2月1日

 まだ6時台のうちに、知人が目を覚まし、妙に楽しそうにしている。その気配でこちらも目を覚ます。この順序はとても珍しく、早めに布団を這い出し、ダイニングもエアコンをつけ、炊飯器をセットし、コーヒーを淹れる。知人はいつのまにか二度寝をしていたので、ダイニングテーブルでパソコンを開き、昨晩ある人が「読んでみてもらえませんか」と送ってくれた小説について返事を書く。言葉を尽くしたふりはいくらでもできるけれど、そんなことを求められてもいないだろうから、自分の中に浮かんだ言葉をなるべく率直に拾い上げ、返信する。

 ようやく起きてきた知人を見送ったのち、新調したバリカンを手に風呂場に行き、頭を刈る。新品だとこんなに早く動くのかと驚く。頭を3ミリに刈り、シャワーを浴びる。知らない番号から電話がかかってきて、普段はあまり出ないのだけれども、なんとなく出てみると連載「KB」で取材させてもらった民宿の方からだ。原稿のチェックをしてもらえるように、ファックスをお送りしておいたのだが、その連絡で電話をかけてきてくださったのだ。かなり率直に語ってくださったところまで原稿にしていて――どうしてその率直な部分を原稿に書きたいと思ったのか、その理由も書き添えて送ってはいたのだけれども――「さすがにここまで率直な言葉が文字になるのは」と、削除してほしいと言われるかもしれないなと思っていた。でも、そんなことはなく、ほぼそのまま掲載できることになった。

 ばたばたしているうちにお昼近くになり、時間がないのでセブンイレブンへ。春木屋のワンタン麺が売っていたので、買って帰る。混ざりやすさより、麺の質感にこだわったという感じで、スープにうまくほどけなかったけれど、それはそれでいいか、という気持ちになる。洗濯物を干して、13時に高田馬場へ。日曜に続き、クラウドファンディングに関連した動画を収録する。久しぶりにお会いしたH.Iさんが、「あれ? もしかして、あけましておめでとうかな?」と皆に言う。去年はかなりの頻度で顔を合わせていたから、不思議な感じがする。賞にノミネートされたT.Mさんに、皆でお祝いを言う。13時半から、鼎談の収録が始まる。僕は進行役で、言葉が途切れたのか、あるいは考え中なのか窺いながら、あまり口を挟み過ぎない範囲で加わる。

 ほとんどの皆が帰ってしまったあと、最後にH.Kさんへのインタビュー動画を収録する。収録後、「橋本さんって、ほんと話聞くの上手ですね」とHさんに言われ、誰かに言われたらかえって気を悪くしそうな言葉ではあるのに(人に話を聞くのが上手だと思ったことなんてないけれど、いちおうそれが仕事でもあるので、歌手が「歌上手いですね」と言われても「はあ?」と憤るように憤っても不思議ではないところなのに)Hさんにそう言われると、どういうわけだか引っかかりをおぼえなかった。

 時刻は16時。せっかく高田馬場にきたのだからと、古本屋に足をのばす。高田馬場に着いたときは戸山口を利用していたから、駅前のロータリーは目にしていなかったのだが、ロータリーの向こう側にあるビルもまるで外観が変わっているし、震災が起きる直前に立ち寄っていた三井住友銀行も、まるで別の建物に変わっている。引っ越すというのはこういうことなのだなあと思いながら、早稲田通りを歩く。以前にもまして中華や台湾料理の店が(それもニューウェイブな外観をしたお店が)増えている。「古書現世」と「丸三文庫」に立ち寄り、文庫本ばかり買う。「丸三文庫」ではZ先輩が店番をしていて、新連載の感想を話してくれて、嬉しくなる。

 17時に駅前まで戻り、高田馬場に住んでいた頃は知人との間で「近所」と読んでいた酒場を再訪する。17時からの営業だから、もう営業しているだろうと引き戸を開けると、アルバイトの店員さんたちが奥のテーブルでまだ賄いを食べているところで、少し申し訳ない気持ちになりながらも席に案内してもらう。瓶ビールと、よく注文していたネギの卵焼きと、アジと青唐のたたきを頼んだ。お店はしばらく貸し切り状態だった。知人に料理の写真を送ると、「ずるい」と返事が届く。もうひとつのよく注文していたメニュー、パクチー焼きそばをテイクアウトできないかと知人が言うので、店員さんに「すみません、テイクアウトってできますか?」と尋ねる。調理場に立つ店長が出てきてくれて、「できるメニューもあるんですけど、ちなみに何を……?」と尋ねられ、「あの、パクチー焼きそばを」と言いながら黒板のメニューに目をやると、それはもうメニューから消えていた。なんだか常連づらした面倒くさい客みたいになってしまって、申し訳ない気持ちになる。どうしようかと迷っていると、アルバイトの店員さんが「パクチー焼きそば好きだったなら、トムヤムクン炒飯、たぶん好き」と教えてくれたので、それを注文して、出来上がりを待ちながら日本酒を飲んだ。

 帰り道、東西線はガラガラだったけれど、大手町で乗り換えた千代田線はそれなりに混み合っていた。同じ車両に乗り続けていると炒飯の匂いがまわりに漂うので、駅ごとにいちどホームに降りて、車両を乗り換えて、千駄木まで帰ってくる。フライパンで軽く炒飯を炒め直して、仕事帰りの知人と食べてみると、あの店員さんが言っていた通り絶品だった。炒飯なのに、高田馬場に住んでいた頃によく食べに行った「YAMITSUKI」というカレー屋さんの卵とエビのカレーにも似た味で、懐かしさに浸る。