西条プラザが閉店する

 お盆を少し過ぎたあたりで里帰りをした。こういう仕事をしているので、別にお盆に合わせることもないのだけれど、今年は8月のうちに里帰りをしようと決めていた。隣町にあるショッピングセンターが8月一杯で閉店してしまうと聞いていたからだ。

 僕が生まれ育ったのは盆地に広がるのどかな町で、町というよりも農村といったほうがピンとくる。今でこそ町内にショッピングセンターやコンビニが増えたけれど、小さい頃はちょっとした買い物でも隣町に出かけていたように思う。そういうとき決まって出かけたのが西条プラザというショッピングセンターだ。

 小さい頃はあれだけ利用していたショッピングセンターなのに、大人になってからはほとんど足を運ばなくなっていた。僕の生まれた町と隣町のあいだにバイパスが開通し、バイパス沿いにシネコンの入ったショッピングモールが誕生するとそちらを利用するようになり、足が遠のいていた。駅から西条プラザに続く道は、かつてはメインストリートであったのだけれども、ここにも迂回路が作られ、アクセスしづらい場所になってしまっていた。

 久しぶりに西条プラザに出かけ、地下駐車場に車を停める。たしか熱帯魚を売る店があったはずだけれども、既に撤退している。車を降りるとフライドポテトの匂いがして不思議だ。不思議というのは、現在の西条プラザにはフライドポテトを売る店など存在しないからだ。僕が小さい頃は、フードコートというほどの規模ではないけれど、フライドポテトやたこ焼き、ソフトクリーム、それにジュースを売る店が、吹き抜けになった場所に出店していた。その店は何年も前に姿を消し、マクドナルドに取って代わられた。そのマクドナルドも既に閉店しているけれど、フライドポテトの匂いだけが残っているのが不思議だ。


 店内を歩いてみると、既に営業を終えた店が目につく。まだ営業している店は売り尽くしセールの真っ最中だ。婦人服の店や和菓子の店は昔と同じだが、僕が小さい頃とはずいぶん様子が違っている。それなのに、歩いていると記憶が蘇ってくる。そこには本屋があって、よく立ち読みをした。この屋上は遊園地のようになっていた。ここにはゲーム屋さんが入っていて、店頭にはスーパーファミコンが置かれていた。スーパーマリオは買ってもらわなかったから、ここでだけ遊んだ。そこにはプラモデルを売る店があった。広場のようになった場所には何台もテレビが並んでおり、親が買い物をしているあいだはそこで待たされていた。今はテレビも撤去されてしまって、おばあさんがぼんやりベンチに佇んでいるだけだ。都会の人が百貨店の思い出を語るのを聞くたびに羨ましく感じていたけれど、僕にも思い出の店はあるのだと気づかされる。

 回遊しているとインド人らしき親子連れをよく見かけた。小学生の頃にブラジル人の同級生が学年に2人くらいいたけれど、インド人というのはいなかった。こんな田舎町でも最近は国際化が進んでいるらしく、国道沿いには中国の食材店も見かけた。この町にインド人が増えたのは、あの店の影響だろうか。

 西条プラザには「グルメストリート」と名づけられた一角がある。ストリートというほどの規模ではないけれど、食堂街があるのだ。この西条プラザの上には僕が通っていた学習塾もあるので、ときどき一人で食事をしたこともある。よくちからうどんを食べたうどん屋も、本棚に置かれた『名探偵コナン』を読みながら生姜焼き定食を食べた鉄板焼き屋も、既に営業をやめてしまっている。ただ、どうしても再訪しておきたかったインド料理店「タンドール」は今も営業していた。営業していたどころか、閉店セールでカレーとナンで540円というサービスをしているせいで、行列ができるほど賑わっている。

 この店がオープンしたのは24年前のことだという。僕が小学4年生のときだ。オープン直後かどうかはわからないけれど、中学校に上がる前には来たことがあるはずだ。厨房には窓があり、タンドールでナンを焼く外人さんの姿を眺めていたのを覚えている。そこにはタンドールに関する説明書きもある。ナンという食べ物の存在を、僕はこの店で初めて知ったし、インドカレーを初めて食べたのもこの店だ。

 数年ぶりで「タンドール」に入る。今日は母も一緒だ。どうしてこの店に来るようになったのかは覚えていないけれど、僕と兄が来たがったのだと母は言う。インド料理というものがまだ物珍しかったこともあり、「ダルシムの国だ!」くらいの感覚で行きたがっていたのだろう。当時の「タンドール」は薄暗かった印象がある。店内には象の置き物やインド風のポスターもあり、どこか神秘的だった。そのぶん田舎町では敬遠されていた覚えがあるのだけれど、今はすっかり雰囲気が変わっている。店内は明るく、都内でもよく見かけるインド料理店といった印象だ。親子連れから老人客まで、幅広いお客さんで賑わっていることに時間の流れを感じる。

 せっかくなので、小さい頃によく食べていたセットを注文する。カレー4種とサフランライス、ナン、それにタンドリーチキンがついた豪華なセットだ。4種のカレーに、順番にナンをつけて食べる。チキンカレー、チーズカレー、エビ入りのカレーを食べたあとに、さっぱりしたヨーグルトみたいなカレーにナンをつける。何巡かしたところで、ふと気づく。ヨーグルトみたいなカレーの脇に、小さなスプーンがついている。

 小さい頃からずっと、「本場にはヨーグルト味のカレーがあるのだ」と思い込んで、いつもナンをつけて食べていた。おそるおそるメニューを確認してみると、僕が注文したセットの内容には「3種のカレー」と書かれており、メニューの中に「ヨーグルト」という文字が見えた。僕はずっとヨーグルト風のカレーだと思ってナンにつけて食べていたけれど、これはただのヨーグルトだったのか。24年間ずっと勘違いをしていたのか。そう思うと恥ずかしくなったけれど、今更スプーンで食べ始めるわけにもいかず、最後までナンをつけて平らげた。