3月3日

 7時過ぎに目を覚ます。コーヒーを淹れ、今日は納豆ごはんだけ平らげる。新刊の見本を写真にとり、告知文の内容を練る。8時50分に投稿を済ませ、シャワーを浴び、9時半には家を出る。千代田線で西日暮里に出て、池袋へ。西口の「F」に入ると、F.Tさんがたこの刺身を食べているところだ。お疲れっす、お疲れ様ですと挨拶を交わし、瓶ビールを注文。朝は生ビールが格安なので、瓶を注文するたび「生のほうが」と毎回勧められるのだけれども、朝は小さいコップで飲みたいから瓶にする。瓶でお願いしますと伝えると、店員さんはいつもより怪訝そうにしていたけれど、今日はいつも以上にコップでちびちび飲みたいのだから仕方がない。

 Fさんは最近も頻繁に朝から「F」にいるようで、向かいのお客さんは最近手術をしたらしいと教えてくれる。手術をした直後は来店する回数が減っていたのに、最近また増えてきているから、店員さんもときどき心配しているのだ、と。入院して手術すると決まったあと、「その前に一回飲みましょう」とFさんに誘われて、そのときもここで酒を飲んだ。だから、退院してお酒が飲めるようになったらFさんとまたここで飲もうと決めていた。そういう経緯で飲んでいるからか、しばらく健康状態に関する話をした。まわりの人たちで体調を崩したり入院したりする人が増えている。そういう年齢になってきているのだなと感じる。血液検査で尿酸値のところに「!」マークがついていたことを話すと、橋本さん、去年京都のとき、めっちゃそのこといじる感じでビール持ってきたじゃないですか、とFさんが笑う。Fさんはしばらく前から「尿酸値の数値が高い」と言われ、ビールを飲まなくなっている(イジる感じでビールを持って行った記憶はないのだけど)。

 そこから出汁文化の話になり、出汁のきいたものは酒に合うけど、それをツマミに飲んでいたら尿酸値が上がる、だからやっぱりコメで腹を満たすのは理にかなってもいる――という話に。「イタリアに行くと、僕らはサラミとかチーズとか買って、『これで延々酒が飲める』ってなっちゃうけど、イタリアの人たちだってそれだけで食べてるわけじゃなくて、それをピザにのせて食べたりするわけですもんね」とFさんが言う。最後にイタリアを訪れたのはもう4、5年前だ。次に一緒にイタリアに行くのはいつになるんだろう。

 Fさんがトイレに立ったとき、ああそうだと思い出し、新刊の試し読みに関する情報をツイートしておく。新刊の試し読みに関して、2軒ぶんは今日の正午までにアップしてもらえるようにお願いしておいた。というのも、今日の『ヒルナンデス!!』で那覇の公設市場界隈が特集されるという話をうっすら知っていたので、ほとんど影響はないかもしれないけれど、もしかしたら番組がきっかけで市場のことやそこで紹介されたお店のことを検索する人もいるかもしれないから、番組放送前までに試し読みをアップしておいてもらえるようにお願いしてあったのだ。

 Fさんは鞄を持っていなかったから、どのタイミングで渡そうかと少し迷ったけれど、飲み始めてすぐに新刊を渡す。Fさんは最初のページから最後のページまで、何巡かページを繰りながら、「ああ、この人、見たことある気がする」と手を止める。Fさんは最近、誰かにインタビューする企画をやっていて、ここ数日で最新回がアップされていた。池袋まで山手線に揺られているあいだ、僕はその最新回を読んでいた。Fさんがおこなっているインタビューは、人生の転機と、その人が暮らしている土地について語ってもらうというものだった。そういう広い間口でインタビューすると、その人が生きてきた時間を悠々と語る流れになる。僕も誰かにインタビューすることは多いけど、やっぱり「店」という枠があるから、話が絞られてくるところがある。その違いについて感想を漏らすと、「でも、橋本さんがこうやって話を聞いたものを読んでると、橋本さんがそこで話を聞こうとしなかったら、語られることがなかった言葉だったんじゃないかって感じがするんですよね」とFさんが言う。「誰かにインタビューされなくても、その人が自分から発信する言葉もあると思うんですけど、そういう感じじゃないから、すごいなと思うんですよね」と。なんだか褒める言葉をかつあげしたみたいで照れくさくなる。

 Fさんはホッピーの外を一度追加したあと、途中からレモンのセットに切り替えていた。そういえば、とポケットからビニール袋を取り出す。そこにはミックスナッツが入っていた。昨日、ここで一人で飲んでいたときにミックスナッツを注文したものの、量が多くて食べきれず、「これ、持って帰ってもいいですか?」とお願いして、袋に入れてもらったのだという。これまでも何度かミックスナッツを頼んでいたものの、食べきれなかったぶんを「持ち帰ってもいいですか」とお願いできなくて、昨日ようやく袋に包んでもらえたのだと嬉しそうだ。

 12時半ごろに会計をお願いする。「今日は退院祝いで」と、Fさんがご馳走してくれた。ちょっと入院していただけなのに、恐縮する。有楽町線江戸川橋に出て、中華の「S」の前でA.Iさんと合流する。大きなハット。もう13時近いが、「S」には行列ができていた。順番を待ちながら、最近の競馬の話をする。今年のソダシのスケジュールが発表されたんですけど、ヴィクトリアマイルと、あと――あれ、何だっけ、とAさんが言う。僕はそのニュースをまだ見ていなかったけれど、マイル戦線ならと「安田記念ですか?」と相槌を打つ。ああそう、安田記念。でも私、どっちも本番があって日本にいないから、橋本さんかわりに見届けてくださいとAさんが言う。15分くらいで順番はまわってきた。

 僕とFさんはニラそばを、Aさんは中華そばを注文した。Fさんはチャーハンも頼んでいて、皆で分け合って食べた。お店のお兄さんが「あれ? 今年初めてだっけ」と言う。ここはAさんの親戚のお店だ。「そう、初めて」「今年もよろしくお願いします」。いつもはふたりより先に食べ終わってしまうところだけど、ゆっくり食べているせいか、今日はAさんと同じぐらいのタイミングで食べ終わった。江戸川橋の駅まで歩いている途中で、Aさんにも新刊を渡す。Aさんはページを開き、あれ、サインは……?と言う。いやいやサインとかじゃないでしょとFさんは笑っていた。

 有楽町線南北線を乗り継ぎ、帰途につく。近所にある高校は今日が卒業式だったのか、胸に花を挿した子たちが下校している。今日は花粉がたくさん飛んでいる気がするので、帰宅後すぐにシャワーを浴びておく。ソファに転がりながらテープおこしをする。ビールを2本とホッピーを1杯(×1セット)飲んだだけでも眠気に襲われ、テープ起こしをしながら眠ってしまう。