12月17日

 7時半に目を覚ます。昨日の夜に、セトさんからメールが届いていた。先日、セトさんに電話をかけ、買取の相談をしたとき、ぼくは「市場にくる機会はありますか?」と尋ねていた。遠出する予定はないかな、とセトさんが言っていたので、宅急便で送って買取をお願いすることにして、昨日の午後にクロネコヤマトに集荷にきてもらい、発送していた。念のためにと、昨日のうちに「宅急便で送りました」と連絡しておいたのだが、「ハッチのラインの感じから察するに、、」と返信が届いていたのだ。僕の「市場に」というのを、セトさんは「千葉に」と聞き違えて、ぼくが千葉に住んでいる友達の片付けを手伝っているのかなと想像し、「遠出する予定はないかな」という返事につながっていたのだ。ぼくはぼくで、「お店の営業を軸に考えると、池袋から神保町に出るのもひとつの『遠出』になるのだな」なんて、妙に納得してしまっていた。

 10時過ぎにアパートを出て、千代田線と都営新宿線を乗り継ぎ、森下を目指す。千代田線はリュックを背負っていたら人に当たってしまうくらいの混み具合で、この時間でもこんなに混んでいるのかと少しひるんだ。今日は森下にあるスタジオで、ワークショップに同席する。今日は話をしながら過ごすくらいかと思っていたけれど、スタジオに到着してみると、俳優の皆はもう稽古着に着替えてウォームアップをしているところだ。16時40分にワークショップが終わり、いそいそと上板橋を目指す。今日は池袋で乗り換えるとき、パッと東武百貨店のデパ地下に立ち寄り、「RF1」でローストビーフみたいなやつと、立派なエビがなんか茶色く料理されているやつをパッと買う。夕方にセトさんから査定の連絡が届いていて、宅急便3口の送料を差し引いてもそこそこプラスの金額になってしまったので――買取をお願いした本の中には、献本として送られてきたものの、ぼくは読まないであろう本も含まれていて、それを売った利益が手元に残ってしまうと悪いことをしているような気持ちになるので――値段をチェックせずにパッと買ったのだが、2パックだけで5千円近くになり、少し狼狽えたけれど、それを払ってもまだ手元にお金が残るので気にせず支払う。

 東武東上線のホームに急ぎ、各停に乗る。ほどほどの混雑だ。袋代をけちったせいで「RF1」のパックをを両手で抱える格好になり、ケータイをぽちぽちやることもできず、ぼんやり車窓の風景を眺めて過ごす。扉の前に立っていたこともあり、その扉が開くたびに一度電車を降りて、また乗り直す。それを何度か繰り返したとき、同じく扉ぎわに立っていたベビーカーを押す女性が電車を降りようとした。が、段差をうまく降りることができず、車両とホームのあいだにベビーカーの前輪が挟まり、女性がつんのめるようにこけてしまう。ぼくは惣菜を置き、ベビーカーを起こし、散らばった荷物を拾い集める。同じ車両に乗っていた人たちもすぐに電車を降りて、女性の手伝いをしていた。女性も、それからベビーカーに乗っていた子も特に怪我はなかったようで、ほっとする。電車に乗り直すときに、ホームと車両のあいだの隙間に視線を落とすと、靴が落ちているのが見えた。誰かがホームの緊急停止ボタンを押していたので、電車は3分くらい停車していた。体勢を立て直した女性は、片足を浮かせたままベビーカーを覗き込んでいた。こういうとき、思いのほか体が動くのだなと思いながら、電車が動き出すのを待った。

 18時に上板橋駅に到着して、指定された住所を目指す。今日はボエーズの忘年会だ。最初はお店でやろうという話になっていたのだけれども、(印象が悪いかもしれないなと思いつつも)「ひとりで酒場に出かけるのであれば、ちょっとアレだなと思ったらすぐに店を出られるけど、お店で飲み会というのだと参加するのはむつかしいです」と伝えて、家での忘年会ということにしてもらっていた。今日の新規感染者数が800人を超えていたことを、ふわふわと思い返しつつ歩く。もしも今日、酒場で忘年会ということになっていたら、気が気じゃなかっただろうなと思いつつ、酒場の前を通り過ぎてゆく。海外から移り住んできた方が多く暮らしているのか、「フィリピンストア」と看板が出ているお店や、輸入食材を扱うお店をちらほら見かける。18時過ぎ、ボエーズの4人でマスクをしたまま乾杯し、忘年会が始まる。お寿司におでん、大きな唐揚げ、それに惣菜の数々がテーブルに並んでいて、豪華さに笑ってしまう。4時間半にわたり、いろんな話をした。「東京の古本屋」という連載で最初に取材したのは「古書往来座」だった。取材日は、2019年の年末の3日間。その原稿の締めくくりに、「2020年はどんな年になるだろう」と書いていた。あれを最近読み返していて、こんな年になったなと思ったとセトさんが言う。あの原稿を書いているときは――さらに言うと「2020年の東京の風景を記録する」という裏テーマでこの連載を始めたときは――こんな年になるだなんて、想像すらできなかった。