1月16日

 5時半頃に目を覚ますと、知人がケータイをいじっている。なんでこんな時間まで起きとるんや、ちゃんと寝えよと言うと、「いや、大変なんよ」と知人が言う。昨日の夜に『さまぁ〜リゾート』を観ていたら、突然ニュースに切り替わって、それからずっとこうよとテレビを指す。画面上には日本地図が表示され続けていて、沿岸部はほとんど黄色で囲われ、一部に赤い箇所もある。トンガで火山の噴火があり、その影響が日本にまで押し寄せているのだという。僕が酔っ払って眠っているあいだに、世界が大変なことになっていて、置いていかれたような心地がする。

 8時過ぎにジョギングに出る。今日は体重が増えていたので、ちょっと長めに、不忍池をぐるりと走る。日曜日だというのに、公園にも通りにもあまり人の姿を見かけなかった。冬鳥があちこちに佇んでいる。全身真っ黒で、鼻っつらのところだけ白い鳥がいて、こんな鳥去年もいたっけと立ち止まる。帰宅後は風呂に湯を張り、『古本マニア採集帖』を読み返しながら、トークイベントで話すことを練る。昼、知人が鯖缶とトマト缶のパスタを作り始めたところで、チャイムが鳴り、一昨日ネットで注文した空気清浄機が届く。さっそく開封し、電源を入れる。

 初めて空気清浄機を買ったのは2011年の春だ。知人は花粉症で、特にその年は症状が酷くて、鼻も目もでろでろになりかけていた。鼻にも、目とメガネのあいだにもティッシュを挟み続けているのが不憫で、高田から新宿まで原付を走らせ、空気清浄機を買って、不安定なバランスを保ちながら帰途についた。当時はクレジットカードもキャッシュカードも持っていなかったので、空気清浄機を買ったぶん手持ちの現金がなくなり、空気清浄機を運転させたあとで高田馬場駅前の三井住友銀行までお金をおろしに出かけた。お金を受け取って銀行を出ようとすると、出入り口のところで警備員の人に「あれ? 揺れてませんか?」と話しかけている人がいて、いやいや気のせいだろうと思いながら通り抜け、銀行前に止めておいた原付を走らせてロータリーをまわった。信号は青になっているのに、車は止まったままで、なんでこの車たちは動かないんだろうと思いながらロータリーを走り抜け、新目白通りに向かって坂を下ろうとしていると、駅周辺のビルから、人が次から次へと避難しているのが見えた。そこでようやく、地震があったようだと把握した。だからつまり、自分はほとんど揺れを体感していない。家に帰ると、パニックになった知人が独り言を言い続けているのが、玄関越しに聞こえていた。

 あの日買った空気清浄機は、フィルターは10年持つらしく、交換時期の目安になるようにと、フィルターに使用開始日を書く欄があった。そこに、まだ地震が起きる前に、「2011年3月11日」と記入した。去年の春で、フィルターの交換時期を迎えたものの、そのタイミングで交換する気にはどうもならなくて、そのまま使い続けていた。10年経てば、空気清浄機の性能もきっと、ずいぶん上がっているのではないか。部屋で仕事をしていると、匂いがこもってしまうのがいつも気になっている。それに、買い換えるのであれば花粉シーズンが到来するまえにという思いもあって、なんでもない日に注文ボタンを押した。でも、この空気清浄機が届いた日のことも、また思い出すことになるのではないかとぼんやり思った。パスタの匂いが、部屋からすぐに消えているような気がする。