきたいのは静音性なのだけれども、家電量販店でそれを確かめるのは当然ながら無理だった。帰り道、「古書ほうろう」に寄ってみたけれど、まだ開店準備中だったのでそのまま通り過ぎる。

 14時過ぎ、キャベツとベーコンのパスタを作る。今日は知人も在宅で仕事をしていたので、少し多めに麺を茹で、少し分ける。夕方になると、今日の新規感染者数が報じられだす。沖縄は相変わらず高い数値だ。そして東京はついに3000人を超えた。先月下旬に、どこかの先生が「年内にオミクロン株の市中感染が発生すれば、2月には東京の新規感染者数は3000人に達する」と予測を出していたけれど、それよりもずっと早く3000人に達してしまった。東京からどこかに出かけるのが大変な時期がまたやってきてしまう、のか。ここからどんな状況になるんだろうかと、過去の新規感染者数の推移をNHKのサイトで振り返る。

 あらためて、去年の夏の数字は異様だなと驚く。毎日こんな数字が出ていたのか。そのわりには、オリンピックが開催されていたせいもあるのだろう、イベントや公演が中止になっていたという印象は残っていない。これは記憶がすでに修正されている可能性もあるけれど。ニュースで流れてくる数字をちらちら眺めながら、献本リストを作る。基本的には面識のある方に「この人には渡しておきたい」という気持ちでリストを作っているのだけれども、きっと営業的には、「この人に献本して、紹介してもらえないかと期待する」ということを考えたほうがよいのだろう。でも、どんなに頭を悩ませても、そういう目論見で本を送ろうと思える相手は浮かんでこなかった。

 日が暮れた頃になって、電話で注文しておいたコーヒー豆を取りにいっていないことを思い出し、散歩に出る。2年前の今日は大阪でトークイベントをはしごしていた。夜の会場に向かい、ワインをデキャンタで注文して客席についたところで電話が鳴った。それは編集者のM山さんからで、そこで坪内さんが亡くなったことを知った。あれもちょうどこれぐらいの時間帯だった気がする。コーヒー豆を買ったあと、スーパーでほっけとシウマイを買って帰る。今日は頭痛も蕁麻疹も出ていない。さて、酒をどうするか。珍しく二日連続で飲まずにいるのだから、もう一日ぐらい様子を見たほうが症状も治まるんじゃないかという気もするけれど、もう飲まない生活を送るつもりかと言われれば、そんなつもりはまるでない。ただ、今日は観たいテレビ番組がひとつもないから、飲んでも楽しくないんじゃないか――と、ああだこうだと考えたけれど、まあ、飲んで様子を観ることに決めて、ビールを飲みながら『ストレンジャーシングス』の続きを観る。知人も思ったよりこのドラマを楽しんでいるようでホッとする。