またアイフォンが壊れてしまった。一ヶ月ほど前にひび割れの修理をしたばかりだが、その数日後に落として再び割れてしまっていた。それが、今朝起きてみると、画面が滲んでろくに操作もできなくなってしまった。泣く泣く修理の予約を入れる。10時半、ドトールに出かける。バターチキンカレー味のミラノサンドを食べつつ、個人的な仕事を進めていた。

 13時、新宿に出る。修理屋にアイフォンを預け、近くの喫茶店「タイムス」でブレンドを飲みつつ個人的な仕事を書き進める。2人掛けの席に座ろうとすると、「広い席にどうぞ」と言ってくれる。嬉しい(けれど、申し訳ないので2人掛けに座る)。1時間半ほどで、センシティブな一日のことをようやく書き終える。完成まで、あと一息だ。きれいになったアイフォンを受け取り、15時半、高田馬場まで帰ってくる。少し時間があるので、コットンクラブで生ビールを1杯飲んだ。

 クリーニング店で服を受け取り、受け取ったばかりの服に袖を通す。どきどきしつつ、帝国ホテルを目指す。今日は生まれて初めてパーティーにお呼ばれする。いつか出版関連のパーティーに出る日なんてくるのだろうかと10年前ぐらいから思っていたけれど、今日がその日だった。失礼のないようにと、自分が持っている服の中で一番キチンとした服装でやってきた。結婚式に出席するためのスーツだ。でも、そんなに格式張った服装をしている人なんて少なくて、普段着で出席している人もいる。

 受付に並んでいると、皆招待状を提示している。僕は、誘われてはいるけれど、招待状を持っていなかった。そわそわした気持ちで列に並んでいると、僕の番がやってくる。記帳していると、「招待状はお持ちですか」と声をかけられる。いや、あの、招待状は持っていないんですけど、事前に連絡はしてあるんですけど、としどろもどろで答えると、受付の人が不審そうな顔をする。あの、受賞されるKさんの関係の、ともごもご言っていると、受付にいた一人が「ああ」と声をあげる。話は通っていたようで、受賞者の関係者の部屋に案内してもらう。

 部屋にAさんの姿があった。場違いな場所に来てしまったような気がしておろおろしていたので、ホッとする。ほどなくして贈賞式が始まる旨のアナウンスがあり、Aさんは壇上にあがる。賞を受けるのはKさんだが、Aさんが代わりに壇上にあがり、スピーチをすることになっていた(以前、Kさんが賞を受けた際にもAさんが代わりに登壇し、Kさんが書いたテキストを語った)。その一部始終を撮っておく役として、僕も呼ばれていたのだ。

 まずは理事長のC先生の挨拶で贈賞式が始まる。しゃっきり話す先生の姿に、背筋がピンとのびる。壇上にいる受賞者の方々は、おもいおもいの装いだ。なかでも、特別賞を受賞されたWさんが、ロールアップしたジーンズにニューバランスのスニーカーであることが目を引く。周りに居合わせた編集者が「本当に格好良い」と口々に言っている。結婚式の服で来てしまったことが恥ずかしくなっているうちに、Aさんのスピーチが始まる。来場者はめいめいで話していてどよどよしていた会場が、Aさんが「こんにちは、Kです」と挨拶を始めると、少しずつ会場が静まり出す。Aさんの口から語られることばの響きは、私たちが今いる“ここ”とは少しことなる次元にあるような、不思議な響きを携えている。

 「ここにいない私というこの状況は、なんとなく、死者の気持ちに近いような気持ちがしています。華やかな授賞式を思い浮かべながら、地中に深く埋まっているような、でも、ともすると、賑やかさにつられて、Aさんの口から飛び出していってしまいそうな」。そう語られる頃には、ずいぶん会場は静かになっていた。さっきまであんなに緊張していたのに、こうしてスピーチをしているAさんは、女優というのは、すごいものだと改めて思う。こうして代理でスピーチをすることに批判的な向きもあるだろう。でも、これは、KさんとAさんの関係があり、また、「私」というものを超える何かを模索し続けている二人であるからこそ成立するものだと僕は思う。

 受賞者のスピーチが終わったところで、役目を終えた僕はようやくホッとして赤ワインをいただき、ローストビーフをいただく。甘くておいしかった。カレーピラフをいただく。辛くなくておいしかった。サンドイッチをいただく。適度にぱさっとしていておいしかった。なんだかわからないけれど魚のソテーをいただく。こってりしていておいしかった。パーティーが終わると、数人で飲みに出かけたのち、ひとりで帝国ホテルに戻り、オールドインペリアルバーに入った。こういうときでもないと、入る度胸がない場所だ。それに、今日なら場違いなほどちゃんとした格好をしている。カウンターの端に座り、ジントニックを飲みながら、いろんなことに思いを馳せた。めでたい、おめでとう、おめでとう。と、ここにはいない人に言う。