2月6日

 7時50分に起きる。8時半、朝食。ごはん、豆腐の味噌汁、納豆、塩鯖。食後は構成仕事に取りかかる。本当なら昨日のうちに送らなければならなかったのだが、終わらせることができなかった。14時過ぎに昼食(今日もまたキャベツとアンチョビのパスタ)を挟んで、仕事を続ける。夕方、アパートを出て横浜に向かう。17時過ぎに急な坂スタジオに到着し、構成を読み返してメールで送信する。ホッとした。

 18時、『カタチノチガウ』通し稽古。「せっかくだから飲みながらどうぞ」と勧められて、焼酎をストレートでいただきながら観る。いくつか変更が加えられている。3週間前の原宿公演はどこかおとぎ話のようでもある世界だったが、この世界と地続きの場所のように感じられる。ストレートなことばが加えられてもいる。この3週間のあいだに起きた出来事を――いや、正確に言えば、この3週間のあいだに起きた出来事によって巻き起こったことばについて思う。たしかに世の中は暗い方向へ向かっているかもしれないし、未来に残される子供達には――「未来を生きる子供達」というのは『カタチノチガウ』で語られることばでもある――戦争が近づいているのかもしれない。でも、大きな意味での未来については楽観することも悲観することも僕にはできなくて、ただこの目の前にある生活を丁寧に過ごしていくしかないのだと感じている。そうした気分を生きる僕にとって、変更の加えられた『カタチノチガウ』という作品には共感するところが多々ある。

 通し稽古のあとには皆で飲みに出かけた。駅近くにあるイタリアンに入る。稽古を見学にきた人たちも3人ほどいて、どこか初々しい空気の飲み会だ。ここのピザは、僕の口にはとても美味しく感じるのだけど、イタリア出身のルイーサは「まあまあかな」といった表情をしている。壁にイタリア語で書かれたメニューを見つけると、笑い出すルイーサ。一体どうしたのかと訊ねてみると、スペルの間違いやおかしなイタリア語が多々あるのだという。僕たちが外国で和食レストランに出かけたときのような面白さがあるのだろう。ふと、ルイーサに「中東情勢だとかギリシャの問題は、イタリアの人にとっては日本人よりも近い問題だと思うけど、誰かと話したりする?」と訊ねてみる。「すごく話すし、こういう店にいるとあちこちで議論している人がいる」とルイーサは言う。イタリアには語るべき問題がものすごく多いから、5分ごとに話題を変えないと追いつかないぐらいだ、と。「皆がいろんな問題について議論しているのに何も変わらないから、私たちはもっと語るようになる」と語るルイーサの言葉が、日本にいると意外な感覚として響いてくる。